1990年代には、抜群のファッションセンスや黒髪ロングなクールビューティーなルックスが若い世代の絶大な支持を集め、渋谷系ムーブメントを牽引すると、その後は、国内外を問わず活動を続け、音楽以外にも、執筆、フォトグラファー、オーガニックコスメのプロデュースなど、様々な分野で活動している、カヒミ・カリィさん。
そんなカヒミ・カリィさんのプライベートはどのようなものだったのでしょうか。
今回は、カヒミ・カリィさんの夫・熊谷和徳さんとの、馴れ初め、子供(娘)についてご紹介します。

「カヒミ・カリィの元カレ・小山田圭吾との馴れ初めは?渡仏前に破局していた?」からの続き
カヒミ・カリィの夫・熊谷和徳との馴れ初めは?
カヒミ・カリィさんは、2009年6月27日、41歳の時、タップダンサーの熊谷和徳(くまがい かずのり)さん(当時32歳)と結婚しているのですが、
熊谷和徳さんとは共通の友人を介して知り合ったそうで、出会ってすぐに意気投合し、交際に発展、結婚に至ったといいます。
ちなみに、カヒミ・カリィさんは、プライベートについては、公ではほとんど語っていないのですが、
2012年に発売したエッセイ「小鳥がうたう、私もうたう、静かな空に響くから」では、熊谷和徳さんとの出会いについて詳しく綴っているそうで、
カヒミ・カリィさんは、その理由について、インタビューで、
実は、それは編集の方からのリクエストで書きはじめたんですが、私にしては本当に珍しいですよね。自分で思いつくようなテーマではなかったので、書いていて自分でも面白かったです。
と、語っています。
カヒミ・カリィの夫・熊谷和徳は日本を代表するタップダンサー
ちなみに、カヒミ・カリィさんの夫・熊谷和徳さんは、1977年に宮城県で誕生すると、15歳の時にタップダンスを始めたそうですが、
19歳の時に渡米して修業を積むと、「ザ・ニューヨーク・シティー・タップ・フェスティバル」に9年連続出場するほか、
2016年には、ニューヨークで毎年行われる、全ダンスジャンルを対象とした「NY DANCE AND PERFORMANCE AWARD」(通称”BESSIE AWARD”)で、アジア人ダンサーで初めてとなる「最優秀パフォーマー賞」を受賞する快挙を遂げています。
そんな熊谷和徳さんは、自身のブログで、
(2009年6月)先月の27日にカヒミカリィさんとささやかな式を挙げ、結婚いたしました!
今まで一人で踏んできた道のりをこれからは二人で、『ひとりでもふたりのつもりで ふたりでもひとりのつもりで』今までよりももっと強く、それぞれの夢や信じることのために歩んでいきたいとおもいます。
と、カヒミ・カリィさんとの結婚を報告しています。

カヒミ・カリィと熊谷和徳との間には子供(娘)が1人
カヒミ・カリィさんは、結婚した年と同じ年(2009年)の11月26日に女の子を出産したそうで、娘さんはニキさんと言うそうです。
カヒミ・カリィさんは、ニキさんを出産した時、41歳と高齢出産だったのですが、実は、カヒミ・カリィさんのお母さんも、カヒミ・カリィさんを出産した時、同じ41歳だったそうで、
カヒミ・カリィさんは、子育てエッセイ「にきたま」で、
私は娘を育てることが母にとっての再挑戦のような、そんな不思議な気持ちがしています。自分が母で、娘が私であるような
と、綴っています。
(カヒミ・カリィさんのお母さんは、カヒミ・カリィさんが幼い頃に他界されたそうです)

