1969年、大学在学中の21歳の時、「コント55号」時代の萩本欽一さんに弟子入りし、10年に渡る浅草での修行を経て、1980年代には、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」のミニコーナー「村の時間」で「たよりないアナウンサー」役として出演すると、

「お待たせしました〜村の〜時間の〜時間です〜」という独特の語り口調が視聴者にウケて、たちまちブレイクを果たした、斎藤清六(さいとう せいろく)さん。

今回は、そんな斎藤清六さんの、生い立ち、若い頃から現在までの経歴を時系列でご紹介します。

斎藤清六

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斎藤清六のプロフィール

斎藤清六さんは、1948年6月15日生まれ、
東京都北区赤羽の出身、

本名は、「斎藤 精陸(さいとう せいろく)」、

学歴は、
日本大学豊山高等学校
⇒日本大学法学部卒業

ちなみに、斎藤清六さんが大学生活を終える頃、時代は学園紛争(大学紛争)の真っ只中で、キャンパスが混乱していた影響などから、最終的にはレポート提出のみで卒業が認められたそうで、

斎藤清六さんは、

もし学園紛争がなかったら、大学を卒業できなかっただろう

と、語っています。

斎藤清六は中学・高校時代、演芸が好きで浅草の寄席や演芸場に頻繁に通っていた

斎藤清六さんは、米屋を営む両親のもとに誕生すると、

中学・高校時代は、演芸が好きで、浅草などの寄席や演芸場に頻繁(ひんぱん)に通いつめていたそうです。

斎藤清六は大学在学中、「コント55号」の楽屋に突然訪れて、萩本欽一に弟子入りを志願していた

そんな斎藤清六さんは、高校卒業後は、日大の付属校を対象とした統一試験(内部推薦)に合格し、日本大学法学部へと進学したそうですが、

大学在学中の1969年、21歳の時、日本劇場に出演していた、萩本欽一さんと坂上二郎さんのお笑いコンビ「コント55号」の楽屋に、突然、訪れ、弟子入りを志願すると、なんと、その場で弟子入りを許されたといいます。

(当時は、おおらかな時代だったことから、ファンがいきなり楽屋に入ることができたそうです)

というのも、斎藤清六さんは、楽屋を訪れた際、用意されていた、まだ誰も手をつけていない寿司を、萩本欽一さんに勧められたそうですが、

ためらうことなく、いきなり、真ん中にある一番高価なウニを食べ、その次にトロを食べたそうで、この図太く、天然ボケな行動が、萩本欽一さんを驚かせたそうで、

結果として、その天然ぶりが気に入られたのか、弟子入りを認めてもらえたのだそうです。

斎藤清六は萩本欽一に弟子入り後、浅草で10年間修行していた

しかし、萩本欽一さんには、わずか3日で、浅草で修行してくるよう言われたそうで、

以降、斎藤清六さんは、10年もの間、浅草で、舞台や演劇の経験を積んで芸を磨くほか、オーディション番組「スター誕生!」の前説などを経験し、10年後、ようやく、萩本欽一さんのもとに戻ったのだそうです。

ちなみに、その間、斎藤清六さんは、1970年、萩本欽一さんが初めて監督した映画「手」が上演されると、誰に言われた訳でもなく、自主的にポスターをベニヤ板に貼り、銀座の街を歩いて宣伝していたそうで、

萩本欽一さんは、そんな斎藤清六さんの人柄に深く感動し、以降、斎藤清六さんを強力にバックアップするようになったといいます。

(萩本欽一さんは、弟子は一人もいないと言っていたのですが、斎藤清六さんだけは唯一の弟子だと認めています)

斎藤清六は30代の時、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」の「村の時間」でブレイク

さておき、10年後、萩本欽一さんのもとに戻った斎藤清六さんは、「欽ちゃんファミリー」の一員となり、1980年代、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で、番組内のミニコーナー「村の時間」に「たよりないアナウンサー」役として出演すると、

この「村の時間」のコーナーは、萩本家のお茶の間に置かれたテレビ画面を通じて放送される設定だったのですが、

初回の放送で、斎藤清六さんが、

村の時間がやってまいりました

と、挨拶すると、

萩本欽一さんが、

君ね、「村の時間」は番組名だろ。普通は●●(番組名)の時間ですって言うだろ

と、ツッコミを入れたことから、

斎藤清六さんは、首を横に振りながら、

お待たせしました〜村の〜時間の〜時間です〜

と、返しているのですが、

これが観客に大ウケし、斎藤清六さんはたちまちブレイクを果たしたのでした。

(以降、この独特のフレーズが定番の挨拶となっています)

斎藤清六
「村の時間」より。

また、斎藤清六さんは、このコーナー内では、「あぜ道カット」や「どんぐりカット」など、独特のヘアスタイルを披露するほか、

たどたどしい口調、ハガキの宛先である郵便番号(106)を「ひゃく・まる・ろく」と読むなどユニークな言い回し、さらには、コーナーの最後に、とぼけた表情で放つ、

バイナラ、ナライバ

というお決まりのセリフが流行語となるなど、

社会現象を巻き起こすほどの人気を博したのでした。

斎藤清六
「村の時間」より。

斎藤清六は34歳の時に音痴ネタを全面に押し出したカバーアルバム「なんなんなんだ!?」をリリースしていた

そして、斎藤清六さんは、「オールスター家族対抗歌合戦」などのバラエティ番組での、あまりの音痴ぶりでも有名で、1982年8月には、音痴ネタを全面に押し出したカバーアルバム「なんなんなんだ!?」をリリースしています。

