1990年代の渋谷系シーンにおいてカリスマ的な人気を誇ると、以降、ニューヨーク、東京、ヨーロッパを拠点に幅広い活動を展開していた、カヒミ・カリィさんですが、
2011年頃からソロ活動を休止し、ニューヨークに移住すると、家族中心の生活に切り替え、徐々に様々な分野で創作活動に励むようになったといいます。
今回は、カヒミ・カリィさんのニューヨーク移住後から現在までの活動についてご紹介します。

「【画像】カヒミ・カリィの若い頃は?デビューから現在までの代表曲ほか経歴は?」からの続き
カヒミ・カリィは43歳の時にニューヨークに移住していた
カヒミ・カリィさんは、2011年、結婚して娘のニキさんが誕生しているのですが、この年、東日本大震災が起こったことで、家族や命の大切さを再認識したそうで、
2010年、ソロアルバム「It’s Here」をリリース後、単発の仕事に絞って、ニューヨーク(ブルックリン区パークスロープ地区)へ移住すると、
ニューヨークへ移住した当初は、主婦業や子育てに専念し、以前暮らしていたヨーロッパとの文化の違いに戸惑いつつも、公園の多い環境を楽しんだそうで、
カヒミ・カリィさんは、インタビューで、
住まいに選んだブルックリンのパークスロープは、近くに大きな公園があって、買い物にも便利で、ニューヨークとはいえ、郊外な感じがあって大好きになりました。
と、語っています。
カヒミ・カリィは44歳の時に初の自叙伝的エッセイ「小鳥がうたう、私もうたう、静かなそらに響くから」を出版していた
また、カヒミ・カリィさんは、2012年には、自叙伝的エッセイ「小鳥がうたう、私もうたう、静かなそらに響くから」を出版するなど、執筆活動を始め、新分野を開拓しているのですが、
一方、音楽でも、「hydrant house purport rife on sleepy」のアルバム「many of these memories of the sun, and increasing gratitude」にゲスト(客演)として参加しています。
カヒミ・カリィは陶芸に興味を持ち自宅にロクロを購入し作品作りに没頭していた
そんなカヒミ・カリィさんは、その後も、他のアーティストのアルバム制作にゲストとして参加するなど、音楽活動を継続しているのですが、
2014年頃には、友人の影響で陶芸に興味を持ち始め、2015年には、マンハッタンの陶芸クラスに通い始めると、ロクロを使った作品作りに没頭し、週1回のクラスでは物足りず、自宅にロクロを購入して本格的に作品作りを始めたそうで、
カヒミ・カリィさんは、インタビューで、
(最近は)陶芸にはまっています。引っ越して4年目に、お友だちに誘われてマンハッタンの陶芸のクラスに行ったら、とても気持ちが良くて、週一回通うことにしたんです。
ハンドビルドよりロクロに惹かれて、週一回ではいつまでも上手くなれない!と家にロクロを買って。その後、陶芸のスタジオも家の近くに移しました。ロックダウンになって通えなくなりましたが、ロクロを持っていたおかげで続けられています。
と、語っています。

カヒミ・カリィは映画作品へのコメント執筆、字幕監修、翻訳業なども手掛けていた
その後も、カヒミ・カリィさんは、ソロ活動は休止したものの、2020年には、他のアーティストの作品への客演や、コラボレーションに参加し、NY、東京、ヨーロッパを拠点に、幅広く音楽活動を展開しつつ、
映画作品のコメント執筆、字幕監修、翻訳などを手掛けたり、「暮しの手帖」「veggy」などのカルチャー誌や文芸誌などで、連載を担当したり、フォトグラファーとして写真を掲載するほか、
自身のブログやSNSで、食生活(アーユルベーダに基づくローカル食材中心に体に良さそうなもの)や日常のエッセイなども発信しています。
ちなみに、カヒミ・カリィさんは、インタビューで、
一時期はベジタリアンだったり、フランス時代はお肉を食べなかったりしましたが、今振り返ると体調はあまりよくありませんでした。
その後、アーユルベーダの勉強を通して、健康な食事は、人それぞれの体質によって違うということを学びました。食材に関しては、体にも環境的にも良いものを、なるべく選ぶようにしています。
今はお肉もお魚も頂きますが、それらがどこで、どんなふうに育ったかを大切にしています。家の近くのお店では、ローカルなものは「何々さんが作った」と書いてくれていて、安心してお買い物ができるんです。
と、語っています。
カヒミ・カリィは52歳の時にニューヨークからランカスター地方に移住していた
また、カヒミ・カリィさんは、2020年頃には、ニューヨークから車で3時間ほどの所にある田舎町ランカスターに移り、薪窯のある陶芸スタジオ近くで暮らし始めたそうで、
娘さんの学校送迎(朝夕)、お弁当作りほか家事の合間に、午前中はロクロ、午後と夕食後は原稿の執筆とロクロ、という暮らしをしていたそうです。

カヒミ・カリィさんのランカスターの自宅から見える美しい風景。
カヒミ・カリィの現在は?日本に帰国していた
そんなカヒミ・カリィさんですが、2024年初夏には、婦人科系の手術を受け、ホルモンバランスが大きく変化したそうで、
これまで経験したことがないような体調不良に見舞われ、13年ぶりに日本に帰国したことを、2025年9月16日のブログで明かしています。
ちなみに、カヒミ・カリィさんは、日本へ帰国することになった経緯について、
昨年の初夏、婦人科系の手術を受けたことでホルモンバランスが大きく変化し、これまで元気に過ごしてきた私にとっては想像以上に体調が不安定になる日々でした。
そんな中、アメリカでの生活は楽しかったものの、医療への不安や娘の進学、日本の家族との時間など、さまざまな思いが重なり、13年ぶりに日本で暮らすことを決めました。
今年の春に帰国し、国際引越しや受験準備で慌ただしい毎日でしたが、最近は新しい生活にも慣れ、やっとほっと一息つけています。
これまで健康に恵まれ、性格もどちらかというと緩やかであまり落ち込むこともなかった私ですが、今回の経験を通して、ホルモンが心身に与える影響の大きさを実感し、あらためて健康であることのありがたさを深く感じています。
久しぶりの日本での暮らしは、食事を作ったり散歩したりといった日々の小さなことにも、懐かしさと新鮮さを覚える日々です。蝉の声や入道雲、夏祭りやかき氷など、日本ならではの夏をしみじみと美しいと感じています。
と、綴っており、
現在は、日本での暮らしも満喫しているようです。
「カヒミ・カリィの元カレ・小山田圭吾との馴れ初めは?渡仏前に破局していた?」に続く
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囁くようなキュートなウィスパーボイスとミステリアスなルックスで人気を博した、カヒミ・カリィさんですが、 1992年~1997年頃までの初期のキャリアにおいては、小山田圭吾さんが、楽曲制作からプロデュースまで幅広く関わって …










