2010年、25歳の時、受験者4000人中、わずか男性1人、女性2人採用という超難関を突破してTBSテレビにアナウンサーとして入社すると、
元テニス選手という経歴を活かし、6大会連続で担当した「世界陸上」などで、アスリートの気持ちに寄り添う温かみのあるインタビュースタイルが視聴者の感動を呼んでいる、石井大裕(いしい ともひろ)さん。
今回は、そんな石井大裕さんの、若い頃(TBS入社以降)から現在までの経歴を時系列でご紹介します。

「石井大裕の生い立ちは?6歳でテニスを始め10代で世界を転戦していた!」からの続き
石井大裕は超難関の入社試験を突破してTBSにアナウンサーとして入社していた
ケガでプロテニスプレイヤーを断念した後、アメリカでTBSのスポーツ番組「J-SPO」の契約スタッフ(アシスタント・ディレクター)として勤務したことで、テレビ報道に興味が沸いたという石井大裕さんは、
その後、TBSのアナウンサー採用試験を受験し、入社試験で、プロ生活で経験したことや、「(入社後は)スポーツの分野をやりたいです」とアピールすると、
超難関(受験者約4000人中、男性1人、女性2人採用)を突破して合格したそうで、2010年、TBSテレビにアナウンサーとして入社しています。
石井大裕は26歳の時に「東レパン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」の取材・実況を担当
すると、2011年には、テニス選手だった経験を踏まえ、「東レパン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」の取材・実況を担当しています。
石井大裕は28歳の時に「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」中継でベンチリポーターを担当
そして、2012年には、プロ野球中継(ロッテ対日本ハム戦)で実況デビューを果たすと、
2013年には、「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」中継でベンチリポーターを務め、英語でのインタビューを積極的に行っています。
石井大裕は27歳~29歳の時「SASUKE」の実況を担当
また、2012年~2014年には、「SASUKE」(第28回〜30回)の実況も担当しています。

「SASUKE」で実況を担当する石井大裕さん。
石井大裕は29歳の時に全米オープンテニスで準決勝に進出した錦織圭にインタビューしていた
さらに、石井大裕さんは、スポーツアナウンサーとしての活動を続けながら、2014年3月~2019年3月には、「あさチャン!」でスポーツキャスターを担当しているのですが、
2014年には、全米オープンテニスで錦織圭選手が準決勝進出を果たすと、急遽、ニューヨークに派遣され、準決勝、決勝の経過報告や解説を担当しています。

石井大裕さん(左)と錦織圭選手(右)
ちなみに、石井大裕さんが、錦織圭さんよりも先に号泣する姿が話題になりました(笑)

号泣する石井大裕さん。
また、同年(2014年)には、アジア競技大会で現地キャスターも担当しています。
石井大裕は29歳の時に兄・石井大貴と音楽ユニット「Well stone bros.」を結成しCDデビューもしていた
そんな石井大裕さんは、同年(2014年)、TBSの社員として勤務していた実兄の石井大貴さんと「Well stone bros.」というユニットを組むと、シングル「OVERCOME」でメジャーデビューも果たすなど、音楽活動もしています。
(石井大裕さんと石井大貴さんが制作した曲は、TBS主催のイベントのテーマソングや、「COUNT DOWN TV」の、エンディングテーマ曲に使われています)

石井大裕は30歳~37歳の時に「世界陸上」で6大会連続総合司会を担当
そして、2015年には、世界陸上北京大会でフィールドキャスターを担当すると、
以降、
- 2017年には、ロンドン大会
- 2019年には、ドーハ大会
- 2022年には、オレゴン大会
- 2023年には、ブタペスト大会
- 2025年には、東京大会
と、6大会連続でフィールドキャスターを務めています。
石井大裕は「世界陸上 東京大会」で号泣する村竹ラシッド選手に寄り添う姿が視聴者の感動を呼んでいた
ちなみに、石井大裕さんは、2025年の「世界陸上 東京大会」では、男子110メートルハードル決勝で、メダル獲得を目標に掲げ、13秒18という好タイムながら惜しくも5位という結果に終わった村竹ラシッド選手に、レース直後、インタビューで感想を求めているのですが、
その際、村竹ラシッド選手が、
何が足りなかったんだろうなって・・・
と、一言つぶやいた後、感情が溢れ出し、カメラの前にもかかわらず、膝をついて大号泣すると、
石井大裕さんも、涙を浮かべながら、泣き崩れる村竹ラシッド選手の目線に合わせるように寄り添い、インタビューが終わった後も、村竹ラシッド選手の肩に手をかけながら声をかけ続ける様子が中継に映し出され、
SNSでは、石井大裕さんの、一人のアスリートの気持ちに寄り添う温かみのある人間的な姿が、
寄り添い方が素敵
台本にはない人と人との関わり。感動的なシーンだった
石井アナの熱さに共鳴した
と、話題となりました。

