1961年、バラエティ番組「夢で逢いましょう」で”へんな外人”として人気を博すと、その後も、数々のバラエティ番組に出演し、1966年には、日本武道館で行われたビートルズ来日公演の司会者を務めるなど、タレント、司会者として成功を収めるほか、晩年には、アムウェイの販売員としても大成功を収めた、E・H・エリックさんですが、家庭は荒れていたといいます。

今回は、E・H・エリックさんの娘である岡田美里さんと岡田サリーさんの証言と共に、E・H・エリックさんの妻、子供、孫をご紹介します。

E・H・エリックと家族

「E・H・エリックはアムウェイで大成功していた!堺正章も勧誘していた!」からの続き

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E・H・エリックはDV(家庭内暴力)が原因で妻に逃げられ、その後、別の女性と再婚していた

E・H・エリックさんは、靜子さんという女性と結婚すると、3人の子供にも恵まれ、おしどり夫婦と呼ばれていたのですが、実際は、お酒を大量に飲んで酔っ払い、靜子さんに暴言を吐いたり、暴力を振るっていたそうで、ある時、靜子さんは、そんな生活に耐えかねて家を出て行ってしまったそうです。

ちなみに、三女の岡田サリーさんは、

父は芸能人で、ずっと、おしどり夫婦と呼ばれていたのですが、夫婦は実は拗(こじ)れていて、母はある日、突然、私達三姉妹を置いて家を飛び出ちゃったんです。衝撃的でした。当然自分の人生はそこから激変しました。

私は小6、すぐ上の姉の美里は中3。一番上の姉は結婚してハワイへ行ったばかりでした。マスコミのこともあるし、私はもう日本にいるのがいやになって、一番上の姉を頼ってハワイへ行き、ハワイの高校へ通いました。

と、語っているのですが、

岡田サリーさんがハワイの高校を卒業して日本に戻って来た時には、お父さんのE・H・エリックさんは再婚していて、実家は無いも同然の状態だったそうです。

E・H・エリックの子供は娘が3人で長女は実業家の岡田珠里

E・H・エリックさんと靜子さんとの間には、3人の女の子が誕生しているのですが、長女の岡田珠里さんは、ハワイに30年以上住み、海外撮影専門のコーディネーター会社で、撮影スタッフとして働いているそうで、

(担当地域である)北米、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、タヒチ、スペインをはじめ、世界各国を飛び回っているそうです。

ちなみに、珠里さんは、撮影経験25年以上のベテランだそうですが、特に、サーフィン、ウインドサーフィン等海関係の撮影が得意だそうで、ハワイの撮影業界で珠里さんの名前を知らない人はいないのだとか。

そんな珠里さんは、株式会社MARGEで副社長を務めており、2008年には、マウイ島の人々に愛されてきた「マウイ コーヒー ロースターズ」の伝統の味に惚れ込み、東京・渋谷の広尾にコーヒー店をオープンさせるなど、実業家としても活動しています。

E・H・エリックの娘(次女)はタレントの岡田美里

E・H・エリックさんの次女は、タレントの岡田美里さんです。

岡田美里さんは、1961年に誕生すると、6歳の時に、ハウス食品のグラタンのCMで芸能界デビューし、その後は、子供服のモデルとして活動するほか、大学在学中には、雑誌「POPEYE」で「シロモ」(素人モデル、アマチュアモデル)として活動し、

大学卒業後は、キャスターも務め、本格的に芸能活動を開始すると、全盛期には、レギュラーを7本抱える売れっ子となっています。

岡田美里
次女の岡田美里さん

E・H・エリックは娘(次女)の岡田美里にDV(妻への暴言や暴力)を暴露されていた

ちなみに、岡田美里さんは、プライベートでは、1989年に堺正章さんと結婚すると、女の子を2人出産し、おしどり夫婦と呼ばれていたのですが、

2001年7月、著書「「しあわせ」のかたち/PTSDからの旅立ち」の出版記者会見を開いた際、突然、堺正章さんとの離婚を発表。

その際、自身がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っていることも明かしているのですが、

子供の頃、父親であるE・H・エリックさんがお母さんに暴言を吐いたり、暴力を振るっていたことがPTSDの原因だったそうで、

岡田美里さん自身も、ある時、お母さんに暴力を振るうお父さんを止めに入った時、お父さんに腕を思い切りつかまれ、とても怖い思いをしたことがあったそうです。

(PTSDとは、火事、事故、暴力、犯罪被害など、生死に関わるような体験をし、強い衝撃を受けた後、その体験の記憶が当時の恐怖や無力感とともに、自分の意志とは無関係に思い出され、まだ被害が続いているような現実感を感じる病気のことを言うそうです)

E・H・エリックの娘(三女)はヘアメイクアーティストでファスティングマイスターの岡田サリー

E・H・エリックさんの三女は、ヘアメイクアーティストでファスティングマイスターの岡田サリーさんです。

E・H・エリックの三女
三女の岡田サリーさん

1964年に誕生した岡田サリーさんは、結婚後、もともとしていたメイクの仕事を控え、主婦業と子育てに専念していたそうですが、間もなく、小学生と赤ちゃんの子供2人を連れて離婚すると、8万円の貯金からメイクレッスンの仕事で再スタートを切ったそうで、

その後は、東京都渋谷区・広尾でまつ毛と日本初の眉毛のエクステ専門店を始めるなど、軌道に乗せたそうです。

E・H・エリックの三女の岡田サリーは現在は三浦半島で一人暮らしをしている

そんな岡田サリーさんは、その後、再婚するも、ご主人を病気で亡くし、その後は、娘夫婦とその子供(孫)と三女の4人と同居していたそうですが、

2022年、10年間住んだ鎌倉・七里ヶ浜から三浦半島の油壺に近い場所に引っ越しし、現在は、そこで、人生初の一人暮らしをしているのだそうです。

ちなみに、娘さんがネットで見つけた物件を、「かわいい!」と思い、見に行くと、外見はボロボロながら、ドアを開けると、中はきれいにリノベーションされていて、キッチンもかわいかったことから、その場で購入を決めたそうで、