ちなみに、このアルバムは、作曲家の宮川泰さんによる歌唱指導の様子がドキュメンタリー風に収録されており、

宮川泰先生の指導を受けながら、斎藤清六さんが歌う、近藤真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」や、田原俊彦さんの「君に薔薇薔薇・・・という感じ」などのカバーは、斎藤清六さんのあまりにも強烈な歌声も相まって、ファンの間で伝説として語り継がれています。

「なんなんなんだ!?」
「なんなんなんだ!?」

斎藤清六は30代の時、「笑っていいとも!」「オレたちひょうきん族」「クイズ・ドレミファドン!」などにレギュラー出演し人気お笑いタレントの地位を確立していた

そんな斎藤清六さんは、1980年代には、「欽ちゃんのどこまでやるの!」のほか、「笑っていいとも!」「オレたちひょうきん族」「クイズ・ドレミファドン!」「ぴったし カン・カン」などの超人気バラエティ番組にもレギュラー出演し、人気お笑いタレントの地位を確立したのでした。

斎藤清六
「笑っていいとも!」より。(左から)羽賀研二さん、タモリさん、斎藤清六さん、野々村真さん。

斎藤清六は「浅井企画」を独立後はバラエティ番組に一切出演しなくなっていた

その後、時期は不明ですが、斎藤清六さんは、長きに渡って所属していた「浅井企画」を独立し、個人事務所「清六企画」を立ち上げているのですが、以降、バラエティ番組には一切出演しなくなったといいます。

その理由について、

  • 年下にイジられることをよく思っていなかった
  • 人見知りが激しい

などと言われているのですが、真偽は不明です。

また、「浅井企画」から独立したことで、「干されたのでは?」との話もあるようですが、

斎藤清六さんは、芸能界を引退した訳ではなく、俳優として、ゴールデンタイムの2時間ドラマなどにも出演していることから、干された訳ではないようです。

斎藤清六は74歳の時、「天然素材NHK」で約30年ぶりにバラエティに復帰していた

そんな中、斎藤清六さんは、2023年5月、NHKのバラエティ番組「天然素材NHK」で、実に30年ぶりとなるバラエティ番組への出演を果たし、大きな話題を呼びました。

番組では、1983年放送の「ウルトラアイ」の「オンチ大研究」という特集に出演した際の過去の映像が流れた後、現在の斎藤清六さんが公園で撮影されたVTRで登場すると、

首を横に振りながら「お待たせしました~村の~時間の~時間です~」と、おなじみの挨拶を披露しています。

さらに、カラオケボックスでは、「ギンギラギンにさりげなく」を熱唱して、以前と変わらない見事な音痴ぶりを披露し、歌っている途中には、事前に撮影された赤い革ジャンに赤いバンダナ姿の斎藤清六さんのVTRも差し込まれています。

斎藤清六
「天然素材NHK」より。

また、同年7月11日と16日には、同じく欽ちゃんファミリーの関根勤さんが、自身のYouTubeチャンネル「関根勤チャンネル」で、斎藤清六さんのエピソードを次々と公開しており、

斎藤清六さん本人の出演こそなかったものの、これらの一連の動きに、ファンからは、「いよいよ本格的に芸能界へ復帰するのでは」と期待の声が高まったのでした。

斎藤清六の現在は?

しかし、その後、斎藤清六さんは、バラエティ番組には出演していません。

また、斎藤清六さんは、1993年、2002年、2009年に放送された「欽ちゃんのどこまでやるの!」の復活スペシャルにも出演していません。

なぜ、斎藤清六さんは、頑なに表舞台から距離を置くのでしょうか。

もしかすると、そこには清六さんなりの事情があるのかもしれません。

というのも、師匠である萩本欽一さんは、2020年に出版した著書「マヌケのすすめ」の中で、斎藤清六さんとのエピソードを綴っているのですが、

かつて、萩本欽一さんが、斎藤清六さんに舞台への出演を依頼した際、

斎藤清六さんは、理由を明かさず、頑なに、

イヤです。出ません

と、拒否したといいます。

しかし、その1年後、いきなり、斎藤清六さんから、

あの、大将、今日からは、もし舞台とかあったら呼んでください

と、電話があったそうで、

これを不思議に思った萩本欽一さんが理由を尋ねると、

斎藤清六さんは、

はい、今までは母が病気で看病をしてました。出るのをお断りしたときに、そのことを言ったらご心配をおかけすると思って言わなかったんです。じつは、今日亡くなりました。だから、もう出られます。

と、言ったのだそうです。

つまり、斎藤清六さんは、萩本欽一さんからのオファーに対して感謝しながらも、余計な心配をかけまいと沈黙を貫き、母親を見送った後に、ようやくその事実を報告していたのですが、

萩本欽一さんは、その不器用ながら、あまりに誠実な人柄に、

「お前は、人のことを考えて、自分のことをいちばん後まわしにして、なんて素敵なマヌケなんだ」ってホメてやったんだよね。

と、綴っています。

そんな斎藤清六さんのことなので、今回の沈黙も、また何か周囲を気遣い、言えないプライベートな事情があるのかもしれません。

ちなみに、斎藤清六さんは、俳優としては、2025年10月1日~10月9日に開催された東京ヴォードヴィルショー公演「狐と南吉」に客演しており、元気にはされているようです。

斎藤清六は結婚してる?子供は?

