歌舞伎の家に生まれたことで、幼い頃から、女の子である自分は必要とされておらず、親族が男の子を望んでいることを肌で感じながら育ったという、寺島しのぶ(てらじま しのぶ)さんは、5歳の時に弟・菊之助さんが誕生すると、家族が弟中心の生活となり、疎外感が一層増したといいます。

「寺島しのぶの家系図は?本名は?祖父母・父母・弟は?」からの続き

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弟が家族の中心で疎外感を感じていた

歌舞伎の家に、女の子として生まれたことから、幼いながらにも、お母さんが男の子(弟)を欲しがっていることに気づいていたという寺島さんは、不思議と、自身も弟が欲しいと思い、毎日、遊び場だった公園の行き帰りには必ず、途中にある神社に立ち寄り、「神様、弟をください」と祈っていたそうですが、5歳の時には、念願叶い、弟・菊之助さんが誕生したそうです。

ただ、その時から、寺嶋家(寺島さんの本名)の中心は菊之助さんに取って代わられたそうで、話題が歌舞伎の話になると、寺島さんは加わることができなくなったそうです。

また、父方の祖父・七代目尾上梅幸さんの家に遊びに行くと、菊之助さんが真ん中に座り、両脇にお父さんとお母さん、そして、寺島さんは端っこという席順だったそうで、

ああ、そうか、弟はすごく大事なんだな

と、子供心にも感じたのだそうです。

家族のアルバムではどの写真も父母弟から1人ポツンと離れていた

ちなみに、家族のアルバムには、どの写真も、必ず父母弟の3人と寺島さん1人という形で写っているそうで、例えば、父母弟の3人が並び、寺島さんだけそこから1人離れていたり、3人の後ろにいたりしたそうです。

また、寺島さんが小学1~6年生まで、家族で歯磨き粉のコマーシャルに出演した際には、お父さんとお母さんの間からちょこっと顔を出しているか、ソファに父母弟の3人が座っていて、その後ろに寺島さんがポツンといるという感じだったそうで、

寺島さんだけが、コマーシャルにふさわしくない仏頂面で映っており、そのせいか、寺島さんの顔にぼかしをかけられたこともあったのだそうです。

(決まって、最後は菊之助さんのアップだったそうです)

11歳の時に6歳の弟・菊之助が歌舞伎の舞台に立つのを見て初めて挫折を味わっていた

そんな寺島さんは、歌舞伎の家に生まれ、物心ついた頃から歌舞伎座や楽屋によく連れて行かれたことから、見るもの触るものすべてが歌舞伎のもので、歌舞伎に囲まれた環境で育ったため、自然と歌舞伎がやりたくなり、いつかは自分も歌舞伎の舞台に立てると思っていたそうです。

ただ、気がつくと、舞台に立っていたのは、弟の菊之助さんだったそうで、

寺島さんが11歳の時、6歳だった菊之助さんが初舞台に立ったのを見て、

どうして年下の弟があそこに上がれて、私は上がれないのだろう。私はなんで歌舞伎ができないんだろう

と、最初の挫折を味わったそうです。

そして、その時、女性は歌舞伎役者には絶対になれないと知り、歌舞伎へのあこがれは胸の中に封印したのだそうです。

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歌舞伎への憧れを封印するも父親と弟が稽古をしている姿を見てうらやましくて仕方がなかった

ただ、お父さんと菊之助さんが稽古をしている姿や舞台を見ていると、どうしても、胸のうちに、もやもやとしたものが溜まってきたそうで、

(菊之助さんが手をついて「こうでしょうか」と、お父さんに敬語で尋ねている姿には、独特の雰囲気があったそうです)

寺島さんは、著書「体内時計」で、

父と弟の領域・・・どうしても私には入れない領域である。弟は父の芸を継承していかなければならないけれど、そこに私が関わることなんて絶対にできない。

わたしは、二人を見ていて、うらやましくてしょうがなかった。でも、父と子という関係がうらやましかったんじゃない。わたしは歌舞伎がやりたいとずっと思っていたのだ。

と、綴っています。

「寺島しのぶは弟・尾上菊之助とは深い絆を感じていた!」に続く


体内時計

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