「おれは男だ!」「青春をつっ走れ」「あしたに駈けろ!」「おこれ!男だ」などのテレビドラマに次々と主演し、青春スターとして大ブレイクすると、1974年には、社会派の映画「砂の器」でシリアスな役を演じ、見事、イメージチェンジに成功した、森田健作(もりた けんさく)さん。

そんな森田健作さんは、その後、政界にも進出しているのですが、今回は、森田健作さんの、若い頃(芸能界入り以降)から現在までの経歴を、代表作やヒット曲なども交えて、時系列でご紹介します。

また、最後には出演作品一覧(テレビドラマ、映画)もご紹介します。

森田健作

「森田健作の生い立ちは?幼少期は?刑事の父親を尊敬し警察官志望だった!」からの続き

Sponsored Link

森田健作は高校卒業後は東京外国語大学の受験に失敗し浪人生活を送っていた

幼い頃は、刑事だったお父さんの影響で、警察官志望だったという森田健作さんですが、いつの頃からか、外交官を目指すようになったそうで、

東京外国語大学を受験したそうですが、不合格となってしまい、高校卒業後は、浪人生活を送っていたそうです。

森田健作は浪人時代、日劇のダンサーだった姉の楽屋に遊びに行った時に福田時雄にスカウトされていた

そんなある日のこと、「日劇ダンシングチーム」でダンサーをしていたお姉さんの楽屋に遊びに行くと、

芸能事務所を相澤秀禎さんと設立したばかりの福田時雄さん(後の名誉顧問)にスカウトされたといいます。

(この事務所は、この時はまだ名前がなかったそうですが、後に「サンミュージック」という名前になっています)

森田健作は姉の所属する「日劇ダンシングチーム」でルックスが噂になっていた

というのも、この時、福田時雄さんは、事務所には所属タレントがいない状態で、

相澤秀禎さんから、

福ちゃん探してきなよ、俺が見てあげるから

と言われ、新人探しに奔走するも、

相澤秀禎さんの基準は非常に厳しく、連れて行く候補者はことごとく却下されていたそうですが、

ある時、知り合いの日劇のダンサーに、

かわいい男の子知らない?

と、聞くと、

いるいる!

と、すぐ返事があり、

話によると、あるダンサーの弟のルックスが抜群で、その彼が楽屋に遊びに来ると、寝転んでいたダンサーが、皆飛び起きたとのことで、

早速、福田時雄さんが、ワクワクしながら日劇までその男の子に会いに行くと、その男の子(森田健作さん)は、白いシャツの袖をまくって下駄を履き、とてもかっこよかったそうで、噂は本当だったのだと思ったのだそうです。

森田健作
デビュー前の森田健作さん。

森田健作は「サンミュージック」のタレント第1号だった

さておき、こうして、福田時雄さんに連れられ、事務所まで行った森田健作さんは、

相澤秀禎さんにも、

オウ!ユー、OK?オゥオゥいいじゃん、頑張れよ!

と、言われたそうですが、

森田健作さんは、もともと芸能界には興味がなく、外交官を目指していたことから、芸能界入りを迷い、また、両親にも反対されたそうです。

しかし、相澤秀禎さんに何度も食事に誘われ、何度も口説かれるうち、

(当時としては珍しいジャーマンベーカリーのハンバーグなどにも食べに連れて行ってもらったそうです)

ついに、芸能界入りを承諾し、相澤秀禎さんと福田時雄さんが設立した新事務所のタレント第1号となったのだそうです。

ちなみに、この時点で、この新事務所にはまだ名前がなかったそうですが、森田健作さんの笑顔が「太陽みたい」と評した相澤秀禎さんが、「サンミュージック」と名付けたのだそうです。

森田健作は20歳の時に「夕月」のヒロイン(黛ジュン)の相手役で映画デビュー

こうして、森田健作さんは、当初は、神田の予備校に通いながら、週に2回、歌のレッスンに通うようになったそうですが、

ちょうどその頃、歌手の黛ジュンさんの大ヒット曲「夕月」の映画化が決まり、黛ジュンさんの相手役が一般公募されていたことから、相澤秀禎さんにオーディションを受けるように勧められ、受けると、

見事、6300人超の中から、ヒロイン(黛ジュンさん)の恋人役に大抜擢されたそうで、その「夕月」での役名「森田健作」をそのまま自身の芸名とし、1969年、「夕月」で映画デビューを果たしたのでした。

「夕月」
「夕月」より。森田健作さんと黛ジュンさん。

森田健作は20歳の時に初主演映画「夕陽の恋人」の同名主題歌で歌手デビュー

そんな森田健作さんは、同年、

  • 「恋の季節」
    「恋の季節」
    「恋の季節」より。森田健作さんと奈美悦子さん。
  • 「喜劇シリーズ『婚前旅行』」
  • 「喜劇シリーズ『逆転旅行』」
  • 「喜劇シリーズ『よさこい旅行』」