斎藤清六さんは、プライベートをほとんど明かしていないため、全く情報がなく、結婚しているか、子供がいるかも不明です。

また、妻や子供がいたとしても、プライベートを明かしていないことから、芸能関係者ではないと思われます。

斎藤清六の出演作品(映画)

それでは、最後に、斎藤清六さんの出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

斎藤清六の出演作品(テレビドラマ)

テレビドラマでは、

  • 1984年「欽ちゃんファミリー時代劇スペシャル 俺たちの熱い風」
  • 1985年「必殺シリーズ」第8話
    「必殺シリーズ」
    「必殺シリーズ」より。
  • 1989年「裸の大将」第31話
  • 1990年「代表取締役刑事」第5話
  • 1992年「学校があぶない」
  • 1992年「愛しの刑事」第7話
  • 1993年「松本清張スペシャル・影の地帯」
  • 1994年「タクシードライバーの推理日誌3 春呼ぶ殺人」
  • 1994年「忍者戦隊カクレンジャー」第13話
  • 1996年「はぐれ刑事純情派」第9シリーズ 第9話
  • 1997年「はぐれ刑事純情派」第10シリーズ 第7話
    「はぐれ刑事純情派」
    「はぐれ刑事純情派」より。
  • 1998年「盲人探偵・松永礼太郎10 復讐幻想」
  • 2000年「カードGメン・小早川茜1 借金地獄」
  • 2000年「万引きGメン・二階堂雪5 嫉妬」
    「万引きGメン」
    「万引きGメン」より。斎藤清六さんと安室満樹子さん。
  • 2001年「四つの終止符」
  • 2001年「万引きGメン・二階堂雪7 逃亡」
  • 2002年「はぐれ刑事純情派」第15シリーズ 第20話
  • 2002年「女と愛とミステリー ヤメ検弁護士・英剛直 佐渡が島殺人航路」
  • 2002年「地方記者・立花陽介19 箱根小田原通信局」
  • 2003年「トリック3」第1話
  • 2004年「検事・霞夕子24 隣の関係」
  • 2006~2008年、2011~2012年、2014年「鉄道警察官・清村公三郎」(第2作、第4作、第5作、第7作、第8作、第11作)
  • 2007年「新・警視庁女性捜査班2 二人の母殺人事件!!」
  • 2008年「万引きGメン・二階堂雪17 最後の嘘」
  • 2009年「つばさ」
  • 2010年「大家だけが知っている! 幸多福子の下町事件簿」
  • 2011年「広域警察2 時効廃止が運命を変えた!」
  • 2012年「私は代行屋! 晴子の事件推理・バージンロードを奪った殺人犯!」
  • 2012年「サマーレスキュー 天空の診療所」第8話
  • 2012年「孤独のグルメ Season2」(第7話、第10話)
    「孤独のグルメ」
    「孤独のグルメ」より。斎藤清六さん(左)と松重豊さん(右)。
  • 2013年「100の資格を持つ女7 信州の老舗蕎麦屋に潜入捜査!」
  • 2013年「森村誠一サスペンス 刑事の証明6」
  • 2014年「警視庁心理捜査官・明日香4」
  • 2014年「監察官・羽生宗一2 毒ハブと呼ばれる男!!刑事殺しに疑惑あり!?」
  • 2015年「警視庁捜査一課9係 season10」最終話
  • 2016年「警視庁・捜査一課長」第10話
  • 2016年「老人ホーム「ハッピー・ロード」愉快な仲間たちの事件簿」
  • 2016年「神の舌を持つ男」最終回
  • 2018年「無用庵隠居修行2」
  • 2020年「駐在刑事 Season2」第3話
    「駐在シリーズ」
    駐在刑事より。
  • 2021年「広域警察」
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斎藤清六の出演作品(CM)

CMでは、

  • 1983年「カンロ」『シャーベスト』
  • 1983年「一正蒲鉾」『オホーツク』※堀敏彦と共演
    「一正蒲鉾」

ほか、

  • 「カネボウフーズ」『広東麺シリーズ』岡江久美子と共演
  • 「黄桜酒造」『呑(ドン)』※叶和貴子と共演
  • 「福島県二本松市」『二本松の菊人形』
  • 「武田薬品工業」『ベンザエースD錠』
  • 「ホテイフーズコーポレーション」『ほていの缶詰』
  • 「東新住建」

にも出演しています。

斉藤清六 / なんなんなんだ!?

お読みいただきありがとうございました

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