「ザ・スパイダース」のリーダーとして活躍し、グループサウンズの礎を築くと、その後は、その卓越した先見の明と采配で、芸能プロモーターとしても、メディアの動向を左右する程の力を持つまでになり、”芸能界のドン”と称されている、田邊昭知(たなべ しょうち)さん。
今回は、そんな田邊昭知さんが、日本テレビ時代のスキャンダルで一度は表舞台から消えかけた夏目三久さんを復活させ、その後、妊娠報道を全否定し、有吉弘行さんとの結婚までを演出した鮮やかな采配についてご紹介します。

「田邊昭知は無名時代のタモリの才能を見抜きマネージメントを申し出ていた!」からの続き
田邊昭知はスキャンダルで孤立した夏目三久を救い再ブレイクさせていた
夏目三久さんは、2007年に日本テレビに入社すると、早々にお昼の情報番組「おもいッきりイイ!!テレビ」のアシスタントに起用され、2年後の2009年には、後継番組「おもいッきりDON!」の司会に大抜擢されているのですが、
そんな、これからという時、某有名メーカーのコンドームのパッケージを手にし、満面の笑みを浮かべている夏目三久さんのプライベート写真が写真週刊誌「FLASH」に掲載され、「おもいッきりDON!」を降板させられてしまいます。
(その写真の夏目三久さんは、裸だったわけでもベッドに横たわっていたわけでもなかったのですが)
そして、夏目三久さんは、日本テレビ内で居場所がなくなり、その後、日本テレビを退社し、フリーとなるのですが、人気は低迷してしまったのでした。
ただ、その後、夏目三久さんは、田邊昭知さんに救われる形で「田辺エージェンシー」に所属すると、田邊昭知さんのプロデュースにより、2011年には、「マツコ&有吉の怒り新党」への出演をきっかけに再ブレイクし、あれよあれよとレギュラー4本を抱える売れっ子アナウンサーになったのでした。
ちなみに、田邊昭知さんは、自ら、テレ朝とニッポン放送に出向いて、
夏目に、もう一度チャンスをやってください!
と、頭を下げていたといいます。
田邊昭知は夏目三久を守るため有吉弘行との熱愛(妊娠)報道を無きものにしていた?
そんな中、夏目三久さんは、2016年8月、「有吉の子供 夏目三久アナ妊娠」とのタイトルで「日刊スポーツ」(2016年8月24日付)に報じられたのですが、
その日の朝のワイドショーでは、このニュースが完全にスルーされ、その直後、有吉弘行さんと夏目三久さん双方の事務所が「事実無根」として報道を否定。
さらに、夏目三久さん本人も、同年9月1日、「スポーツニッポン」の1面トップのインタビューに応じ、
女性にとってこれ以上ない極めて私的な内容が断定して書かれてあったので、とても驚きましたし、あまりにひどい内容に大変ショックを受けました(中略)記事に書かれているような事実はありません
と、この記事の内容(有吉弘行さんの子供を妊娠)を完全否定すると、
それから約3ヶ月後の同年11月24日には、「日刊スポーツ」が、
再度、取材内容を検証した結果、一連の記事には事実と異なるところがありました。特に妊娠という女性にとって重大な事柄については、ご本人に確認しておらず事実に反していました
と、異例の謝罪記事を掲載しています。
実は、田邊昭知さんが、手塩にかけて育ててきた夏目三久さんに傷をつけた「日刊スポーツ」の報道に激怒し、自身が懇意にしていた「スポーツニッポン」に夏目三久さんを出させて反論させたほか、ワイドショーを含むあらゆるメディアに、
この件には一切触れるな
と、厳命していたそうで、
この報道自体が無きものとされたのだそうです。
(図らずも、田邊昭知さんは、この夏目三久さんの件で時の人となっています)
田邊昭知は夏目三久と有吉弘行の結婚記事を因縁のあった「日刊スポーツ」にも書かせていた
そんな中、様々な週刊誌が、夏目三久さんと有吉弘行さんのスクープをつかもうとしたそうですが、2人のツーショットが報じられることはなく、夏目三久さんと有吉弘行さんの関係も終わったのでは、と業界内では噂されていたのですが・・・
(田邊昭知さんが有吉弘行さんに「もう会いません」と一筆書かせて別れさせた、とも噂されました)
騒動から5年経った2021年4月2日の19時過ぎ、「日刊スポーツ」と「スポーツニッポン」がほぼ同時に、夏目三久さんと有吉弘行さんの結婚が事務所から発表されたと伝えるネット記事を配信。
(ただ、その記事では相手(夏目三久さん)の名前は伏せられていました)
これには、2紙以外のスポーツ紙やテレビ局などの他メディアは大慌てとなったといいます。
つまり、田邊昭知さんは、懇意にしていた「スポーツニッポン」と、かつて因縁のあった「日刊スポーツ」の2紙だけに、夏目三久さんと有吉弘行さんの結婚スクープ記事を書かせたというのです。
ちなみに、某芸能関係者は、
(田邊昭知さんにまつわる噂や憶測は真実ではないことが明らかとなり)むしろ、自身へのそうした憶測記事に反論することもなく、盾となって傷ついた夏目を守ってきた田邊氏の姿が見えてきます。
有吉も、そんな田邊氏だからこそ夏目のことをネタにすることもなく足並みを揃えてきたわけです。しかも田邊氏は今回の結婚のスクープを、スポニチとともに因縁ある日刊スポーツにも書かせるという器の大きな采配を見せ、“さすがだな”と、業界関係者を唸らせていますね
と、語っているほか、
某芸能記者も、
(2016年の夏目三久さんの妊娠報道)以来、日刊(スポーツ)と田辺エージェンシーの間には溝ができていましたが、時が経つにつれ雪解けとなり、今回は田邊社長からも公認を得た形で記事を出していました。
しかし、相手の夏目さんのことは記事で言及せず、田邊社長への配慮が見られたのです
と、語っており、
田邊昭知さんが日刊スポーツにも花を持たせたことで、日刊スポーツも、今回は、田邊昭知さんに配慮し、夏目三久さんの名前を伏せたと言われています。
田邊昭知が夏目三久の結婚を許した理由とは?
ところで、かつては、夏目三久さんと有吉弘行さんの結婚に猛反対していたと噂された田邊昭知さんが、2人の結婚を許した理由ですが、
某TBS関係者によると、
実は、夏目さんは事務所に所属して丸10年という節目で、“お疲れさま”という意味もあった。田辺エージェンシーはこの4月からTBSで始まる第二の『スター誕生!』とも言うべき『私が女優になる日_』の制作に参加しており、田邊社長はこちらの番組にご執心です。
それで夏目さんがMCを務め、長年低視聴率に喘ぐ『あさチャン!』をやっと止められる状況が整ってきた。この帯番組が終われば仕事も一段落するでしょう。だから、結婚を認めるのもやむなし、となったのです
とのこと。
いずれにせよ、厳しいバッシングから夏目三久さんを守り抜き、最後は最も華やかな形で送り出した田邊昭知さんの采配は、まさに”芸能界のドン”と呼ばれるにふさわしいものだったようです。
「田邊昭知の妻・小林麻美との馴れ初めは?17年極秘交際で結婚!子供は?」に続く
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1970年、31歳の時、芸能活動から引退し、その3年後の1973年には、「田辺エージェンシー」を設立して経営に専念すると、「渡辺プロダクション」や「ホリプロダクション」など大手プロダクションがひしめく中、タモリさん、研ナ …






