1989年、50歳の時から総合司会を務める「噂の!東京マガジン」は、なんと、放送開始から40年近く経過している2026年現在も放送されているという、森本毅郎(もりもと たけろう)さんですが、

実は、「噂の!東京マガジン」は、自身の不倫スキャンダルを報じられ、「JNNニュース22プライムタイム」のキャスターを謹慎降板後に来たオファーだったといいます。

今回は、森本毅郎さんが「噂の!東京マガジン」の総合司会に起用された経緯、地上波からBSに移行した理由などについて、森本毅郎さん本人のコメントを交えながらご紹介します。

森本毅郎

「森本毅郎が若い頃はNHKアナウンサー!ニュースワイド担当も絶縁状態だった!」からの続き

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森本毅郎は44歳の時にTBSと専属契約を結び「森本毅郎さわやかワイド(後にモーニングEye)」の総合司会を担当していた

1984年2月、44歳の時に、NHKを退職した森本毅郎さんは、同年、個人事務所「森本毅郎事務所」を設立し、フリーアナウンサーとして活動を始めているのですが、

早くも、同年5月には、TBSと専属契約を結ぶと、同年5月7日には、朝のワイドショー番組「森本毅郎さわやかワイド」(同年11月5日から「森本ワイドモーニングEye」⇒「モーニングEye」)の総合司会を担当しています。

というのも、森本毅郎さんは、

おもしろいもので、僕がNHKと確執があるという情報をどこで仕入れたのかわかりませんが、TBSの人が来て「あんたNHKの中で揉めているんでしょう?うち来ませんか」って言うわけですよ。

それじゃあ、お世話になりましょうかという話になった。

と、語っており、

NHKに在籍していた時には、TBSからオファーがあったようです。

森本毅郎は48歳~58歳まで「JNNニュース22プライムタイム」「そこが知りたい」を担当していた

そんな森本毅郎さんは、ほかにも、

  • 1987~1988年には、「JNNニュース22プライムタイム」のメインキャスター
  • 1987~1997年には、「そこが知りたい」の司会

など、TBS系列の番組でキャスターや司会を務めています。

森本毅郎が50歳の時に「噂の!東京マガジン」の総合司会に起用されたのは自身の不倫スキャンダルがきっかけだった

そして、1989年10月には、情報番組「噂の!東京マガジン」の総合司会に起用されているのですが、

実は、森本毅郎さんは、写真週刊誌「フライデー」に不倫疑惑を報じられ、「JNNニュース22プライムタイム」のキャスターを謹慎降板していた中、

TBSの役員から、

日曜の朝10時を森本さんにあげますよ。好きなことをやって楽しんで下さい

と、言われての起用だったといいます。

というのも、当時、「日曜の朝10時」は再放送番組の枠で、期待もされず話題にもならない時間帯だったそうで、

この時も「TVジャンクション」という、江本孟紀さんや加賀まりこさんがレギュラーを務める番組が放送されていたそうですが、やはり、うまくいかず、森本毅郎さんを総合司会に「噂の!東京マガジン」という番組を始めることになったのだそうです。

(当初、「東京スキャンダル」というタイトル案も出たそうですが、森本毅郎さんのスキャンダルから生じた番組だったため、しゃれにならず、採用されなかったそうです(笑))

森本毅郎が50歳の時に「噂の!東京マガジン」を担当した当初は遊び心のある企画が多かった

こうしてスタートした「噂の!東京マガジン」は、タイトルに「噂の」とあるように、当初は、遊び心のある番組だったそうで、

鉄道の駅を延々と訪ねて歩くような地味な企画や、新興宗教を追いかけ回すような危ない企画など、いろいろな企画を取り入れていたといいます。

また、現在も続く、若い世代が様々な料理に挑戦する「やって!TRY」は、「若い子に街中で料理をやらしてみよう」ということで、始めたものだったそうで、

初めは月に1回くらいの割合だったのが、人気となったことから、レギュラー化したのだそうです。

森本毅郎の「噂の!東京マガジン」は徐々に「噂の現場」がメインになっていった

そんな「噂の!東京マガジン」は、その後、徐々に、テレビ版の週刊誌をコンセプトにした、「噂の現場」という企画がメインになっていったそうで、

この「噂の現場」では、都市の再開発問題、道路問題、ゴミ問題、税金の無駄遣い、墓地霊園の開発問題、地上げなど、住民が困っている現場へ飛び込み、行政や企業のトラブルを追求しているのですが、

森本毅郎さんは、

当時はリポーターが役所に行って「噂の!東京マガジンです」って取材を申し込むと、身構えられたものです。今で言えば「文春ですが」って名乗るようなもんですよ(笑)。

と、語っています。

「噂の!東京マガジン」
小島奈津子さんと森本毅郎さん。

森本毅郎は「噂の!東京マガジン」で多くのクレームを受けていた

ただ、鋭く事件に切り込んで行く中で、森本毅郎さんや番組にはクレームもたくさん来たそうで、

対立する側からは、

お前はあっちに肩入れしているんじゃないか?