村竹ラシッド選手(左)と石井大裕さん(右)。
ちなみに、石井大裕さんは、この時のことについて、
僕自身、いつも質問を事前に決めているわけではなく、選手の表情を見てから自然と出てくる感じなので、(村竹選手の時も)おそらく視聴者の皆さまと全く同じ気持ちであそこに立っていたんだと思います。
昨年のパリ五輪で村竹選手が5位でレースを終えた後、ミックスゾーンで『次は東京でリベンジします』と笑顔で言ってくれたんです。僕は、そこからの彼の努力を見てきたので、僕自身、何をしゃべったのか実はあまり覚えていないんですけど、『ありがとうございます』という気持ちと『これからも応援しています』ということをお話ししたんだと思います。
僕自身も、テニス選手時代に怪我で結果が出せず、周囲の期待を裏切ってしまったという経験があります。おこがましいですが、彼の気持ちが少しだけ分かる部分がありました。
我々が生きている中で、12秒で結果が出てしまうことなんてほとんどないですよね。だけど、彼らはそこにすべてを注いでいる。そういうことを伝えることを大切にしたいと思っていました。
と、語っています。
石井大裕は32歳~38歳まで「news23」「S☆1」などでキャスターを担当
そんな石井大裕さんは、その後も、
- 2017年11月~2023年3月には、TBSラジオ「High School a Go Go!!」パーソナリティを担当
- 2018年には、アジア競技大会で現地キャスターを担当
- 2019年6月~2022年3月には、「news23」スポーツキャスター(月〜金)を担当
- 2022年4月~「S☆1」でメインキャスターに就任
- 2023年には、アジア競技大会でメインキャスターを担当
と、現在も、主に、国際的なスポーツ取材で活動を続けています。
石井大裕は39歳の時にMLBドジャースの取材で水原一平氏の解雇を報じていた
また、石井大裕さんは、2024年には、MLBドジャースの取材で大谷翔平選手に関する中継をしているのですが、

デーブ・ロバーツ監督にインタビューする石井大裕さん。
同年3月、水原一平氏の解雇報道時には、韓国から中継出演し、前日の夜に、水原一平氏とロッカールームであいさつをしたことや、ロッカールームでの大谷翔平選手と水谷一平氏のやり取りを明かしつつ、
朝、私も起きてこのニュースを見た時に衝撃を受けました
と、驚いた様子で語っています。
石井大裕は40歳の時に実業家へ転身
その後、石井大裕さんは、2026年1月6日付でTBSテレビを退職し、「株式会社TOMODE BASE(トモードベース)」を設立して、代表取締役に就任しているのですが、以降も、アナウンサー活動は続けています。
(「TOMODE BASE(トモードベース)」は、自身の名前から「とも」、流行などの意味の「モード」、拠点の「ベース」を込めているそうです)
というのも、TBSホールディングスの社内就業規則で、「社員と法人代表を兼務してはならない」という規定があるとのことで、TBSを退職したのだそうです。
ちなみに、石井大裕さんは、取材に対し、
TBSは本当に居心地が良く、子育ての希望も聞いてくれるなど、このまま続けたい会社でした。ただ覚悟を持って、大きな目標にチャレンジしたい気持ちが強くなりました
と、語っています。
石井大裕の著書
そんな石井大裕さんは、
- 「錦織圭 限界を突破する瞬間」(松岡修造さん、坂井利彰さんとの共著、2015年)
と、著書も出版しています。
「石井大裕の妻の実家が凄い!子供は?父親は?兄は元TBS社員の石井大貴!」に続く
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小学校から大学まで慶応義塾で、幼い頃からテニスの試合で世界中を回っていたことから、実家がセレブでお金持ちだと言われている、石井大裕(いしい ともひろ)さんですが、実家(父親)は何をされているのでしょうか。 また、奥さんも …








