1982年、俳優の石坂浩二さんと当時の妻・浅丘ルリ子さんにお見合いを勧められたことがきっかけで、妻の陽子さんと知り合うと、知り合って約2ヶ月のスピード婚をしたという、岡田彰布(おかだ あきのぶ)さんですが、妻の陽子さんには、家庭での食事面だけでなく、選手やマスコミとの良好な関係を保つことでもケアしてもらっていたといいます。

「岡田彰布の妻との馴れ初めは?4ヶ国語を操るマルチリンガル!」からの続き

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妻・陽子は岡田彰布の発言をチェックするためスポーツ紙にくまなく目を通していた

岡田さんは、阪神の第一次政権時代(2004~2008年)から、自宅でも、食事中、グラスを傾けながら、妻の陽子さんに野球の話をしていたそうで、陽子さんも岡田さんをサポートするべく、スポーツ紙を熟読していたそうです。

また、陽子さんは、岡田さんのコメントを一言一句チェックし、選手を批判するようなコメントを見つけると、発言に気をつけるように岡田さんに注意していたといいます。

(岡田さんはナイター翌日でも毎朝7時か8時頃に起床して、毎朝、(インターネットの記事は読まないため)自宅に届く関西のスポーツ5紙をくまなくチェックするほか、iPadで二軍戦の中継も見て、二軍選手の打率や防御率など個人成績も把握し、時には鳴尾浜(二軍球場)にも足を運んでいたそうです)

オリックス監督時代にはマスコミを通じて選手に苦言を呈することが選手と軋轢を生む原因となっていた

というのも、岡田さんは、マスコミを通じて間接的に選手に苦言を呈するほか、裏表のない性格のため、時には思ったことをそのまま口にすることもあり、それが、オリックス監督時代には、選手との間に軋轢(あつれき)を生む原因になっていたそうで、

在阪の放送関係者は、

オリックス監督時代(2010~12年)は選手との溝ができたこともあって、3年連続Bクラスに低迷。岡田監督にはその反省もあるから、夫人の声に耳を傾けるのでしょう。

だから、前任時とは違い、選手と直接話をする機会が増えたし、優勝が見えてきた夏場以降はマスコミに対する選手批判も減った。

オリックス時代に岡田監督の下でプレーしていた西勇輝も、『オリックス時代と比べて、たくさんコミュニケーションを取っていただいた。円くなられたというか、当時はただただ怖かった』と話しています

と、語っています。

妻・陽子は岡田彰布のアレやコレが分かる最大の理解者の一人

ちなみに、岡田さんは、言葉を省略して、「アレ」や「コレ」で話すところがあるのですが、2023年シーズンでは、若い記者だと内容がわからないということで、以前から岡田さんを知るベテラン記者が呼び戻されたそうですが、

もちろん、妻の陽子さんも、岡田さんのアレやコレが分かる最大の理解者の一人だそうです。

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妻・陽子は食事面のケアのほか関西のマスコミとの良好な関係にも一役買っていた

また、岡田さんは、今回(2023年)、2度目の阪神監督就任は、既に65歳となっており、移動ゲームが多かった夏場には4キロも痩(や)せるなど、体力面に不安を抱えていたそうで、妻の陽子さんは、岡田さんの体調に合わせて、喉(のど)ごしの良いものや消化の良いものなど、食事面もケアしていたそうですが、

日本一熱狂的な関西のマスコミと岡田さんの良好な関係を保つことでも一役買っていたそうで、6月に、岡田さんが、DeNAの試合中のイベントに関して、「あれで拍子抜けなってんねん。言うとけよ、横浜に」などと語ったことが翌日、記事として掲載され、岡田さんが「雑談を書かれた」などと激怒して、一時的に取材を拒否する事態に発展した際も、妻の陽子さんが岡田さんをとりなし、事なきを得ていたといいます。

(妻の陽子さんは、阪神タイガースがリーグ優勝を決めた9月14日、甲子園(巨人戦)に足を運んでいるのですが、岡田さんが知人から差し入れられた赤飯とタイを食べて球場に向かったことを明かすなど、スポーツ紙に手記を寄せる依頼にも応じています)

「岡田彰布の子供は息子が1人!息子から見た岡田とは?」に続く

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