と、怒鳴り込まれるほか、森本毅郎さんの事務所に電話がかかってくることもあったそうです。

また、時代の変化とともに、社会の目が段々と厳しくなり、テレビ局も神経質になっていったそうで、

あんまり揉めんなよ

というプレッシャーもかけられるようになったといいます。

森本毅郎が81歳の時に「噂の!東京マガジン」は地上波からBSに移行していた

そんな「噂の!東京マガジン」は、日曜日の午後1時という間帯にもかかわらず、視聴率10%超を維持する人気番組となっていったのですが、

2021年3月28日には、31年に及ぶ地上波での放送を終了しています。

というのも、「噂の!東京マガジン」は、メインの視聴者が60代以上の高齢者だったそうで、

広告業界が求めるターゲットは「13〜49歳(コア層)」だったことから、いくら高視聴率でも「価値が低い」とみなされるようになったのだそうです。

そして、「若者へシフトする」という局の方針により、森本毅郎さんいわく「僕らのような高齢者ばかりの番組はリストラ」の対象になったのだそうです。

ただ、番組を終わらせるのではなく、BSへ移ることで、番組のアイデンティティを保つという選択がなされたそうで、「噂の!東京マガジン」は、4月から、BS-TBSで続くこととなったのだそうです。

ちなみに、BS-TBSでも引き続き総合司会を担当することになった森本毅郎さんは、

これまでも随分、自分の番組が打ち切られたし、自分から降りた番組もある。いろいろ番組の節目を経験してきましたから、いつも「必ず番組には終わりがくる」って意識していますからね。

「噂の!東京マガジン」は30年以上も続いていたわけですから、「いつ終わっても仕方がないな」とは思っていました。ですから、局から「一旦お引き取り願いたい」って言われた時も、私は「あ、そうですか」とさっぱりしていたんですよ。

一応やるべきことはやって来たな、という達成感もあった。因果応報というか、僕らも番組で随分と他人様の都市の再開発問題を取り上げましたけど、今度は自分たちの日曜午後1時の枠が再開発で地上げにあったわけです(笑)。

言ってみれば、僕らのような高齢者ばかりの番組はリストラですね。若者へシフトしていくというテレビ業界の価値観には抗し切れない。とはいえ、BSで番組が生き残ったのはとても恵まれたことでした。

と、語っています。

また、森本毅郎さんは、BSでも「噂の!東京マガジン」の総合司会を継続した理由について、

番組は終わってしまってもおかしくなかったんです。だけど地上波で「ひと区切り」って話になった後で、BSのほうから「来ないか」っていう話がきた。そこから話が展開したんです。

正直なところ、自分の意識の中では「終わりだ!」と一旦収めましたよ。だから「BSに引っ越し」となると、エネルギーを入れ直さなくてはならない。結構考えましたね、歳も歳だし。今回をもって、テレビの世界からは身を引くのも悪くないかなと。

ケリをつけるといっても悲壮感はないし、「そういう時期だな」という納得もあったんですが、ほかの出演者に聞いたら「BSに行こうよ」って言うし、「あんたが来なきゃ話にならないだろう」って話になった。

「じゃあ、もう一回立ち上げるか」と、自分の気持ちを整理し直す作業があったんです。

と、語っています。

(レギュラー陣には、井崎脩五郎さん、清水国明さん、山口良一さん、笑福亭笑瓶さん、風見しんごさん、深沢邦之さん、アシスタントには元フジテレビアナウンサー小島奈津子さんがいたそうですが、みな、BSに移行したそうです)

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「噂の!東京マガジン」の歩み

それでは、最後に、「噂の!東京マガジン」の歩みについてご紹介しましょう。

  • 1989年10月: 日曜昼の新しいニュースショーとして誕生
  • 1990年代〜2010年代: 「やって!TRY」や「噂の現場」が国民的人気コーナーとなり、日曜昼の定番に定着
  • 2021年3月: 地上波TBSでの放送を終了(31年半の歴史に一度幕)
  • 2021年4月: BS-TBSへ移行。「引っ越し」という形で、番組内容やメンバーをほぼ変えずに、2026年現在も放送継続中

と、なっています。

「森本毅郎のラジオ「スタンバイ!」は35年以上も放送中!放送事故も?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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