高校卒業後、喜劇役者・佐山俊二さんに弟子入りし、浅草、池袋、新宿などのストリップ劇場の舞台でコントを披露すると、その後、1964年には、東八郎さん、原田健二さんの3人でお笑いトリオ「トリオ・スカイライン」を結成し、たちまちブレイクした、小島三児(こじま さんじ)さん。
今回は、そんな小島三児さんの、若い頃から死去までの経歴、死因、妻・三田美枝子さんとの結婚、子供についてご紹介します。また、最後には、出演作品(映画、テレビドラマ)などもご紹介します。

小島三児のプロフィール
小島三児さんは、1939年1月1日生まれ、
東京都足立区千住の出身、
学歴は、
駒込高校卒業、
本名は「小島文男」だそうです。
小島三児は高校卒業後、佐山俊二に弟子入りしていた
小島三児さんは、高校卒業後、浅草のストリップ劇場「フランス座」などで大人気を博していた喜劇役者・佐山俊二さんに弟子入りしたといいます。
(時期は不明ですが、寿司職人をしていたこともあったそうです)
小島三児は22歳の時、ストリップ劇場でコントをしていた
そして、1961年頃からは、浅草、池袋、新宿などのストリップ劇場の舞台でコントをし、演技力を磨いたそうですが、
時代は大きな転換期を迎えており、映画や浅草の軽演劇が衰退していき、新たなメディアとして、テレビが急速に台頭していったといいます。
小島三児は25歳の時、東八郎と原田健二と共に「トリオ・スカイライン」を結成すると人気を博していた
そこで、小島三児さんも、活動の場を舞台からテレビにと移すことにしたそうで、
テレビ業界進出後は、「殿様コンビ」などの活動を経て、1964年、同じ浅草の「東洋劇場(現在の浅草演芸ホール)」などでしのぎを削っていた、東八郎さんと原田健二さんの3人でお笑いトリオ「トリオ・スカイライン」を結成すると、人気を博しています。
(東八郎さんは、お笑いタレントの「東MAX」こと、東貴博さんのお父さんです)
「トリオ・スカイライン」のお約束(定番ギャグ)は?
ちなみに、「トリオ・スカイライン」は、メンバー3人の役割分担と絶妙な掛け合いで爆笑を生み出すお笑いトリオで、基本のスタイルは、
- 小島三児さんが大柄な体格を活かして愛嬌たっぷりにぼけ
- 原田健二さんがシャープに全体をツッコミで引き締め
- 東八郎さんが状況に応じて「ボケ」と「ツッコミ」の両方を巧みにこなす
というものだったのですが、
そんな3人のコントには、昭和のお茶の間を一世風靡した2つの「お約束(定番ギャグ)」がありました。

「トリオ・スカイライン」。(左から)原田健二さん、東八郎さん、小島三児さん。
東八郎の「僕らのナマカ〜♪」
その1つは、
コントの最中、東八郎さんが、突然、田舎風に訛(なま)りながら、
僕らのナマカ(仲間)〜♪
と、突拍子もないボケを繰り出すというもので、客席をドッと沸かせました。
小島三児の「ごめんちゃい!」
そして、もう1つは、
東八郎さんが、
こもろ~♪(小諸〜)
と、朗々と「小諸馬子唄(こもろまごうた)」を歌い始めると、
小島三児さんが、まるで歌に引き寄せられた馬が甘えるかのように、東さんの肩へ「すりすり」と顔を乗せるのですが、
東八郎さんはというと、すかさず、
懐(なつ)くな!
と、激しく突き放し、
小島三児さんが、
ごめんちゃい!
と、言うギャグで、
これも一世を風靡しました。
(ほかに、「いいじゃな~い」「どったの?」などのギャグも)

