ハーフタレントの草分け的存在で、司会業でも成功を収めた、E・H・エリックさんをお父さんに持つ、岡田美里(おかだ みり)さんは、6歳から芸能活動を始めると、高校生の時には雑誌「POPEYE」の素人モデルとして活動し、大学卒業後の22歳の時には、「ロサンゼルスオリンピック」でキャスターデビューしているのですが、

結婚後は、ライフスタイルを提案するスクール「Atelier Millie Millie(アトリエミリーミリー)」を開講するほか、パン教室の講師や、テーブルウエアをはじめとする生活用品のデザイナーとして活動し、「カリスマ主婦」と呼ばれると、その後も実業家として才能を発揮しています。

岡田美里

「岡田美里の父親はE・Hエリックで叔父は岡田真澄!大伯母は人魚姫像のモデル!」からの続き

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岡田美里は幼少期から子供服のモデルをするほか大学時代も個人で素人モデルをしていた

岡田美里さんは、6歳の時、ハウス食品のグラタンのCMに出演すると、その後は、子供服のモデルをしていたそうですが、大学進学後は、学校が芸能活動禁止だったため、モデル事務所も辞め、普通の学校生活を送っていたそうです。

ただ、間もなく、素人としてなら大丈夫だろうと、雑誌「POPEYE」の”シロモ”(素人モデル、アマチュアモデル)として活動するようになったそうで、

岡田美里さんは、その時のことを、

周りのモデル仲間にも恵まれたことと、笑っている写真ばかりだったこともあり、撮影が本当に楽しくて!

と、語っています。

岡田美里は大学卒業後は撮影の楽しさが忘れられず芸能界入りしていた

そんな岡田美里さんは、大学卒業後の職業を考える時期になると、大学では教育学科だったことから、教育実習にも行き、先生になるという選択肢もあったそうですが、撮影の楽しさを知ってしまったため、教育の道ではなく、芸能界を選んだそうです

(飲食店や家庭教師などいろいろなアルバイトをしたそうですが、心から楽しいと思えたのは撮影をしている時だったそうです)

岡田美里が若い頃はキャスターとして活躍していた

そして、1984年、聖心女子大学文学部教育学科卒業後の22歳の時、「ロサンゼルスオリンピック」のキャスターのオーディションを受けると、未経験ながら、見事、合格したそうで、

以降、「F1グランプリ」で初代レポーターを務めるほか、「マンデーF1ワールド」、日曜日の朝の番組、NHK特別番組「米ソサミット」などで、キャスターを務めたのでした。

岡田美里とアイルトン・セナ
岡田美里さんとアイルトン・セナさん。

(20代の時は、F1が3本、FMラジオ2本、日本テレビが2本と、レギュラーを7本も持っていたそうです)

また、岡田美里さんは、キャスターとして活動するかたわら、1988年には、NHK大河ドラマ「武田信玄」に出演するなど、女優としても活動しています。

「武田信玄」出演時の岡田美里
「武田信玄」出演時の岡田美里さん。

岡田美里は堺正章と結婚後は「カリスマ主婦」として人気を博していた

そんな岡田美里さんは、1989年、28歳の時には、堺正章さんと結婚すると、タレント業と並行して、ライフスタイルを提案するスクール「Atelier Millie Millie(アトリエ ミリーミリー)」を開講するほか、パン教室の講師や、テーブルウエアをはじめとする生活用品のデザイナーとしても活動しているのですが、

その活動の様子が、多くのファッション誌、ミセス誌で取り上げられ、「カリスマ主婦」として人気を博し、「婦人女性誌の表紙を最も多く飾った女性」に、3年連続で選出されています。

岡田美里
カリスマ主婦と呼ばれた岡田美里さん。

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岡田美里が若い頃は実業家としての才能も発揮していた

また、岡田美里さんは、2003年には、訪れた祖母の祖国・デンマークで、1835年創業の老舗紅茶専門店「A.C.Perch’s」と出会うと、2006年には、世界初の支店を日本(代々木上原と兵庫県芦屋)で立ち上げており、

2007年には、日本紅茶協会の名誉ティーインストラクターに就任するほか、2012年には、功労賞を受賞しているのですが、

(岡田美里さんはプライベートでは結婚と離婚をそれぞれ2度しており)2度目の結婚では、当時のご主人の仕事がうまくいかなくなったことから、岡田美里さんが全てお金を出していたそうで、最終的には、ほとんど財産を失ってしまったのだそうです。

ただ、2008年、2度目の離婚から1ヵ月後、デンマークに住む友人から、「ある商品を日本で販売して欲しい」旨のメールが届くと、その商品はデンマークで35年の歴史を持つ「トロールビーズ」というアクセサリーだったそうで、

岡田美里さんは、友人を助けるため、本格的な販売に乗り出すべく、会社を設立し、代表取締役に就任して借金をし、売り場を確保するため、自ら百貨店と交渉すると、ある百貨店が小さな売り場を提供してくれ、岡田美里さんのファンだった主婦層を中心に、「トロールビーズ」は、瞬く間に大ヒット。

2012年には、全国に12店舗を展開するまでになったそうで、岡田さんは、実業家としての才能も発揮しています。

(時には、岡田美里さん自身も店に立つほか、全国各地を飛びまわったそうです)

「岡田美里は最初の夫・堺正章との離婚理由を発表し猛バッシングを受けていた!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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