1965年、24歳の時、「田邊昭知とザ・スパイダース」として、1stシングル「フリフリ」でデビューすると、7thシングル「夕陽が泣いている」が120万枚を超える大ヒットを記録した、井上堯之(いのうえ たかゆき)さん。
そんな井上堯之さんは、中学生の時、進駐軍のラジオ放送から流れるアメリカン・ポップスを聴いて衝撃を受け、高校2年生の時、友人からギターを譲り受けたことがきっかけで、アマチュアバンドを結成すると、
高校卒業後は住み込みで板前の修業をしつつも、音楽活動を続け、20歳の時には、一念発起し、プロのミュージシャンを目指して、上京していたといいます。
今回は、井上堯之さんの幼少期(生い立ち)から「スリー・ジェット」時代をご紹介します。

井上堯之のプロフィール
井上堯之さんは、1941年3月15日生まれ、
兵庫県神戸市出身、
学歴は、
兵庫県立星陵高等学校卒業、
趣味は、自転車、
ちなみに、「井上堯之」は本名で、「スリー・ジェット」時代は「井上高之」、「ザ・スパイダース」時代は「井上孝之」名義で活動していたそうです。
また、愛称は、「イノヤン」です。
井上堯之は2歳の時に父親が戦死し4歳から母親の再婚相手の実家で育てられていた
井上堯之さんは、2歳の時にお父さんがニューギニアで戦死したそうで、
終戦を迎えた4歳の時には、お母さんの再婚相手の実家に身を寄せ、そこで少年時代を過ごしたそうです。
井上堯之は中学生の時にラジオから流れるアメリカン・ポップを聴いて衝撃を受けていた
そんな井上堯之さんは、中学生の時、進駐軍のラジオ放送から流れるアメリカのヒットチャートで、リッキー・ネルソンやエルヴィス・プレスリーといったポップスを聴いて強い衝撃を受けたそうです。
井上堯之は高校2年生(16歳)の時にアマチュアバンドを結成すると赤木圭一郎の映画舞台挨拶で前座を務めていた
そして、高校2年生(16歳)の時、友人からギターを譲り受けたことがきっかけとなり、アマチュアバンドを結成すると、
神戸国際会館で開催された、若手スター・赤木圭一郎さんの映画舞台挨拶で前座を務めたそうで、これがステージデビューとなったそうです。
井上堯之は高校卒業後は板前の修行をしていた
そんな井上堯之さんは、高校卒業後は、神戸市垂水区の滝の茶屋駅前にあった「すしひろ」で、板前として住み込みで修業をしつつ、夜は、風俗系サロンのハウスバンドのメンバーとして演奏活動を続けていたそうで、
やがて、ロカビリーバンドを転々としながら、ジャズ喫茶にも出演するようになったそうです。
井上堯之は20歳の時に田邊昭知のオーディションを受けて合格していた
そして、1961年4月5日(井上堯之さん20歳)には一念発起し、プロのミュージシャンを目指して、地元・神戸から上京すると、
何のあてもなかったそうですが、上京当日、たまたま訪れた池袋のジャズ喫茶「キサス」で、神戸にいた頃、一緒にバンドをしていたという伊藤源雄さんと、偶然、再会し、
この頃、伊藤源雄さんは、結成して間もない「田邊昭知とザ・スパイダース」でギターを担当していたことから、伊藤源雄さんを通して、田邊昭知さんに楽屋に呼ばれたそうで、
夜のステージに同行させられ、ジャズ喫茶のメッカ「テネシー」で歌を歌ってみるように言われたのだそうです。
(井上堯之さんは、伊藤源雄さんとのバンドではボーカルをしていたそうです)
すると、後日、田邊昭知さんに、近くの喫茶店に呼ばれ、合格が伝えられたそうで、井上堯之さんは、田邊昭知さんに雇われることになったのだそうです。
(田邊昭知さんは、1960年秋の終わり頃、堀威夫さんと守屋浩さんの3人で「堀プロダクション(現・ホリプロ)」を設立すると、翌1961年には、「田邊昭知とザ・スパイダース」を結成しているのですが、まだメンバーが決まっておらず、メンバー探しをしていました)
ちなみに、井上堯之さんは、この時、田邊昭知さんに、
俺がお前を雇うよ。いいか、ホリプロが雇うんじゃなくて、俺がお前を雇うんだからな
と、釘を刺されたといいます。
井上堯之は20歳の時にボーカルユニット「スリー・ジェット」としてアイドル活動をしていた
そんな井上堯之さんは、まず、ボーカルユニット「スリー・ジェット」の一人としてデビューすることになったそうで、ジャズダンスのレッスンを受け、アイドル的な活動をしていたそうですが・・・
(田邊昭知さんは、当時、大ヒットしていた映画「ウエスト・サイド・ストーリー」に登場する「ジェット団」のように歌って踊れる男性アイドルグループとして売り出そうと、「堀プロダクション」に所属していた、「田邊昭知とザ・スパイダース」「キャノンボール」「モアナエコーズ」からそれぞれボーカルを集めて、「スリー・ジェット」というユニットを企画していたそうです)
最終的には、レコードデビューもできぬまま、自然消滅してしまったそうです。

「スリー・ジェット」。(左から)小林隆美さん、箱田常雄さん、井上堯之さん。

「スリー・ジェット」。(左から)小林隆美さん、箱田常雄さん、井上堯之さん。
(このダンスレッスンを一緒に受けた中には、新人時代の舟木一夫さんもいたそうです)
「【画像】井上堯之の若い頃は?スパイダースではボーカルからギターに転向!」に続く
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ボーカルユニット「スリー・ジェット」が自然消滅し、「田邊昭知とザ・スパイダース」に加入した、井上堯之(いのうえ たかゆき)さんは、当初はボーカルだったそうですが、ギターの伊藤源雄さんが脱退したことで、一からギターを猛練習し、ギターに転向していたといいます。 そんな井上堯之さんは、大ヒットした7枚目のシングル「夕陽が泣いている」のイントロのギターもアレンジしているのですが、 今回は、井上堯之さんの若い頃(「ザ・スパイダース」時代)の経歴を、代表曲を交えながら時系列でご紹介します。