と、立て続けに映画に出演し、

「夕陽の恋人」で初主演を務めると、同名の主題歌で歌手デビューも果たしたのでした。

「夕陽の恋人」
「夕陽の恋人」

「夕陽の恋人」
「夕陽の恋人」より。尾崎奈々さんと森田健作さん。

森田健作は21歳の時にテレビドラマ「おれは男だ!」で主演デビュー

また、森田健作さんは、1971年、21歳の時には、初のテレビドラマ「おれは男だ!」で、主人公の小林弘二役に抜擢されると、

この物語は、女子が主導権を握る高校で、女子と対立しながらも、やがてお互い理解を深めていくという青春もので、森田健作さんは、「ウーマンリブ」打倒のために、男子生徒を集めて剣道部を結成する硬派な青年役だったのですが、

ドラマのヒットとともに、森田健作さんもブレイクしています。

「おれは男だ!」
「おれは男だ!」より。森田健作さんと小川ひろみさん。

ちなみに、「おれは男だ!」のヒロインで森田健作さんと対立する吉川操役を演じた早瀬久美さんは、本当の森田健作さんも、役さながらとても素朴で、女の子には興味がないように見えたと語っています。

「おれは男だ!」
「おれは男だ!」より。森田健作さんと早瀬久美さん。

森田健作は21歳の時に6枚目のシングル「さらば涙と言おう」が大ヒット

さらに、森田健作さんは、同年(1971年)2月25日にリリースした、「おれは男だ!」の主題歌で、6枚目のシングル「さらば涙と言おう」も大ヒットを記録しています。

「さらば涙と言おう」
「さらば涙と言おう」

ちなみに、森田健作さんは、この「さらば涙と言おう」は、今でも繰り返し歌うほどのお気に入りだといいます。

森田健作は20代の時「青春をつっ走れ」「あしたに駈けろ!」「おこれ!男だ」に主演し「青春ドラマ」で人気を博していた

その後も、森田健作さんは、

  • 1972年「青春をつっ走れ」
    「青春をつっ走れ」
    「青春をつっ走れ」より。紀比呂子さんと森田健作さん。
  • 1972年「あしたに駈けろ!」
  • 1973年「おこれ!男だ」

など、青春ドラマに立て続けに出演し、その人気を確固たるものにしたのでした。

森田健作は25歳の時に「砂の器」の出演オファーを受けるも当初は消極的だった

そんな中、森田健作さんは、映画「砂の器」の共同制作・脚本を手がける橋本忍さんから強い出演オファーを受けたそうですが、

(森田健作さんは、橋本忍さんからはいつも「元気ボーイ」と呼ばれていたそうです)

社会派作品の経験がなかったこと、また大作ゆえに「撮影に2〜3年はかかる」と周囲に言われたことから、当初は出演に消極的だったといいます。

ただ、台本を読むと、役柄は「蒲田署の若手刑事役」だったそうで、森田健作さんのお父さんは警視庁の刑事で、しかも退官前の最後の勤務地が蒲田署だったことから、

森田健作さんは、

これは自分がやらなければならない

と、強い使命感が芽生え、出演を決意したそうです。

森田健作は「砂の器」の撮影時に数々の忘れられない経験をしていた

こうして、森田健作さんは、映画「砂の器」に出演することになったのですが、撮影が始まると、ベテラン俳優や野村芳太郎監督との間で、数々の忘れられない経験をしたといいます。

中でも、蒲田署の若手刑事を演じていた森田健作さんは、主演の丹波哲郎さん演じる警視庁刑事とバディを組み、ビールを飲みながら捜査報告をする重要なシーンがあったそうですが、2人ともお酒が全く飲めず、

それでも、リアリティを求める野村芳太郎監督が本物のビールを飲むよう要求したことから、丹波哲郎さんが飲むと言い、森田健作さんも飲まざるを得なくなったそうですが、何度もリハーサルを繰り返すうちに、2人とも本当に酔っ払ってしまったといいます。

「砂の器」
「砂の器」より。丹波哲郎さん(左)と森田健作さん(右)。

また、犯人の証拠(切り刻まれた衣服)を捜索するシーンの撮影では、森田健作さんは、山梨県塩山に入ったそうですが、早朝から撮影の準備をするものの、1日目も2日目もリハーサルだけで本番の撮影がなかったことから、

森田健作さんが苛(いら)立ち、

私の芝居のどこがいけないんでしょうか

と、聞きに行ったそうですが、

野村芳太郎監督は、

山の向こうの雲の形が気にくわないんだ

と、言うだけだったそうで、

ようやく3日目に撮影が行われたそうですが、森田健作さん自身はイライラが募り、納得のいかないまま撮影を終えていたといいます。

ただ、それから長い年月が経ち、森田健作さんが30代になった頃、塩山ロケでの野村芳太郎監督の真意を、突然、理解できたそうで、

森田健作さんは、

30代になって作品を見て分かったんです。そのときの僕は元気ボーイだから、そのままでは、必死に捜索する刑事の表情が足りないと監督は思ったんでしょうね。だから、あえて、僕をイライラさせた。

