「ビリー・バンバン」として、兄・菅原孝さんとの透明感あふれるハーモニーが長年愛され続けているほか、現在は、ソロ活動やYouTubeでのカバーで、幅広い世代に親しまれている、菅原進(すがわら すすむ)さん。
そんな菅原進さんは、プライベートでは、結婚を2回、離婚を1回しています。
今回は、菅原進さんの、前妻(最初の妻)との離婚理由、再婚相手(現在の妻)との馴れ初めや夫婦仲、子供や孫について、ご紹介します。

「菅原進の病気は?大腸ガンで手術!現在は大腿骨骨折と脳梗塞?復帰は?」からの続き
菅原進の前妻(最初の妻)との離婚理由は?
菅原進さんは、若い頃に結婚するも、1976年頃に離婚したようですが、いつ頃、どのように知り合い、結婚に至ったかは不明です。
ただ、離婚については、「ビリー・バンバン」の解散後、菅原進さんが、音楽にこだわって仕事がなくなるも、友達とお酒ばかり飲んで毎日を過ごし、
また、音楽の勉強をしようと渡米を考えるも、結局は実行せずじまいという、(菅原進さんいわく)だらしない日々を送っていたことが、原因だったそうで、
菅原進さんは、
ある日、妻に決定的なことを言われて。「もう音楽はやめてほかの仕事をしたら」と。音楽しかない僕には酷(こく)な言葉です。今なら幼子を抱えて不安だった妻の気持ちもわかりますが、結局、それがきっかけで離婚しました。
僕は休息を欲していました。でも妻にはそれが理解できなかった。今なら妻の気持ちがわかります。急に夫が無職になり、一日中家で酒を飲んでるんですから。そりゃ不安です。
でも妻に“暇ならお店でもやればいい”と強く責められ、自分を見失いました。結局、離婚することになってしまいました。
と、語っています。
ちなみに、菅原進さんの前妻について、元モデルで菅原進さんよりも1歳年上だったという話があるようですが、菅原進さんが具体的に明言した公的なインタビューなどは見当たらず、真偽は不明です。
菅原進の再婚相手(現在の妻)との馴れ初めは?
その後、菅原進さんは、共通の知人を介して知り合ったという、25歳年下のジャズ・ポップスピアニストの中村知子さんと、10年の交際を経て、2009年、62歳の時に、再婚しているそうです。
ちなみに、知子さんは、和歌山県御坊市の出身で、日高高校を卒業後、関西外国語大学短期大学に入学し、同大学を卒業後は、大阪のレストランなどでピアノを演奏していたそうですが、
25歳の時に上京し、1999年、「サンミュージックタレントオーディション」で自作曲を歌い入賞したことがあるといいます。
菅原進の再婚相手(現在の妻)との夫婦仲は?
そんな菅原進さんと知子さんの結婚後の夫婦仲ですが、
菅原進さんは、知子さんと作曲した「ココロありがとう」が2022年に公開されたアニメ映画「映画 ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021」の挿入歌に起用されており、
菅原進さんは、
うちの奥さんにピアノを弾いてもらって、いろいろ怒られながら勉強させてもらいました。彼女の方が“お姉さん”だから、全部言いなりです。まあ、この年になって叱ってもらえるのもありがたいね
と、語っていることから、夫婦仲は良好のようです。
また、菅原進さんは、2014年に大腸ガンで手術を受けた後、医師から抗ガン剤治療を勧められた際、
(抗ガン剤治療をすると)副作用で歌えなくなるかもしれない恐れがあったことに加え、妻・知子さんも抗ガン剤治療に反対だったことから、抗ガン剤治療を拒否していたそうで、
菅原進さんにとって、知子さんが、いかに心強いパートナーであるかが分かります。
菅原進の子供は?
菅原進さんは、前妻(最初の妻)との間に男の子が2人誕生しており、長男は進太郎さんというそうですが、2人共、一般人のため、詳細は不明です。
ただ、菅原進さんは、2022年5月9日には、インスタグラムに、
67歳の誕生日プレゼントに長男家族からもらったプレゼント
嬉しすぎて、飾っていましたが
7年越しに着てみました
元気でいるぜ!
と、2014年、67歳の誕生日の時に、長男の進太郎さんの家族からプレゼントされたというTシャツを着た写真を投稿しており、親子の関係が良好であることが分かります。
(現在の妻・知子さんとの間に子供はいません)

菅原進の孫は6人
また、菅原進さんは、2022年3月23日、「徹子の部屋」に出演した際には、孫が6人いることを明かしているのですが、
孫のかわいい写真や映像が番組で流れると、
まだまだ頑張らないと!
