1969年、23歳の時、連続テレビ小説「信子とおばあちゃん」でテレビドラマデビューすると、以降、数多くの、テレビドラマ、映画、舞台に出演するほか、声優としても、エディ・マーフィーの声の吹き替えや「世界ウルルン滞在記」のナレーターで人気を博した、下條アトム(しもじょう あとむ)さん。
今回は、そんな下條アトムさんの若い頃から現在までの出演作品や経歴をデビューから時系列でまとめてみました。
「下條アトムの生い立ちは?高卒後に父親のコネで劇団民芸入団も2年でクビになっていた!」からの続き
下條アトムは22歳の時に連続テレビ小説「信子とおばあちゃん」でテレビドラマデビュー
アルバイトをしながら俳優活動をしていたという下條アトムさんは、1969年、22歳の時には、連続テレビ小説「信子とおばあちゃん」でテレビドラマデビューすると、
「信子とおばあちゃん」より。(左から)田村亮さん、大谷直子さん、下條アトムさん。
以降、
- 1971年(25歳)には、「天皇の世紀」
- 1971年(25歳)には、「大江戸捜査網」第48話
- 1972年(26歳)には、「大江戸捜査網」第75話
- 1972年(26歳)には、「知らない同志」
- 1972年(26歳)には、「レモンの天使」第22話
などに出演しています。
下條アトムは26歳の時に連続テレビ小説「藍より青く」に出演して以降レギュラーが増えていた
そして、1972年、26歳の時には、連続テレビ小説「藍より青く」に出演しているのですが、この「藍より青く」が終了した後、レギュラーの仕事が多くなったそうで、
20代の頃は、3本ぐらいのドラマを掛け持ちするのが当たり前になるなど、俳優業は順調だったそうです。
下條アトムは29歳の時にアメリカのテレビドラマ「刑事スタスキー&ハッチ」で主人公・スタスキーの吹き替えを務めていた
しかし、年齢を重ねるにつれ、徐々にテレビドラマの仕事が少なくなっていったそうで、そんな中、ナレーションやアテレコの仕事が入ってくると、
1975年、29歳の時には、厚い友情で結ばれた若い刑事2人組の活躍を描いたアメリカのテレビドラマ「刑事スタスキー&ハッチ」で、主人公のスタスキーの声を務め、たちまち人気を博したのでした。
「刑事スタスキー&ハッチ」より。右側が下條アトムさんが声を務めたスタスキー(ポール・マイケル・グレイザーさん)。
ちなみに、下條アトムさんは、声の仕事が入ってきた当初は、
アテレコ?声優?何なんだよ
と、(当時の時代背景もあり)軽く見ているところがあったそうですが、
それでも、やり始めるととても難しく、それでいておもしろく、すっかりハマってしまったそうで、自分ができないからもうちょっとちゃんとやりたい、もっとちゃんと表現したい、と思っているうちに、声の仕事に情熱を持つようになっていくと、
やがて、”声優”という仕事が注目を集めるようになっていったそうで、
昔、「刑事スタスキー&ハッチ」というドラマの吹き替えを高岡健二と2人でやっていたとき、アテレコが終わってスタジオから出てきたら女の子がたくさんいてね。
その子たちが僕たちをみて「な~んだ、声優じゃないんだ」って言ったのはガクッときましたね。「僕たちは一応役者なんですけど」って(笑)。
それはちょうど声優さんたちがレコードを出したりなんかして、注目を集め始めた時期だったんですよ。その時に肌で時代が変わってきたというのを感じましたね
と、語っています。
下條アトムは39歳の時からエディ・マーフィーの吹き替えを務めていた
また、下條アトムさんは、1985年、39歳の時には、洋画「48時間」でエディ・マーフィーの吹き替えを担当すると、
以降、
- 1989年(43歳)「ゴールデン・チャイルド」(チャンドラー・ジャレル 役)※フジテレビ版
- 1990、2000年(44歳、54歳)「ビバリーヒルズ・コップシリーズ」(アクセル・フォーリー 役)※フジテレビ版
- 1991年(45歳)「星の王子 ニューヨークへ行く」(アキーム王子、クラレンス、ランディ・ワトソン、ソウル役)※フジテレビ版
- 1992年(46歳)「大逆転」(ビリー・バレンタイン役)※フジテレビ=DVD・Blu-ray版
- 1993年(47歳)「ハーレム・ナイト」(クイック・ブラウン役)※フジテレビ版
- 1994年(48歳)「48時間PART2/帰って来たふたり」(レジー・ハモンド役)※フジテレビ版
- 1995年(49歳)「ホワイトハウス狂騒曲」(トーマス・ジェファーソン・ジョンソン役) ※フジテレビ版
- 1996年(50歳)「ブーメラン」(マーカス役)※フジテレビ版
- 2000年(54歳)「ヴァンパイア・イン・ブルックリン」(マクシミリアン、ポーリー牧師、グイド役) ※フジテレビ版