「買いますから、今の私の家を売ってください」と不動産屋に依頼すると、情報公開したその日に、知人が買ってくれたそうで、トントン拍子ですべてのことが進んだのだそうです。

ちなみに、岡田サリーさんは、人生初の一人暮らしを楽しんでいるようで、

実はひとり暮らしは人生初だったんです。それまで“家”は家族の団らんがあって、ほっとする場所だと思っていたのですが、60代を目前にひとりで暮らし始めてみたら、“家”は自分を整えて落ち着く場所だと思うようになりました。

そして、整えるのは自分だけでなく部屋も。苦手と思っていた片づけが、意外と好きかも!と。家族がいたときのように散らかっていると、逆に落ち着かない。ひとりになってみたら、新たな発見がありました

と、語っています。

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女優の堺小春とデザイナーの栗原菊乃はE・H・エリックの孫

ところで、E・H・エリックさんには、少なくとも孫が5人いるのですが、そのうちの2人は、次女・岡田美里さんの長女の栗原菊乃さんと次女の堺小春さんです。

(あとの3人は三女・岡田サリーさんの子供で、全員女性)

ちなみに、栗原菊乃さんは、1990年に誕生すると、ミュージカル「アニー」で子役としてデビューするも、高校卒業後は、写真の専門学校に通い、2011年6月からは、サンフランシスコとロンドンに留学すると、サンフランシスコでは短大に通い、ロンドンではアートを学んだそうで、帰国後は、デザイン事務所に就職し、グラフィックデザイナーのほか、ファッションブロガーとしても活動すると、

2015年には、自身のブランド「PURPLE THINGS(パープルシングス)」を立ち上げ、本格的にファッションデザイナーとしての活動を開始しています。

栗原菊乃
栗原菊乃さん

また、堺小春さんは、1994年に誕生すると、姉の菊乃さん同様、2004年、10歳の時に、「栗原小春」として(「栗原」は岡田美里さんの元夫・堺正章さんの本名)、ミュージカル「アニー」で子役としてデビューするも、2007年、NHK時代劇「夏雲あがれ」の出演を最後に、学業に専念するため、芸能活動を休止。

ただ、2015年には、「堺小春」として、舞台「転校生」に出演し、芸能活動を再開すると、以降、マイペースに女優としての活動を続けています。

堺小春
堺小春さん

さて、いかがでしたでしょうか。

E・H・エリックさんの、

  • E・H・エリックの本名は?弟・岡田眞澄と共にデンマークとのハーフだった!
    • E・H・エリックの年齢は?出身は?学歴は?
    • E・H・エリックの本名は?弟は俳優の岡田眞澄
    • E・H・エリックはハーフ(母親がデンマーク人)
    • E・H・エリックの少年時代は戦争の影響でフランス・ニースから台湾に移り住んでいた
    • E・H・エリックは幼少期はフランス語で話し、少年時代に日本語と映画を話せるようになっていた
  • E・H・エリックが若い頃は「ヘンな外人」で大ブレイクしていた!
    • E・H・エリックは若い頃、トニー谷、泉和助とトリオを組み、日劇ミュージックホールでデビューしていた
    • E・H・エリックが若い頃は俳優やコメディアンとして活躍していた
    • E・H・エリックは若い頃は「ヘンな外人」として大ブレイクしていた
  • E・H・エリックはアムウェイで大成功していた!堺正章も勧誘していた!
    • E・H・エリックはビートルズ来日公演で司会とインタビューを務めていた
    • E・H・エリックは高級ナイトクラブ「ニューラテン・クォーター」で司会を務めていた
    • E・H・エリックは晩年は日本アムウェイの販売委員として高額報酬を得ていた
    • E・H・エリックの死因はパーキンソン病
  • E・H・エリックはDVで妻に逃げられていた?娘の岡田美里と岡田サリーが暴露!
    • E・H・エリックはDV(家庭内暴力)が原因で妻に逃げられ、その後、別の女性と再婚していた
    • E・H・エリックの子供は娘が3人で長女は実業家の岡田珠里
    • E・H・エリックの娘(次女)はタレントの岡田美里
    • E・H・エリックは娘(次女)の岡田美里にDV(妻への暴言や暴力)を暴露されていた
    • E・H・エリックの娘(三女)はヘアメイクアーティストでファスティングマイスターの岡田サリー
    • E・H・エリックの三女の岡田サリーは現在は三浦半島で一人暮らしをしている
    • 女優の堺小春とデザイナーの栗原菊乃はE・H・エリックの孫

について、まとめてみました。

ハーフタレントの先駆けとして、コメディアン、俳優、司会者とマルチな活動で才能を発揮するほか、晩年には、アムウェイを日本に持ち込み、高額報酬を得るなど、実業家としても大成功を収めるも、死後には、次女の岡田美里さんにDV(家庭内暴力)を暴露されるほか、アムウェイが2021年に逮捕者を出し、その輝かしい経歴にケチがついたE・H・エリックさん。

近年ではジャニー喜多川さんがそうですが、生前に素晴らしい実績を残したにもかかわらず、死後に良くない事実が判明するのはなんとも言えない気持ちになります。

「E・H・エリックの本名は?弟・岡田眞澄と共にデンマークとのハーフだった!」

E・H・エリックと家族

お読みいただきありがとうございました

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