と、張り切っており、
お孫さんの存在も元気の源になっているようです。
さて、いかがでしたでしょうか。
菅原進さんの、
- 菅原進の生い立ちは?高校で浜口庫之助の門下生!大学でビリーバンバン結成!
- 菅原進のプロフィール
- 菅原進の幼い頃はいつも家に音楽が流れる環境で育っていた
- 菅原進は中学生の時にアメリカンポップスに夢中になっていた
- 菅原進は高校生の時に兄の菅原孝と共に作曲家の浜口庫之助の門下生となり歌と作曲を学んでいた
- 菅原進は大学生の時に「白いブランコ」を作曲していた
- 「ビリー・バンバン」は、菅原進・菅原孝・せんだみつおの3人編成の時期があった
- 菅原進は20歳の時に兄・菅原孝との兄弟デュオとして「ビリー・バンバン」を再編成していた
- 【画像】菅原進(ビリーバンバン)の若い頃から現在までのシングルほか経歴は?
- 菅原進は21歳の時に「ビリー・バンバン」としてデビュー曲「白いブランコ」が20万枚を売り上げる大ヒット
- 菅原進は夜行列車移動でほぼ365日休みなくステージに立ち続けていた
- 菅原進は21歳~23歳の時に「恋の花うらない」「ミドリーヌ」「悲しみの中に」「白い風とすずらん」「ふたり」「ドアを開けたら」「ヴァンタンの子守唄」「みにくいあひるの子」をリリース
- 菅原進は24歳の時、「ビリー・バンバン」として「さよならをするために」が80万枚を売り上げる大ヒット
- 菅原進は当初「さよならをするために」を歌うことを拒否していた
- 菅原進は24歳~28歳の時に「れんげ草」「子供たちをよろしく」「愛すべき僕たち」「目覚めた時には晴れていた」「思い出を作ろう」 「やさしい雨」「風のように砂のように」「青春の道程」をリリース
- 菅原進が29歳の時に「ビリー・バンバン」を解散した理由とは?
- 菅原進は37歳の時に兄・菅原孝から「ビリー・バンバン」再結成を誘われるも断っていた
- 菅原進は37歳の時に兄・菅原孝主導で「ビリー・バンバン」を再結成していた
- 菅原進は40歳の時に「ビリー・バンバン」として麦焼酎「いいちこ」のCM曲で人気を博していた
- 菅原進は66歳の時に大腸ガンを患い手術していた
- 菅原進は67歳の時に兄・菅原孝と「集え!富士山麓 歌え!青春フォーク」の公開収録に参加していた
- 菅原進は74歳の時に「うっせぇわ」を歌唱した動画をYouTubeにアップしていた
- 菅原進の現在は?
- 菅原進(ビリー・バンバン)のシングル一覧
- 菅原進の病気は?大腸ガンで手術!現在は大腿骨骨折と脳梗塞?復帰は?
- 菅原進は66歳の時に大腸ガンが判明していた
- 菅原進は入院当日の午前中にレコーディングをしていた
- 菅原進は66歳の時に大腸ガンで手術をしていた
- 菅原進は副作用で歌えなくなるリスクを考え、抗ガン剤治療を拒否していた
- 菅原進は大腸ガンの手術後は転移もなく無事に回復していた
- 菅原進は78歳の時に転倒し左足大腿骨頸部を骨折した際に軽度の脳梗塞も判明していた
- 菅原進の前妻との離婚理由は?再婚相手(現在の妻)との馴れ初めは?子供は?
- 菅原進の前妻(最初の妻)との離婚理由は?
- 菅原進の再婚相手(現在の妻)との馴れ初めは?
- 菅原進の再婚相手(現在の妻)との夫婦仲は?
- 菅原進の子供は?
- 菅原進の孫は6人
について、ご紹介しました。
1969年に「ビリー・バンバン」としてデビュー以来、半世紀以上にわたり「白いブランコ」「さよならをするために」などの名曲で日本の音楽シーンを彩る一方で、
大腸ガンを乗り越え、近年はアニメソングのカバーで若い世代にも新たなファンを広げるなど、常に音楽への情熱を燃やし続けてきた菅原進さん。
そんな菅原進さんには、一日も早く回復し、これからも、美しい歌声とメロディーを聞かせてほしいものです。
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兄弟デュオ「ビリー・バンバン」として「白いブランコ」「さよならをするために」などの大ヒット曲で一世を風靡すると、1987年以降、30年以上に渡り、「いいちこ」のCM曲を担当し、透明感のある歌声で多くの名曲を生み出すほか、 …