カヒミ・カリィさんの娘・ニキさん。
また、カヒミ・カリィさんは、自身のSNSや雑誌の連載などで、夫や娘との生活を綴っており、初のエッセイ集となる「小鳥がうたう、私もうたう、静かな空に響くから」では、プライベートなことも詳しく綴っているそうですが、
その理由について、
娘が生まれたっていうことが大きかったんですよね。 今までは、子どもの頃の思い出を振り返ることもあまりなかったんですが、出産をきっかけに「家族」というものの意識が変わって、今までのことを振り返ってすごく思い出したんです。
家族のことについては、デビュー当時から、家族のことを話すときは、家族の立場を考えて話すようにしていたんです。私がこういう仕事をしていることの影響というのがやっぱりあって、プライバシーの確保がむずかしくなることがあるんですよね。
切り売りしたくないっていう気持ちがずっとあって、自分のことを書くのと家族のことを書くのとは分けて考えています。
と、語っており、
娘さんの誕生は、価値観を変えてしまうほど、大きな出来事だったことが分かります。
ちなみに、カヒミ・カリィさんは、2011年にニューヨークに移住した際、当初は、娘さんを日本語の学校に通わせる予定だったそうですが、
日本語の幼稚園に通わせる予定だったのですが、これから先もいるのであれば英語が話せるようになった方がいいということで、英語のパブリック(公立)の幼稚園へ通わせることにしました。
と、語っており、小学校も英語の学校に通わせたそうです。
ただ、2025年に帰国後は、日本語の学校に通わせているそうで、
カヒミ・カリィさんは、自身のブログで、
(娘は)初めての日本語での授業や慣れない環境に戸惑うこともありますが、同じように帰国した友達と支え合い、日々を楽しんでいる様子を見るたびに、親としてほっと胸をなでおろしています
と、綴っています。
さて、いかがでしたでしょうか。
カヒミ・カリィさんの、
- カヒミ・カリィの生い立ちは?本名は?ハーフ?フォトグラファーだった!
- カヒミ・カリィのプロフィール
- カヒミ・カリィの本名は?実家は比企一族の末裔
- カヒミ・カリィの芸名の由来は?
- カヒミ・カリィの父親が経営していた病院は比企病院?
- カヒミ・カリィはハーフ?
- カヒミ・カリィが幼い頃は父親の仕事の都合で引っ越しを繰り返していた
- カヒミ・カリィは高校卒業後は専門学校で写真の勉強をし音楽雑誌「Fool’s Mate」誌のフォトグラファーとなっていた
- 【画像】カヒミ・カリィの若い頃は?デビューから現在までの代表曲ほか経歴は?
- カヒミ・カリィは22歳の時に「フリッパーズ・ギター」のビデオ「The Lost Pictures」に出演していた
- ヒミ・カリィは22歳の時に「フリッパーズ・ギター」のビデオ「The Lost Pictures」に出演していた
- カヒミ・カリィは23歳の時にソロデビュー
- カヒミ・カリィは24歳の時に1stシングル「MIKE ALWAY’S DIARY」をリリース
- カヒミ・カリィは26歳の時に2ndシングル「Girly」が7万枚を売り上げるヒット
- カヒミ・カリィは26歳の時に「MY FIRST KARIE」「I am a kitten」をメジャーとインディーズ同時にリリースしていた
- カヒミ・カリィは28歳の時に森永「ハイチュウ」のCMに出演
- カヒミ・カリィは28歳の時「ハミングがきこえる」がアニメ「ちびまる子ちゃん」のオープンニング曲に起用されるも賛否両論が巻き起こっていた
- カヒミ・カリィは29歳の時に1stフルアルバム「クロコダイルの涙」をリリース
- カヒミ・カリィは30歳の時に初のライブツアー「K.K.Girly Action Tour’98」を行っていた
- カヒミ・カリィの現在は?
- カヒミ・カリィの現在は?13年のNY生活を経て日本に帰国していた!
- カヒミ・カリィは43歳の時にニューヨークに移住していた
- カヒミ・カリィは44歳の時に初の自叙伝的エッセイ「小鳥がうたう、私もうたう、静かなそらに響くから」を出版していた
- カヒミ・カリィは陶芸に興味を持ち自宅にロクロを購入し作品作りに没頭していた
- カヒミ・カリィは映画作品へのコメント執筆、字幕監修、翻訳業なども手掛けていた
- カヒミ・カリィは52歳の時にニューヨークからランカスター地方に移住していた
- カヒミ・カリィの現在は?日本に帰国していた
- カヒミ・カリィの元カレ・小山田圭吾との馴れ初めは?渡仏前に破局していた?
- カヒミ・カリィの小山田圭吾との馴れ初めは?
- カヒミ・カリィと小山田圭吾は「渋谷系の王子様とお姫様」と呼ばれ絶大な人気を博していた
- カヒミ・カリィは渡仏前に小山田圭吾と破局していた?
- カヒミ・カリィの夫・熊谷和徳との馴れ初めは?子供は娘が1人!
- カヒミ・カリィの夫・熊谷和徳との馴れ初めは?
- カヒミ・カリィの夫・熊谷和徳は日本を代表するタップダンサー
- カヒミ・カリィと熊谷和徳との間には子供(娘)が1人
について、ご紹介しました。
フォトグラファーから音楽の道へ進み、90年代の渋谷系シーンでカリスマ的な人気を博すと、その後は、ニューヨークへ拠点を移し、音楽だけでなく執筆や陶芸、翻訳など多彩な分野で表現の幅を広げている、カヒミ・カリィさん。
2025年、13年ぶりに日本へ帰国し、新たな生活をスタートさせたカヒミ・カリィさんが、今後、どのように、自然体で自分らしい表現を続けて行くのか注目です!
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音楽雑誌のフォトグラファー時代、「フリッパーズ・ギター」との縁で音楽の世界に入ると、インディーズながらシングル「Girly」で7万枚の驚異的セールスを記録し、その後は、パリやニューヨークを拠点に音楽・写真・執筆と多彩な才 …









