1971年9月、「PYG」をわずか半年ほどで脱退した、大口広司(おおぐち ひろし)さんですが、翌1972年には、アラン・メリルさんと「ウォッカ・コリンズ」を結成しています。
今回は、大口広司さんの「ウォッカ・コリンズ」時代をご紹介します。

「【画像】大口広司がテンプターズ解散後PYG結成も半年で脱退した理由は?」からの続き
大口広司は22歳頃に「ウォッカ・コリンズ」を結成し「東京-ニューヨーク」をリリースしていた
大口広司さんは、「PYG」脱退後の1972年、内田裕也さんのライブツアーに参加した際、アラン・メリルさん(ボーカル兼ギター)と意気投合し、同年、「ウォッカ・コリンズ」を結成したそうで、
その後、横内タケさん(ベース)が加入すると、1973年には、アルバム「東京-ニューヨーク(英語版)」をリリースしています。
大口広司は3年足らずで「ウォッカ・コリンズ」を解散していた
そんな「ウォッカ・コリンズ」は、かまやつひろしさんのバックバンドを務めたり、「ジャクソン5」来日時には、前座を務めるかたわら、単独公演ではないものの、日本武道館や帝国劇場のステージでも演奏するなど精力的に活動していたそうで、
当時、流行していたグラム・ロックの影響を受け、売れるための音楽ではない楽曲を制作して、時代の先端を行くバンドとして、一部の音楽ファンの関心を集めていたのですが・・・
本格的なロックサウンドはまだまだ一般には受け入れられず、すぐに金銭的に行き詰まったそうで、アルバム「東京-ニューヨーク」の完成を待たず、アラン・メリルさんが脱退すると、
(アラン・メリルさんは、その後、ニューヨーク時代の旧友に誘われて渡英し、「アロウズ」というバンドを結成したそうです)
その後、新たに、石井治郎さんがベースに加わり、横内タケさんがギターを務めるも、1974年頃には解散となってしまったのだそうです。
(大口広司さんも脱退したという話がありますが、詳細は不明です)
大口広司は45歳頃には「ウォッカ・コリンズ」を再結成していた
ただ、アラン・メリルさんが1996年に再来日すると、大口広司さんは、かまやつひろしさん、ルイズルイス加部(加部正義)さんを迎えて、「ウォッカ・コリンズ」を再結成しており、
その後、
- 1996年「Chemical Reaction」
- 1996年「Pink Soup」
- 1998年「Boy’s Life」
と、精力的にアルバムをリリースすると、
以降、アルバムのリリースはなかったものの、他界される2009年まで、「ウォッカ・コリンズ」の活動を続けています。
(2004年には、ベストアルバム「Boys In The Band」がリリースされています)

「Boys In The Band」
大口広司はバンド「プラスチックス」に参加するほか萩原健一らのバックバンドも務めていた
また、大口広司さんは、そのほかにも、テクノポップ・バンド「プラスチックス」にドラマーとして参加したり、「ザ・テンプターズ」「PYG」時代の盟友・萩原健一さんのバックバンドを務めるほか、
数多くのアーティストのバックバンドとして、レコーディングやライブステージにも参加したといいます。
「大口広司の若い頃はドラマ映画出演やデザインほか大麻で逮捕も!死因は?」に続く
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16歳で「ザ・テンプターズ」のドラマーに抜擢されて以降、「PYG」「ウォッカ・コリンズ」など、時代の最先端を行くロックバンドで活躍した、大口広司(おおぐち ひろし)さんですが、 そのほかにも、俳優としてテレビドラマや映画 …










