1989年、20歳の時、小山田圭吾さんとのユニット「フリッパーズ・ギター」として、アルバム「three cheers for our side~海へ行くつもりじゃなかった」でデビューすると、
1993年にはソロデビューして、「ラブリー」「カローラIIにのって」「今夜はブギー・バック」など、ヒット曲を連発した、小沢健二(おざわ けんじ)さん。
そんな小沢健二さんは、お父さんがドイツ文学者の小澤俊夫さん、お母さんが心理学者の小沢牧子さんという、著名人の一家に誕生して、幼い頃から文化的な環境で育ったそうで、
高校生の時、バンド活動を始め、西新宿の小滝橋通りにある中古レコード屋街に通っていたところ、中学の同級生だった小山田圭吾さんと再会して意気投合し、東京大学進学後に小山田圭吾さんのバンド「ロリポップ・ソニック」(後の「フリッパーズ・ギター」)に誘われたといいます。
今回は、小沢健二さんの、幼少期(生い立ち)からバンド「ロリポップ・ソニック」(後の「フリッパーズ・ギター」)に加入するまでをご紹介します。

小沢健二のプロフィール
小沢健二さんは、1968年4月14日生まれ、
神奈川県相模原市の出身、
血液型はO型、
学歴は、
和光中学校
⇒神奈川県立多摩高校
⇒東京大学の文科三類(文学部)卒業
ちなみに、「小沢健二」は本名で、
父方の祖父は、政治活動家で満州青年連盟長春支部長の小澤開作氏、
母方の曽祖父は、日本鉱業元社長の下河辺建二氏、
母方の祖父は、下河辺牧場の創業者の下河辺孫一氏、
また、叔父さんは、指揮者の小澤征爾さん、
という、著名人一族です。

小沢健二さんの家系図。
小沢健二は幼い頃から音楽に恵まれた環境で育っていた
小沢健二さんは、ドイツ文学者・昔話研究家で大学教授のお父さん・小澤俊夫さんと、心理学者のお母さん・小沢牧子さんのもと、2人兄弟の次男として誕生すると、
家には、クラシックのレコードと並んでビートルズのボックスセットが置かれるなど、「音楽は当然やるべきもの」という空気が満ちていたそうで、
幼い頃から、音楽に恵まれた文化的な家庭環境で育ったそうです。
小沢健二は2歳~5歳までドイツで裕福な幼少期を送っていた
また、小沢健二さんは、2歳の時、お父さんの仕事の都合で、ドイツ・マールブルクに家族で移住し、現地の幼稚園に通ったことから、ドイツ語をペラペラに話せるようになったそうです。
ちなみに、ドイツでは、夏はバルト海で過ごし、冬はアルプスでスキーを楽しむほか、叔父さんの小澤征爾さんのコンサートを鑑賞するためロンドンに行くなど、裕福な暮らしを送ったといいます。
小沢健二は小学校時代は活発な少年だった
その後、小沢健二さんは、5歳の時に日本に帰国すると、日本の幼稚園には馴染めず、途中で通わなくなったそうですが、
小学校に進学すると、お兄さんと自転車で釣りに行ったり、地域の野球チームに入ってピッチャーで4番を務めるなど、運動神経抜群な活発な少年だったそうです。
小沢健二は小学校時代は歌謡曲が好きだった
一方で、小沢健二さんは、小学校時代から歌謡曲が好きで、ラジオ番組を録音したり、音楽番組「ザ・ベストテン」を熱心に観て、クラスメイトと新曲の歌詞を競って覚えたりしていたそうです。
小沢健二は中学校時代に小山田圭吾と出会うもそれほど親しくはなかった
その後、小沢健二さんは、私立の和光中学校に進学すると、ここで、後の「フリッパーズ・ギター」のパートナーとなる小山田圭吾さんと同級生として出会ったそうですが、
この時は、それほど話す間柄ではなかったといいます。
小沢健二は高校時代に小山田圭吾と再会し意気投合していた
さておき、小沢健二さんは、中学校卒業後は、(和光中学校の系列の和光高校ではなく)神奈川県立多摩高校に進学すると、そこで、部活でバンドを組み、演奏活動を開始したそうで、この頃、ジャズやブルースに影響を受けるようになっていったそうですが、
そんな中、西新宿の小滝橋通りにある中古レコード屋街に通っていると、同じく、レコード屋通いをしていた小山田圭吾さんと再会したそうで、
ここで初めて、お互いの音楽の趣味が似ていることが分かり、意気投合したのだそうです。
(小山田圭吾さんは、和光中学校の系列の和光高校に進学していました)
小沢健二は東京大学進学後に小山田圭吾に誘われバンド「ロリポップ・ソニック」(後の「フリッパーズ・ギター」)に加入していた
その後、小沢健二さんは、早稲田大学を受験し、現役で合格するも、これを蹴り、一浪して、1987年頃、東京大学文学部文科三類に合格したそうですが、
ちょうどこの時、小山田圭吾さんから誘われ、バンド「ロリポップ・ソニック」(後の「フリッパーズ・ギター」)に加入したのだそうです。
「小沢健二の若い頃(フリッパーズギター)のアルバム&シングルほか経歴は?」に続く
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