「トリオ・スカイライン」。(左から)原田健二さん、東八郎さん、小島三児さん。
小島三児は「トリオ・スカイライン」解散後はテレビドラマ、映画を中心に活動していた
しかし、そんな「トリオ・スカイライン」も結成から6年後の1971年には解散すると、
その後、小島三児さんは、数多くの、テレビドラマ、映画、バラエティ番組、CMなどに出演し、コミカルから悪役まで、様々な役を演じこなせる名バイプレイヤーとして活躍しました。
小島三児の死因は?
小島三児さんは、2001年4月16日、腎不全により、62歳で他界されています。
小島三児さんが、いつ頃から腎臓を患い、どのように闘病生活を送っていたかなど、詳細については公表されていませんが、
小島三児さんは、1999年を最後に、テレビドラマや映画に出演していないことから、この頃辺りから闘病していたのかもしれません。
小島三児の妻・三田美枝子との馴れ初めは?
そんな小島三児さんは、1976年、女優の三田美枝子さんと結婚しています。
(三田美枝子さんは、1974年、「ウルトラマンレオ」の白川純子隊員役で一躍人気を博しました)
実は、小島三児さんが舞台「マクベス」で峰岸徹さんと共演していた際、峰岸徹さんの当時の奥さんの藍とも子さんが親友の三田美枝子さんに舞台を手伝ってもらっていたそうで、
そこで、小島三児さんは、三田美枝子さんに一目惚れし、交際に発展し、結婚に至ったのだそうです。
ただ、小島三児さんは、プライベートをほとんど明かしておらず、結婚後の三田美枝子さんとの夫婦仲など、詳細は不明です。
また、小島三児さんが死去した際も、三田美枝子さんからは一切コメントがなされていません。
小島三児の子供は?
小島三児さんは、子供についても同様に、ほとんど明かしていないことから、子供がいるのか不明です。
ちなみに、小島三児さんには娘がいるという噂がありますが、真偽は不明です。
小島三児の出演作品(映画)
それでは、最後に、小島三児さんの出演作品をご紹介しましょう。
映画では、
- 1970年「どですかでん」
- 1971年「日本一のショック男」
- 1972年「紙芝居昭和史 黄金バットがやって来る」
- 1973年「恐怖女子高校 暴行リンチ教室」
- 1973年「セックスドキュメント モーテルの女王」
- 1973年「卒業旅行 Little Adventurer」
- 1974年「ルパン三世 念力珍作戦」
- 1975年「下苅り半次郎(秘)観音を探せ」
- 1975年「お姐ちゃんお手やわらかに」
- 1975年「がんばれ!若大将」
- 1975年「強盗放火殺人囚」
- 1976年「おしゃれ大作戦」
- 1976年「キンキンのルンペン大将」
- 1976年「激突!若大将」
- 1976年「喜劇 百点満点」
- 1977年「トラック野郎・度胸一番星」
- 1979年「金田一耕助の冒険」
- 1979年「神様のくれた赤ん坊」

「神様のくれた赤ん坊」より。
- 1979年「男はつらいよ 寅次郎春の夢」

「男はつらいよ 寅次郎春の夢」
- 1983年「プルメリアの伝説 天国のキッス」
- 1984年「パンツの穴」
- 1984年「晴れ、ときどき殺人」
- 1985年「夢千代日記」
- 1987年「イタズ 熊」
- 1988年「花園の迷宮」
- 1989年「春来る鬼」
- 1991年「仔鹿物語」
- 1997年「釣りバカ日誌9」
小島三児の出演作品(テレビドラマ)
テレビドラマでは、
- 1973年 NHK大河ドラマ「国盗り物語」
- 1974年「ぶらり信兵衛 道場破り」
- 1975年「非情のライセンス 第2シリーズ」
- 1976年 NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」
- 1977年 NHK大河ドラマ「花神」
- 1978年 NHK大河ドラマ「黄金の日日」
- 1979年「3年B組金八先生 第1シリーズ」
- 1980年「柳生あばれ旅」
- 1981年「暴れん坊将軍」
- 1982年「遠山の金さん」
- 1983年「徳川家康」
- 1984年「ザ・ハングマン4」
- 1985年「暴れ九庵」
- 1986年「太陽にほえろ!」
- 1987年「太陽にほえろ!PART2」
- 1988年「浅見光彦ミステリー4 美濃路殺人事件」
- 1989年「名奉行 遠山の金さん」
- 1990年「暴れん坊将軍III」
- 1991年「刑事貴族2」
- 1992年「鬼平犯科帳」
- 1993年「名奉行 遠山の金さん」
- 1994年「松本清張スペシャル・喪失の儀礼」
- 1995年「松本清張スペシャル 書道教授」
- 1996年「水戸黄門」
- 1997年「金田一耕助の傑作推理 幽霊座」

「金田一耕助の傑作推理 幽霊座」より。 - 1997年「はぐれ刑事純情派」第10シリーズ

「はぐれ刑事純情派」より。小島三児さん(左)と藤田まことさん(右)。 - 1999年「はれ時々くもり」
など、非常に数多くの作品に出演しています。
小島三児のディスコグラフィ(シングル)
また、小島三児さんは、レコード(シングル)も、
- 1987年「酒場がらす」

「酒場がらす」
を、リリースしています。
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