ソウル、ジャズ、ヒップホップなどをミックスした独自のポップサウンドで世代を超えて支持を集めるも、1997年、人気絶頂の中、音楽活動を縮小し始めると、1998年にはついに音楽活動を休止し、2002年には再開するも、その後は、独自のペースで音楽活動を続けている、小沢健二(おざわ けんじ)さん。

そんな小沢健二さんは、「渋谷系の王子様」と呼ばれ、人気絶頂だった1995年、女優の深津絵里さんとの交際が写真週刊誌にスクープされました。

今回は、「1990年代の伝説カップル」と言われている、小沢健二さんと深津絵里さんの熱愛報道から破局までを、時系列でご紹介します。

小沢健二

「小沢健二の父親は小澤俊夫!小澤征爾は叔父!小澤征悦と小澤征良は従兄弟!」からの続き

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小沢健二は深津絵里との交際を「フライデー」「FOCUS」でスクープされていた

小沢健二さんは、「ラブリー」(1994年11月リリース)や「カローラII」(1995年1月リリース)などのヒット曲を立て続けにリリースし、音楽的なキャリアが絶頂期を迎えていた1995年2月、

女優の深津絵里さんとの深夜のホテルでの密会写真が写真週刊誌「フライデー」にスクープされると、

同年、「FOCUS」誌(3月29日号)でも、深津絵里さんとのホテルでの密会が報じられました。

小沢健二と深津絵里
「FOCUS」誌(1995年3月29日号)に深夜のホテルでの密会が報じられた小沢健二さんと深津絵里さん。

小沢健二は深津絵里とのデートを複数のメディアに目撃されていた

そんな小沢健二さんと深津絵里さんの馴れ初めなど、詳しいことは不明ですが、

都内のカフェやレストランでデートしている姿や、深津絵里さんが小沢健二さんの自宅マンションに通う姿が、複数の週刊誌の記者に目撃されました。

小沢健二は深津絵里のことを「僕のうさぎちゃん」「仔猫ちゃん」などと呼んでいた

ちなみに、小沢健二さんは、深津絵里さんのことを、

僕のうさぎちゃん

と、呼んでいたと言われているのですが、

小沢健二さん本人は、音楽番組「HEY!HEY!HEY!」に出演した際、自身の恋人のことを

仔猫ちゃん

と呼んでいると発言しており、この相手が深津絵里さんだったと言われています。

小沢健二の「ラブリー」「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」は深津絵里のために書かれた曲だった?

また、小沢健二さんが1994年11月にリリースしたシングル「ラブリー」は、深津絵里さんのために書かれたラブソングだという説が、ファンの間で根強く語り継がれているほか、

「ラブリー」

アルバム「LIFE」に収録されている楽曲「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」も深津絵里さんがモデルだと言われています。

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小沢健二と深津絵里の破局理由は?

そんな小沢健二さんと深津絵里さんは、その後も、深津絵里さんが、小沢健二さんの自宅マンションに深夜に帰宅する姿や合鍵で部屋に入る様子が週刊誌で報じられ、「真剣交際」「結婚間近」と言われていたのですが・・・

ほどなくして破局。

破局の理由について詳細は不明ですが、当時、人気絶頂だった2人は分刻みのスケジュールだったことから、多忙によるすれ違いが主な原因だったと考えられています。

ちなみに、この小沢健二さんと深津絵里さんの交際は、「1990年代を代表する伝説カップル」と、今もなお語り継がれており、当時の渋谷系カルチャーとトレンディドラマ全盛期を象徴する恋愛として、同世代層では青春の甘い思い出と共に記憶されています。

「小沢健二の妻との馴れ初めは?結婚後の夫婦仲は?子供は息子が2人!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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