16歳の時、資生堂のキャンペーンモデル「ゆれる、まなざし」となると、その後、女優に転身して、テレビドラマ、映画、舞台に出演し、人気を博した、真行寺君枝(しんぎょうじ きみえ)さん。
そんな真行寺君枝さんは、6歳の時にバレエを始めると、13歳の時には、通っていたバレエ教室で衣裳デザイナーのワダエミさんにスカウトされてポーラ化粧品のCFに出演し、16歳の時には、写真家の稲越功一さんの撮影で、西武百貨店のモデルも務めていたといいます。
今回は、真行寺君枝さんの生い立ち(幼少期からモデルとして活動を開始するまで)をご紹介します。

真行寺君枝のプロフィール
真行寺君枝さんは、1959年9月24日生まれ、
東京都大田区の出身、
身長156センチ、
血液型はAB型、
学歴は、
大田区立西六郷小学校
⇒?中学校
⇒東京都立大崎高校卒業
趣味は、陶芸、料理、インテリア、書き物、絵画(油絵)、
特技は、洋裁で、自分で着る洋服は全て自分で作っていたそうですが、ミシンを使わずに、手縫いで1着を3日で仕上げていたといいます。
ちなみに、「真行寺君枝」は本名です。
真行寺君枝は幼い頃から芸術に恵まれた環境で育っていた
真行寺君枝さんは、3人きょうだい(兄と姉)の末っ子として誕生すると、幼い頃は、芸術に恵まれた環境で育ったそうで、
物心ついた頃には、印象派の絵画がとても好きになっていたといいます。
真行寺君枝は6歳の時からバレエを習い始めていた
また、1965年、6歳の時には、バレエ教室「鎌田・藤井舞踏研究所」に通い始めると、10代の頃は、バレエが大好きで、バレエに打ち込んでいたそうですが、
通学していた大田区立西六郷小学校が、全国合唱コンクールで優勝するなど、合唱で有名な小学校だったことから、NHKの子供音楽番組「歌はともだち」にも、月1回、レギュラー出演していたそうです。
(ただ、「歌はともだち」に出演していた際、当時人気絶頂だったアイドルグループ「フォーリーブス」のメンバーに、「かわいいね」と言われたそうで、そのことが学校中に広まり、妬まれて問題児扱いされてしまったそうです)
真行寺君枝は中学1年生の時にポーラ化粧品のCFに出演していた
そんな真行寺君枝さんは、中学1年生の時には、ポーラ化粧品のコマーシャルフィルム(CF)で衣装を担当していたワダエミさんが、ダンサーを探して真行寺君枝さんが通うバレエ教室「鎌田・藤井舞踏研究所」を訪れた際、スカウトされたそうで、
ポーラ化粧品のコマーシャルフィルム(CF)に出演し、森の妖精に扮して踊ったそうです。
(「鎌田・藤井舞踏研究所」の藤井友子先生とワダエミさんが知り合いだったそうですが、ワダエミさんは、1985年、黒澤明監督作品「乱」で衣裳を担当すると、アカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞しています)
真行寺君枝は中学1年生の時のポーラ化粧品のCF撮影で仕事に対する責任感を学んでいた
ちなみに、真行寺君枝さんは、このポーラ化粧品のCF撮影のため、成城学園の東宝撮影所に通ったそうですが、
(この頃の撮影は、数日かけてゆったりと撮影することが当たり前だったそうです)
自分の意思で出演したいと思った訳ではなく、周囲に強く推される形で出演が決まっていたそうで、
撮影の仕事は、右も左も分からない初めての経験だったうえ、連日続く慣れない拘束に心身は限界を迎え、ついには体調を崩し、撮影現場へ向かうことさえ嫌になってしまったといいます。
(そんな中、先生たちは、真行寺君枝さんの体調を気遣い、送迎の車を手配するなど、細やかな心配りをしてくれたそうですが、真行寺君枝さんは、それさえも嫌だったといいます)
そんなある日のこと、藤井友子先生と成城学園前駅で待ち合わせた際、真行寺君枝さんは、ついに歩けなくなり、激しい吐き気と倦怠感に襲われ、駅のベンチでうなだれていたそうですが、
藤井友子先生は、しばらくは、その様子を見つめていたそうですが、「このままでは、仕事が進まない」と、思ったのか、動けない真行寺君枝さんを背中に背負ってスタジオまで歩き始めたそうで、
その時、真行寺君枝さんは、藤井友子先生の背中に、仕事に対する責任の重さというものを学んだといいます。
真行寺君枝は高校1年生(16歳)の時に西武百貨店のモデルを務めていた
その後、真行寺君枝さんは、1975年、高校1年生(16歳)の時には、(ポーラ化粧品のCFの際にヘアメイクを担当してくれた)渡邊サブロオさんに、
ちょっと原宿まで来てくれない
と、電話で呼び出され、言われるがままに出向くと、そこは、有名な写真家の稲越功一さんの事務所だったそうで、
渡邊サブロオさんにお化粧を施され、伊藤左智子さんがデザインした衣装を着せられると、モデルとなって、六本木や赤坂で撮影をされたそうで
(真行寺君枝さんは、お化粧を施された際、鏡に映ったまるで別人のような自分の顔に衝撃を受けたそうです)
それが、西武百貨店の電車の中吊り広告になったといいます。
そして、真行寺君枝さんは、その後も、いくつかモデルを務めたそうですが、気がつくと、渡邊サブロオさんの事務所に所属することになったのだそうです。
「【画像】真行寺君枝の若い頃から現在までの出演ドラマ映画は?写真集や著書も!」に続く
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1976年、高校2年生の時、資生堂のキャンペーンモデルに抜擢され、一躍脚光を浴びると、高校卒業後は女優に転身し、テレビドラマ「沿線地図」や映画「風の歌を聴け」などで独特の輝きを放ち、人気を博した、真行寺君枝(しんぎょうじ …