画面を見るとそのイライラ感が出ていて。監督はそこを狙ったんでしょうね。監督の奥深さを知りました

と、語っています。

(映画「砂の器」は、1974年に公開されているのですが、森田健作さんにとって生涯の代表作となったそうです)

森田健作は43歳の時に政治家に転身していた

以降も、俳優として活動していた森田健作さんですが、

1992年、43歳の時、「第16回参議院議員通常選挙」に東京選挙区から無所属で立候補すると、初当選し、

  • 1996年には、沖縄開発政務次官
  • 1997年には、文部政務次官

を歴任しています。

森田健作は56歳の時に「千葉県知事選挙」に出馬し当選すると以降3期12年務めていた

また、2005年、56歳の時には、「千葉県知事選挙」に出馬し、約6000票の差であえなく落選するも、2009年の「千葉県知事選挙」再出馬では、1,015,978票を獲得して、見事当選しています。

その後は、2013年、2017年ともに当選し、

森田健作さんは、

清潔さのある千葉県の実現に力を入れたい。清潔感は大きなおもてなしだ。県民の方々へのお願いになるが、ごみ拾いなど一人一人が意識するだけで大きく変わる。

ポテンシャルのある千葉をチーム千葉で協力して磨こう。それが次世代へのレガシーになる。

と、熱い思いを語っています。

森田健作
熱く語る森田健作さん。

(森田健作さんは、千葉県知事を2021年4月まで3期12年務めました)

森田健作の現在は?

そんな森田健作さんは、2021年4月、千葉県知事を退任した後は、タレント・俳優業に本格復帰し、現在も元気に活動を続けるほか、

知事退任と同時に、古巣である芸能プロダクション「サンミュージック」の最高顧問に就任しており、同社のタレント第1号(1期生)として、経営陣に近い立場で事務所を支えています。

また、

  • 「森田健作 青春の勲章は くじけない心」(ニッポン放送)
  • 「森田健作 青春もぎたて、朝一番!」(FM NACK5)

などのラジオ番組で、レギュラーパーソナリティを務め、多彩なゲストを迎えながら、自身の人生経験をもとにした格言や熱いメッセージを発信し続けるほか、

テレビ番組にも、「徹子の部屋」などのトーク番組やバラエティ番組などに出演しています。

森田健作の出演作品(映画)

それでは、最後に、森田健作さんの出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

Sponsored Link

森田健作の出演作品(テレビドラマ)

テレビドラマでは、

  • 1971年「おれは男だ!」※主演
  • 1971年「たんとんとん」※主演
  • 1972年「青春をつっ走れ」※主演
  • 1972年「あしたに駈けろ!」※主演
  • 1973~1974年「おこれ!男だ」※主演
  • 1974年「青葉繁れる」※主演
  • 1975年「白い地平線」
  • 1976年「霧の中の少女」
  • 1976年「男たちの旅路(第1部)」※主演
    「男たちの旅路」
    「男たちの旅路」より。
  • 1976年「われは海の子」※主演
  • 1976年「気まぐれ天使」
  • 1976年「必殺からくり人」
    「必殺からくり人」
    「必殺からくり人」より。(左から)緒形拳さん、山田五十鈴さん、森田健作さん。
  • 1978年「またまたどうなってるの!?」※主演
  • 1978年「こんどはどうなってるの!?」※主演
  • 1979年「銭形平次」第666話-第787話
  • 1979年「こんどはどうなってるの!?」※主演
  • 1979年「歪んだ星座 受験戦争連続殺人」
  • 1980年「若き日の北條早雲」
  • 1980年「恐怖!パニック!!人喰熊 史上最大の惨劇 羆嵐」
  • 1980年「赤かぶ検事奮戦記シリーズ」
  • 1980年「銭形平次 」第666話-第787話
  • 1981年「松本清張の小さな旅館」
  • 1981年「吉宗評判記 暴れん坊将軍」第167話
  • 1981年「銭形平次」第666話-第787話
  • 1982年「仕事人大集合」
  • 1982年「はらぺこ同志」
  • 1982年「源九郎旅日記 葵の暴れん坊 第30話」
  • 1983年「水戸黄門」第13部 第26話
  • 1983年「水戸黄門」第14部 第6話
  • 1984年「銭形平次」第888話
  • 1984~1989年「大岡越前」
  • 1987年「江戸を斬るVII」
  • 1989年「サラリーマン忠臣蔵 華麗なる復讐」
  • 1989年「大忠臣蔵」
  • 1989年「風雲!真田幸村」
  • 1989年「美空ひばり物語」

などに、出演しています。

「森田健作の妻は?プロポーズが凄い!結婚後の夫婦関係は?子供は息子1人!」に続く

お読みいただきありがとうございました

Sponsored Link