1983年、15歳の時、主演ドラマ「積木くずし〜親と子の200日戦争〜」が視聴率45%を記録する大ヒットとなり、女優としても、”ポスト大竹しのぶ”と評価が高まった、高部知子(たかべ ともこ)さんですが、
人気絶頂だった1984年6月、ベッドで裸で布団を被った姿で、口元にタバコをあて、笑顔でポーズを撮る写真が写真週刊誌「FOCUS」に掲載されたことで、激しいバッシングを受け、全ての芸能活動の休止を余儀なくされてしまいました。
今回は、高部知子さんが、「FOCUS」にプライベートな写真を掲載された経緯、写真をリークした少年の自殺理由ほか、いわゆる”ニャンニャン事件”の真相をご紹介します。

「【画像】高部知子の出演ドラマ映画バラエティCMラジオは?著書は?」からの続き
高部知子は15歳の時に「FOCUS」に「ベッドで2人仲良くニャンニャンしちゃった後」の写真を報道され大バッシングを受けていた
1983年6月15日、「高部知子に18歳の恋人がいた」とのタイトルで、高部知子さんと思われる少女がタバコを持って立つ写真と、高部知子さんと思われる少女と若い男性が一緒に写っている写真の、2枚の写真が、「東京スポーツ」に掲載されると、
その2日後の同年6月17日には、「ベッドで2人仲良くニャンニャンしちゃった後」とのタイトルで、裸の状態で布団を掛けてベッドに寝ながら、たばこを口元にあて、笑顔でポーズを取っている高部知子さんの写真が、「FOCUS」に掲載されているのですが、
その写真は、まるで性行為の後に一服しているように見えたことから、高部知子さんは、性行為疑惑と未成年喫煙疑惑を持たれ、大バッシングを受けました。

(ちなみに、この出来事は、「わらべ」がリリースしたシングル「めだかの兄妹」の高部知子さんのソロパート「ニャンニャン」(猫の鳴きマネ)を性的な意味合いと結びつけ、後に「ニャンニャン事件」と呼ばれるようになりました)
高部知子はCM・テレビドラマ・映画などが次々と降板&中止となるほか、高校も無期停学となっていた
すると、高部知子さんは、
- 「ペイントマーカー」(三菱鉛筆)、「シャービックバー」(ハウス食品)、「シャワラン」(牛乳石鹸)、お中元のCMを降板
- 「欽ちゃんのどこまでやるの!」を謹慎
- 予定していたソロ歌手としてのデビューが中止
- この年の秋に公開予定だった映画「積木くずし」を降板
- 予定していた主演での新ドラマ「スケバン刑事」が中止
など、出演中の番組が降板となるほか、出演予定番組が中止となり、
通学していた堀越高等学校も無期停学となったのでした。
高部知子はフッた少年にリベンジポルノされていた?
さておき、なぜ、こんなプライベートな写真が写真週刊誌に掲載されたのでしょうか。
「高部知子『めだかの兄妹』ごっこ顛末記」という記事によると、
高部知子さんは、テレビドラマ「積木くずし」に出演していた時、エキストラの18歳の少年と交際するようになり、その後、自宅マンションで「ニャンニャン」するうち、写真を撮ったそうですが、
やがて、高部知子さんが、
好きな人ができた
と、18歳の少年をフッたそうで
それに逆上した18歳の少年が、週刊誌やスポーツ紙に写真を持ち込んだというのです。
(高部知子さんは、いわゆるリベンジポルノされたのだそうです)

また、この少年は、高部知子さんについて、
オレの誕生日にシチュー作ってくれたこともある。料理は下手だったけど、セックスの経験は豊富だったみたい
とも、語っていたといいます。
高部知子は当初は「欽ちゃんのどこまでやるの!」で復帰する予定だった
そんな中、当初、高部知子さんは、「欽ちゃんのどこまでやるの!」は”謹慎”という形をとり、事件直後には、「欽ちゃんのどこまでやるの!」に電話出演して、自身の不祥事について、テレビ関係者や番組の視聴者に謝罪しており、
他のメディアへの出演は降板することになっても、「欽ちゃんのどこまでやるの!」へは復帰できるだろうと考えていたといいます。

