阪神入団3年目の1985年、打率3割5分、54本塁打、134打点という驚異的な成績で三冠王に輝いた、ランディ・バース(Randy Bass)さんは、翌1986年も、打率3割8分9厘(NPB記録)、47本塁打、109打点で、2年連続三冠王に輝いているのですが、チームが首位と13.5ゲーム差の3位と振るわなかったことに苛立ち、吉田義男監督の采配を批判したことがありました。
「ランディ・バースは真っ向勝負の江川卓に尊敬の念を抱いていた!」からの続き
2年連続三冠王かつNPB記録の3割8分9厘
阪神入団3年目の1985年、打率3割5分、54本塁打、134打点という驚異的な成績で三冠王に輝いたバースさんは、4年目1986年も打ちまくり、2年連続の三冠王に輝いているのですが、特に、打率が驚異的で、
5月末で3割4分6厘とすると、6月末には3割8分7厘とし(6月の月間打率4割7分3厘)、7月2日には、ついに4割を突破。オールスター前後では調子を落とし、3割7分6厘まで落とすも、8月には打ちまくり、8月末時点で3割9分1厘。その後、9月に入ってもずっと3割9分台をキープし、9月末時点で3割9分4厘。最終的には、3割8分9厘(NPB記録)、47本塁打、109打点という驚異的な数字を残しています。
ちなみに、この年(1986年)は、バースさんの後ろの4番・掛布雅之選手、5番・岡田彰布選手の調子が上がらず、バースさんはくさい球で歩かされるケースが多かったのですが、そんな中での連続三冠王ということで、いかにバースさんが素晴らしかったかが伺えます。
吉田義男監督の采配を批判していた
一方、チームはというと、連覇どころか、優勝した広島カープに13.5ゲーム差をつけられ3位と終わる体(てい)たらくだったことから、
バースさんは、そんなチーム状態に苛立ってか、雑誌のインタビューで、
ヨシダ(吉田義男監督)のバント作戦はワンパターンだ
と、吉田采配を批判しており、
吉田監督との確執が噂されました。
吉田義男に詫びを入れていた
ただ、その後、バースさんは、吉田監督に、
取材記者が外国人だったので、酒飲み話のつもりで不注意な発言をしてしまった。他意はない。監督に対して、何ら悪感情は持っていないことを分かってほしい
と、詫びを入れていたそうで、
2023年、1月13日、野球殿堂入りを果たした際のインタビューでも、
(1985年は)1試合平均のチーム得点は7点に達していた。そんな中、吉田義男監督が投手陣を見事に整備した。偉大な監督、とても尊敬している
と、語っています。
「ランディ・バースは息子が水頭症を患い急遽帰国していた!」に続く
吉田監督(左)とバースさん(右)。