歌舞伎役者・初代松本白鸚さんと初代中村吉右衛門さんの娘・波野正子さんを両親に持つ、二代目松本白鸚(まつもと はくおう)さんですが、今回は、実弟の、二代目・中村吉右衛門さんとの不仲説の真相をご紹介します。

松本白鸚(2代目)の家系図は?父親は初代松本白鸚!母親は?からの続き

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弟は二代目中村吉右衛門

白鸚さんの弟は、二代目中村吉右衛門さんです。

吉右衛門さんは、母方の祖父・初代中村吉右衛門さんの養子となり、1948年6月、4歳の時に、東京劇場「俎板長兵衛」の長松役などで、中村萬之助を名乗って初舞台を踏むと、1966年10月には、帝国劇場「金閣寺」の此下東吉役などで、二代目中村吉右衛門を襲名。

以降、義太夫狂言、時代物、世話物から新歌舞伎、喜劇にいたるまで全てのジャンルにおいて、豪快かつ繊細な演技で高い評価を受け、2011年には、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。

弟の二代目中村吉右衛門は祖父の養子となり、母が姉、兄は甥という奇妙な関係になっていた

そんな弟・吉右衛門さんと白鸚さんの間には、長年に渡り、不仲説が囁かれていました。

実は、白鸚さんと吉右衛門さんの祖父・初代中村吉右衛門さんは、男の子に恵まれず、子供は、娘の正子さん一人だけだったのですが、正子さんは、少女時代から、お父さんの門下生だった初代松本白鸚さんが好きだったそうで、結婚を許してもらうために、

男の子が2人生まれたら、次男はお父さんの養子に致します

と、約束していたそうで、

実際、男の子が2人生まれると、次男である二代目吉右衛門さんが、初代中村吉右衛門さんの養子となったそうですが、戸籍上は、母親(正子)が姉、兄(白鸚)は甥っ子という奇妙な関係となり、二代目吉右衛門さんは、少年時代、随分悩んだのだそうです。

弟・二代目中村吉右衛門は若い頃、兄の二代目松本白鸚に対し羨望と嫉妬で渦巻いていた

また、松本家の「高麗屋」と中村家の「播磨屋」では、芸も異なっており、「高麗屋」が代々革新を好む一方で、「播磨屋」は重厚な古典的芸を得意としていたことから、

若い頃は、現代劇に挑戦し、「歌舞伎界のプリンス」ともてはやされる、兄の白鸚さんの颯爽(さっそう)とした姿に、吉右衛門さんは、羨望と嫉妬を隠せなかったと言われています。

そして、年を経るごとに滅多に共演しなくなった二人の不仲説は、ほぼ既成事実となっていったのでした。

十代目松本幸四郎は二代目中村吉右衛門を慕っていた

ただ、白鸚さんの長男の十代目松本幸四郎さん(吉右衛門さんの甥)は、吉右衛門さんを慕い、吉右衛門さんも、しょっちゅう稽古をつけるほか、何度も舞台で共演しており、少なくとも、家同士の確執には至っておらず、

そもそも、白鸚さんと吉右衛門さんの共演が少なくなったのは、それぞれ「高麗屋」と「播磨屋」を背負って立つ立場となったためでした。

弟・二代目中村吉右衛門が他界した際のコメント

そんな中、2021年11月28日、吉右衛門さんが、心不全により77歳で他界されると、

白鸚さんは、

別れは何時の刻も悲しいものです。今、とても悲しいです。たった一人の弟ですから

幼い頃、波野の家に養子となり、祖父の芸を一生かけて成し遂げました。病院での別れの顔は、安らかでとてもいい顔でした。播磨屋の祖父そっくりでした

と、亡き弟を偲んでいます。

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弟・二代目中村吉右衛門の一周忌追善興行「秀山祭九月大歌舞伎」では、吉右衛門の当たり役・松浦鎮信を演じていた

また、白鸚さんは、2022年9月4日、吉右衛門さんの一周忌追善興行「秀山祭九月大歌舞伎」では、第2部「松浦の太鼓」で、吉右衛門さんの当たり役だった松浦鎮信役を初役で務め、ユーモラスで品格のある大名・松浦を見事に演じ、

追善口上で、

弟は苦労に苦労を重ね、その芸を後世に伝えるため『秀山祭』をおこし続けて参りました。そのような弟を兄として誠に誇りに思うことと同時に、たった一人の弟でございますゆえ、別れはいつも悲しいものでございます

今回、弟の追善の意味を込めまして、兄として初役にて『松浦の太鼓』を上演させていただきました

と、語っています。

また、別のインタビューでは、

先日亡くなった弟の(中村)吉右衛門は、幼少のときに祖父・初代吉右衛門の養子になって、播磨屋の家を継がなきゃいけないという重圧があって大変苦労したと思いますけど、でも私もこれで、あんまり楽ではなかったですからね。人生そのものを二人とも存分に味わった、という意味では、同じだなぁ、という気がします。

子どものころは二人で芝居ごっこをしてよく遊びました。『盛綱陣屋』なら、私が主役の盛綱で、弟は首実検される生首とかね(笑)。

そのころ久我山に住んでまして、道に車もあまり走ってなかったので、「野崎」の送り(『新版歌祭文』野崎村の段)を口三味線で歌いながら、手作りの駕籠をかついで、二人してご機嫌で道中してね。このところ、弟との思い出が次から次へといっぱい浮かんできましたね。

と、語っています。

「松本白鸚(2代目)は3歳の時「助六」で初舞台も嫌で泣きわめいていた!」に続く

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