天才子役として一世を風靡すると、その後、写真家に転身し、現在は、タレントとしてもメディアに出演するなど、幅広く活動している、間下このみ(ました このみ)さん。

そんな間下このみさんは、2007年には、夫と共に乗り越えた死産・難病・出産の軌跡を綴った書籍「ママになりたい… 〜ハイリスク出産を越えて〜/たまご日記〜ちいさな命の記録〜」を出版するなど、おしどり夫婦と思われていたのですが、

2025年には、既に2024年に離婚していたことを明かし、世間を驚かせました。

今回は、そんな間下このみさんの、前夫との10年近くに渡る泥沼離婚裁判の内容や結末を時系列でご紹介します。

間下このみ

「【画像】間下このみの若い頃から現在までの出演ドラマ映画CMほか経歴は?」からの続き

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間下このみの前夫との馴れ初めは?

間下このみさんは、2004年6月、25歳の時、カメラの仕事を通じて知り合った11歳年上の一般男性と結婚していたといいます。

また、2006年には第1子を妊娠するも、死産してしまい、悲しみに暮れ、家に閉じこもりがちになり、泣いて暮らしていたそうですが、夫が支えてくれたそうで、

間下このみさんは、

つらかったです。自分を責めて家にこもりがちになって。でも私がいつまでも泣いていると、亡くなった子どもが悲しむんじゃないかと思ったんです。

それから、ささやかな暮らしで感じる喜びを夫婦で語り合うようにしました。主人とのそういう会話が、だんだんと私を立ち直らせてくれましたね

と、語っています。

間下このみは前夫とは”絆の強いおしどり夫婦”として知られていた

こうして、間下このみさんは、夫の支えで徐々に立ち直り、死産から3ヶ月後の同年(2006年)8月には再び妊娠。

ただ、今度は、死産や流産を繰り返す難病「抗リン脂質抗体症候群」に罹患していることが判明するのですが、それでも、2007年3月、無事、待望の長女(第2子)を出産し、

2007年11月16日には、闘病と出産の記録をつづった夫婦の共著「ママになりたい… 〜ハイリスク出産を越えて〜/たまご日記〜ちいさな命の記録〜」を出版すると、

NHKでテレビドラマ化もされ、間下このみさんと夫は”絆の強いおしどり夫婦”として知られるようになったのでした。

(間下このみさんは、自身のブログに、度々、夫とのエピソードを綴っており、間下このみさんが高熱の時には、夫が代わって、間下このみさんのブログを更新するなど、仲睦まじい様子が伺えました)

間下このみは離婚と親権を求めて夫に対し千葉家庭裁判所に訴えを提起し勝訴していた

しかし、一転、間下このみさんは、2015年4月には、実父の緊急入院をきっかけに、長女を連れて実家へ帰ると、そのまま夫の同意を得ることなく別居生活に入り、

2021年には、離婚と親権を求め、夫に対して千葉家庭裁判所に訴えを提起したというのです。

すると、千葉家庭裁判所(一審)の判決は、

  • 離婚を認め、
  • 長女の親権者を間下このみさんとする。

と、なったのでした。

間下このみは夫に「精神的不安定と暴力を主張され」東京高等裁判所に控訴されていた

しかし、夫はこれを不服とし、東京高等裁判所(二審)に控訴。

実は、後に(2024年3月)夫が週刊誌「デイリー新潮」の取材に対して語ったところによると、

このみは子役として活躍したとは思えないぐらい自己肯定感が低いんです。夜中、壁にガンガン頭を打ちつけながら『私なんかいなくなればいい』などと大声で叫び続けることがしばしばでした。

08年ごろには、乳幼児だった娘を激しく揺さぶりながら怒鳴りつけたり、大声で怒り出して寝室に閉じこもったり。私が痩せただけで浮気したと決めつけられ、事実もないのに子供の面前で『浮気野郎』と連呼され、激しくたたいたり、蹴ったりを繰り返されました

と、間下このみさんは、精神的に不安定で暴力を繰り返していたそうで、

夫は、そんな間下このみさんに対し、感情的にならず、”論理的に説き伏せる(理詰めで話す)”ことで対応してきたというのです。

また、夫は、間下このみさんの怒りの矛先が長女に向かないよう、(間下このみさんの)暴力を長女ではなく自分に向けさせるため、

ママの前ではパパを嫌いと言っていいよ

と、長女に言い聞かせていたというのです。

(これに対し、長女は「パパごめんね」「私のこと、嫌いにならないでね」と言っていたといいます)

