端正な容姿と清楚な色気を併せ持ち、女方も立役の二枚目も魅力的に演じるほか、宮崎駿さんの長編漫画「風の谷のナウシカ」やゲーム「ファイナルファンタジーX」の歌舞伎化企画・演出も手掛けるなど、古典歌舞伎を伝承しつつ、新しい歌舞伎も創造し続けている、五代目尾上菊之助(ごだいめ おのえ きくのすけ)さん。今回は、そんな菊之助さんの、家系図と幼少期などについてご紹介します。

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年齢は?出身は?身長は?

菊之助さんは、1977年8月1日生まれ、
東京都の出身、

身長173センチ、

血液型はB型、

学歴は、
松濤幼稚園
青山学院初等部・中等部・高等部
⇒青山学院大学文学部中退

特技は、剣道、

趣味は、料理、テレビゲーム、ファッション、NBA観戦、釣り、ゴルフ、ラグビー、スキューバダイビング、スキー、

だそうです。

本名は?屋号は?

菊之助さんの本名は、寺嶋和康(てらしま かずやす)です。

また、屋号は「音羽屋」で、襲名は以下のように変遷しています。

  1. 六代目尾上丑之助(1984年2月、歌舞伎座「絵本牛若丸」)
  2. 五代目尾上菊之助(1996年5月、歌舞伎座「弁天娘女男白浪」)

ちなみに、

おじいさんは、七代目尾上梅幸さん、
お父さんは、七代目尾上菊五郎さん、
お母さんは、女優の富司純子さん、
お姉さんは、女優の寺島しのぶさん

と、芸能一家です。

家系図

家系図は以下の通りです。

幼い頃はやんちゃだった

菊之助さんは、七代目尾上菊五郎さんと富司純子さんのもと、2人姉弟の長男として誕生すると、幼い頃は、5歳年上のお姉さんの寺島しのぶさんによくいじめられていたそうで、口でも力でもかなわず、いつも泣かされていたそうです。

(寺島さんは特に口が達者だったそうで)

ただ、廊下を走り回り、楽屋で水鉄砲をするなど、とてもやんちゃな子供だったそうで、同い年の十三代目市川團十郎さんと、楽屋で暴れ回っていたそうです。

すると、ある日のこと、見るに見かねた先輩の中村鴈治郎さんにゴミ箱の中に放り込まれたことがあったそうで、

菊之助さんは、

私はやんちゃでしたねえ。私が今、当時の私を見つけたら首根っこをつかんで楽屋から放り出してたと思います。それぐらい悪かったですね

と、悪ガキだったことを認めています。

(歴代の歌舞伎役者の中で、ゴミ箱に放り込まれたのは菊之助さんだけだそうです)


12歳の頃の菊之助さん。

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18歳の時、五代目尾上菊之助襲名をきっかけに大学を中退

そんな菊之助さんは、1984年、6歳の時には、六代目尾上丑之助として、歌舞伎座「絵本牛若丸」の牛若丸役で初舞台を踏み、

1996年5月、18歳の時には、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」で「弁天小僧」などの役で五代目尾上菊之助を襲名しているのですが、

菊之助さんは、

私にとっては菊之助の襲名が一つのターニングポイントでした。18歳で襲名して、「歌舞伎にもっとしっかりと向き合っていかないと歌舞伎役者としてやっていけない」と思い、大学も途中でやめて歌舞伎にさらに打ち込みました。

と、語っています。

「尾上菊之助(5代目)の若い頃は「平成の三之助」と呼ばれ人気を博していた!」に続く

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