- 2003年(57歳)「ショウタイム」(トレイ・セラーズ巡査役)ソフト版
- 2004年(58歳)「プルート・ナッシュ」(プルート・ナッシュ役) ソフト版
- 2005年(59歳)「ドクター・ドリトル2」 (ドクター・ジョン・ドリトル役) テレビ東京版
と、エディ・マーフィーの担当声優として活躍しているのですが、
「星の王子ニューヨークへ行く」のエディ・マーフィーさん。
下條アトムさんは、エディ・マーフィーの声を担当したことについて、
彼のエネルギーを僕が出すのは無理なんです。でも──これは妄想なのですが──エディ・マーフィになったつもりでやっていました。スタジオでも革靴ではなく運動靴を履いていましたし、体も動かしました。
声を当てるといっても、首から上だけに重点を置かなかったんです。僕も役者ですから、どういう気持ちでエディ・マーフィは演じているのか、この役の人間はどういう気持ちでいるのかを大事にしようと。
それと同時に、あれだけ素敵な役者の邪魔をしたくなかった。つまらない色付けをして、自分を出したくないと思ったんです。僕がやっていると知られなくていい。エディが日本語を喋っているぐらいに視聴者は思ってくれていいという感じでした
と、語っています。
下條アトムは48歳から「世界ウルルン滞在記」のナレーションを務めると「出会ったっぁ~」が注目されるようになっていた
そんな下條アトムさんは、1995年、48歳の時には、世界紀行ドキュメンタリー番組「世界ウルルン滞在記」でナレーターを務めているのですが、
下條アトムさんの
〇〇が▲▲と出会ったぁ~
という独特なフレーズが注目を集め、(2007年に番組が終了した後も)現在に至るまで、多くのタレントがモノマネをしています。
ちなみに、番組開始当初は「出会った」というフレーズもなく、下條アトムさんが「出会った」と言い始めてからも、最初は普通に「出会った」と言っていたそうで、
下條アトムさんは、
でも、現地の映像を見ていると本当に過酷でね。「リポーターたちがこんなに苦労しているのに、僕は暖房や冷房が効いている部屋でナレーションの収録をやっていていいのか?」って思って、感情移入せずにはいられなかったんですよね。
だから、彼らのサポーターみないな気持ちで「頑張れ!頑張れ!」と思ってやっていたんですけど、だんだん応援したいという気持ちが強くなって「出会ったっぁ~」ってやり始めたんです
と、語っています。
下條アトムが68歳の時には北野武監督作品「龍三と七人の子分たち」で小悪党・徳永役
下條アトムさんは、2015年、68歳の時には、北野武監督作品「龍三と七人の子分たち」で、相手によって態度をコロコロ変える卑近な小悪党・徳永役を演じているのですが、事前に役作りというものは特に何もしなかったそうで、
下條アトムさんは、
脚本の中であのキャラクターはすでに出来上がっていたので、具体的な役作りというものは特に行いませんでした。
小悪党みたいな役を演じてみようとかいうのではなく、最初にパチンコのシーンからはじまるので、最近のパチンコ屋を体験いたしまして、気付いたら5万円程、勉強代に使ってしまいました(笑)。
特に北野監督作品なので、変に色々なものをくっつけて、自分が着込んで現場に持って行くのはやめようと思いました。どれだけこの作品の中で裸になれるかなというのが勝負かなと思って臨みました。
北野監督の深い洞察力の前では、どうせバレてしまうでしょうし、むしろ変なものは脱ぎ捨てていこうと思いました。
と、語っています。
「龍三と七人の子分たち」より。(左から)安田顕さん、下條アトムさん、矢島健一さん。
下條アトムは現在(70代)も現役で活動中
72歳の時には映画「純平、考え直せ」でインテリホームレスの役
そんな下條アトムさんは、2018年、72歳の時には、映画「純平、考え直せ」で、パソコンを駆使するインテリホームレス役を演じているのですが、
下條アトムさんは、
世の中からあぶれ出た役は好きなので喜んでやらせてもらいました。カメラが遠くから狙っての撮影だったので、新宿西口公園の歩きのシーンでは、本物のブルーシートの爺さんがニターッと可愛い笑顔であいさつしてくれました。
仲間だと思ってくれたのか、偽物だと嘲笑ったのか・・・わかりませんけど、いずれにせよ、その笑顔に勇気をもらいました(笑)
と、語っています。
「純平、考え直せ」出演時の下條アトムさん。
74歳の時にはテレビドラマ「相棒20」に出演
また、下條アトムさんは、2021年、74歳の時には、「相棒20」の第8話「操り人形」で、人形劇団「糸使い」主宰の藤島健司役を演じています。
「下條アトムの元妻は?2度の結婚&離婚!娘は?息子は?父親は下條正巳!」に続く
「相棒20」出演時の下條アトムさん。