ただ、2023年10月、東京高等裁判所(二審)の判決は、

  • 間下このみさんによる夫や長女への暴力を認定。
  • しかし「夫婦関係はすでに修復不可能」として離婚自体は容認。
  • 親権も「現在の監護状況に問題はない」として間下このみさん側のまま維持。

というもので、

夫が主張した「間下このみさんによる夫や長女への精神的・肉体的暴力」の事実は認定されたものの、

離婚については、夫は間下このみさんの性格を理解した上でなだめようとしていたが、感情的な間下このみさんに対し、前夫が常に「理詰めで論破」し続けたため、

間下このみさんは「馬鹿にされている」「気持ちを汲んでもらえない」と不信感を募らせていくなど、不満の蓄積があったとし、すでに別居から長期間が経過しており、修復は不可能であることから、離婚自体は認め、

親権の判断については、過去に暴力的行為はあったものの、別居後の間下このみさんによる長女の育児(監護)環境に特段の問題は見られないことに加え、

現在(2023年)10代後半となった長女自身が、母親との同居を強く望んでいることから、親権は間下このみさんにあることが長女の福祉に適う、

というものでした。

間下このみは夫に最高裁判所に上告されるも棄却され「離婚成立」「親権は間下このみ」が確定していた

そこで、夫は、これを不服として最高裁判所(三審)に上告しているのですが、

2024年3月、最高裁判所が上告棄却し、二審の判決が確定。

「離婚成立」および「親権は間下このみさん」が確定したのでした。

間下このみの夫は”理不尽な判決”と深い絶望を滲ませていた

結果、暴力の被害者であったはずの夫は、別居開始から裁判期間中にかけての高額な母子の生活費の負担(総額1500万円超)に加えて、長女との面会制限を強いられたほか、

裁判官から、

芸能人の尋問をすればマスコミが来ます。今回の件は影響が大きすぎる

と、芸能人である間下このみさんへの配慮(マスコミ対策や影響の大きさ)を理由に、

家裁、高裁を通じて、両者の尋問(直接問い質(ただ)す手続き)は行わない旨告げられたそうで、

夫は、

やはり日本の法律の下では子供を引き離したもの勝ちなのでしょうか

と、理不尽な司法の壁に対する深い絶望を滲(にじ)ませていたといいます。

(間下このみさんは、「デイリー新朝」の取材に対し、一切、回答していません)

間下このみは1年遅れで離婚を公表

さておき、間下このみさんは、1年後の2025年3月16日、長女が18歳の誕生日(新成人)を迎えたタイミングで、

また娘の成人にあたり、ひとつご報告があります。私事ではありますが、昨年3月に離婚しました。お伝えするのが遅くなってしまい、ごめんなさい。

と、ブログで離婚を公表しています。

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間下このみの夫との10年に渡る泥沼離婚裁判のまとめ

それでは、最後に、2015年の別居開始から、2024年の最高裁判決(離婚成立)に至るまでの裁判の流れを簡単に整理しましょう。

  1. 2015年4月
    間下このみさんが長女を連れて夫との別居を開始
  2. 2021年
    間下このみさんが千葉家庭裁判所(一審)に提訴
    判決:離婚を認め、長女の親権者を間下このみさんとする。
  3. 間下このみさんの夫が不服として東京高等裁判所に控訴(二審)
    判決(2023年10月):間下このみさんによる夫や長女への暴力を認定。しかし「夫婦関係はすでに修復不可能」として離婚自体は容認。親権も「現在の監護状況に問題はない」として間下このみさん側のまま維持。
  4. 間下このみさんの夫が不服として最高裁判所(三審)に上告
    判決:上告棄却(または不受理)により、二審の判決が確定。
    これにより「離婚成立」および「親権は間下このみさん」が確定。
  5. 2025年3月
    間下このみさんがブログで前年(2024年)3月に離婚したことを公表。

「間下このみの子供は娘が1人!息子の死産と難病を乗り越えての出産だった!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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