「のぞみがかわいそうで」と言っていたという萩本欽一さんと高部知子さん。
高部知子は写真をリークした少年が自殺したことで「欽ちゃんのどこまでやるの!」を降板させられ、「わらべ」も除名されていた
しかし、それから、2か月半後の、同年9月4日、なんと、前述の18歳の少年が、茨城県東茨城郡桂村(現在の城里町)の林道に止めた車の中で、遺体で発見。
これには、さすがの萩本欽一さんの力も及ばず、高部知子さんは、「欽ちゃんのどこまでやるの!」に復帰することが叶わなくなり、「わらべ」からも正式に除名されてしまったのでした。
(少年は、生前、「俺が死んだら殺されたと思ってくれ」と語っていたそうで、他殺説も流れたのですが、自動車の排気ガスを使ったガス中毒自殺だと考えられています)
高部知子の写真をリークした少年が自殺した理由とは?
ちなみに、「FOCUS」に「ニャンニャン事件」を報道された直後、高部知子さんは大バッシングを受け、取材が殺到していたことから、萩本欽一さんが、(まだ15歳だった)高部知子さんに対する取材を自粛するように呼びかけたそうですが、
このことで、徐々にバッシングの矛先が、週刊誌に写真をリークした少年に向けられたそうで、
そんな中、某有名リポーターが、偶然、自身が通っていた病院でこの少年に遭遇し、少年に話しかけたところ、少年と一緒にいた少年の母親に相談を持ちかけられたといいます。
実は、少年は、高部知子さんを芸能人生命の危機に追い込んでしまったことを大変悔やんでおり、せめて、その気持を伝えたいと強く思っていたというのです。
そこで、某有名リポーターは、ワイドショーのカメラの前で、少年に思いを語らせ、結果、数分に渡り、涙ながらに、後悔の念を語る少年の独占告白を手に入れたそうですが・・・
この少年の独占告白は、萩本欽一さんの高視聴率番組を抱えている局の判断により、世間の目に触れぬまま、封印されてしまったのだそうです。
結果、少年は、高部知子さんに思いを伝えられなかったことで、自責の念に耐えきれず、自殺してしまったというのです。
(また、少年は、「高部知子さんと別れた直後から、暴走族や暴力団から嫌がらせの電話などが相次いだため、自衛目的で「FOCUS」編集部に写真を持ち込んだ」旨語っていたといいますが、なぜ、写真を持ち込むことが自衛になるのかは不明です。
高部知子はそもそも少年とは交際していなかった?タバコも吸っていなかった?
一方、高部知子さんは、2012年、テレビ番組に出演した際、いわゆる「ニャンニャン写真」について「性行為の後の一服」ではないことを語っています。
また、少年についても、交際していた訳ではなく、2~3回会っただけの友達のうちの一人に過ぎなかったといいます。
高部知子さんによると、雑誌に写真が掲載される3か月前、友達と遊んでいた際、
その中の一人が、
積み木くずしの写真を撮らせてよ
と、言ったことから、皆で写真を撮って遊んでいたそうですが、
だんだん友達の要求がエスカレートし、ついには、ベッドで横になり大人っぽい写真を撮ろうということになって撮った写真が、例の写真だったというのです。
しかも、タバコは、映画版「積木くずし」の役作りのために持っていたものを、ふざけてくわえていただけだったそうで、そもそも、現在まで、タバコを吸う習慣もないというのです。
ちなみに、キスしている写真については、1983年7月12日号の「週刊女性」に掲載された独占手記に、
キスしている写真も、二人きりで部屋にいてセルフタイマーで撮ったといわれていますが、本当はあの写真は、〇〇君の友人が撮ったものです。
〇〇君が友人たちに顔を立てるために、どうしてもって言われて、それで〇〇君の友人が撮ったのです。
本当に、わたしが軽率でした。取り返しのつかないことをしてしまいました
と、語っています。
高部知子は告白本「告白 ハンパしちゃってごめん」にほとんど関与せず存在すら知らなかった?
さらに、高部知子さんは、騒動の翌年の1984年5月、「告白 ハンパしちゃってごめん」という告白本を出版し、
その中には、
小5で初潮、中1でタバコ、中2の夏に初体験、彼と寝たベッドで抱かれた。あの写真を撮った頃を思い出す
などと、赤裸々に綴られていたのですが、
某芸能記者によると、
騒動の翌年、高部は告白本『ハンパしちゃってごめん』を出版してベストセラーになった。
その著書では、少年とのベッドインと喫煙を認めるような記述があったが、この本は加熱する騒動の中、様々に報じられる記事や高部の証言を都合よくまとめたもので、高部はほとんど関与しておらず、その存在すら知らなかったというのです。
とにかく、当時の高部は、亡くなった男性のご家族の気持ちに配慮して、騒動を蒸し返すようなことのないよう、ただそれだけに気をつけて過ごしていた
とのことで、
なんと、高部知子さんは、ほとんど関与していなかったといいます。
(高部知子さんの所属事務所「ボンド企画」の高杉敬二社長が、高部知子さんの復帰作として「ハンパしちゃってごめん」の実写ドラマ化をTBSに提案するも、TBSに拒否されていたという話も)
高部知子は騒動後は自殺未遂を5度繰り返すも恩師の支えで立ち直っていた
ちなみに、その後、高部知子さんは、同じ堀越高等学校に通っていた親友の岡田有希子さんが1986年4月に自ら命を断ってしまったことでひどく落ち込んだそうで、
19歳から22歳の間に、カッターで手首を切る自殺未遂を5度も繰り返していたといいます。
ただ、そんな高部知子さんも、堀越高等学校のクラスの副担任だった北村秀子先生に励まされ、献身的にサポートしてもらったことで、立ち直り、人生を前向きに捉えられるようになったそうで、
現在は、精神保健福祉士として活動しているといいます。
「高部知子の最初の夫との馴れ初めは?離婚理由は?再婚は?子供は娘が2人!」に続く

北村秀子先生(左)と高部知子さん(右)。
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人気絶頂だった15歳の時、フォーカスに”ニャンニャン写真”が掲載され、人生の歯車が大きく狂うも、芸能界引退後は、精神保健福祉士として人々に寄り添い続けているという、高部知子(たかべ ともこ)さん。 …








