2004年、11歳年上の一般男性と結婚するも、2015年に別居すると、10年近くに渡る離婚裁判を経て、2024年に離婚していたという、間下このみ(ました このみ)さん。
そんな間下このみさんは、前夫との間に、子供(娘)を1人出産しているのですが、実は、娘さんが誕生する前には、第一子だった息子さんを死産していたといいます。
今回は、間下このみさんの第一子妊娠から死産に至るまでの経緯、2度目の妊娠と難病を乗り越えて出産した娘さんについて、ご紹介します。

「間下このみの前夫は?おしどり夫婦から一転し泥沼裁判を経て離婚していた!」からの続き
間下このみの子供は娘が1人
間下このみさんは、前夫との間に、子供(娘)を1人出産しているのですが、
その前に、最初の子供である息子(長男)を死産していることを明かしています。
間下このみは妊娠中に息子(長男)の死産が判明していた
間下このみさんは、2006年に第一子を妊娠すると、お腹の赤ちゃんを「コッコちゃん」と呼び、気がつくといつもお腹をさするなど、赤ちゃんの誕生を心待ちにしていたそうですが、
妊娠6ヶ月を迎えようとしていたある日、胎動を感じないことに気がついたといいます。
そこで、インターネットで調べると、赤ちゃんが寝ていることもあると書かれてあったことから、様子をみてみることにしたそうですが、やはり、不安を覚え、3日後に病院を受診したところ、
エコー検査の結果、赤ちゃんがお腹の中で亡くなっている(死産)ことが判明したのだそうです。
ちなみに、いつも朗らかな先生から、長い沈黙の後、うなるように、赤ちゃんが亡くなっていることを告げられたそうですが、その瞬間、間下このみさんは、泣き崩れたそうで、
「ごめんね」という言葉が体中をかけめぐりました。夫にも両親にも、何よりもコッコちゃんに申し訳なく、自分を強く責めました。
と、悲痛な胸のうちを語っています。
間下このみは亡くなった息子(長男)を出産していた
その後、間下このみさんは、死産用の陣痛促進剤による副作用で39度の高熱に苦しみながら、一晩中激しい陣痛と闘い続け、亡くなった我が子(コッコちゃん)を出産したそうですが、
一般的には「泣き声を上げない赤ちゃんを産むのがつらい」と感じる人が少なくない中、間下このみさんは、自分の力でこの世に誕生させてあげられたことに、大きな喜びを感じたといいます。
(夫と共に面会したコッコちゃんは、わずか280グラムと大変小さな体ながら、非常に愛らしい姿をしていたそうです)
ただ、葬儀や火葬を終え、すべての手続きが一段落すると、耐えがたい深い悲しみが一気に押し寄せたそうで、
街中で見かける親子連れや妊婦さんの姿に、
なぜ自分だけがこんな目に遭うのだろう
と絶望し、その後、約1カ月間、家に閉じこもって涙を流し続けたのだそうです。
間下このみは28歳の時に再び妊娠するも難病「抗リン脂質抗体症候群」と診断されていた
それでも、インターネットで、同じように死産や流産を経験した人のブログを読むうち、
つらい思いをしているのは私だけではない
と、大きな力をもらったそうで、
周囲の温かい支えもあり、徐々に心身共に回復していくと、やがて、
新たな命を授かりたい
と、再び前を向けるようになったそうで、
同年(2006年)8月、2度目の妊娠をすることができたのだそうです。
ただ、今度は、間下このみさん自身が、「抗リン脂質抗体症候群」という国指定の難病(自己免疫疾患)に罹患していることが判明したそうで、
医師から、
無事出産できるかわからない
と、言われたのだそうです。
(「抗リン脂質抗体症候群」は、全身の血液が固まりやすくなり、妊娠中は胎盤の血管にも血栓ができて胎児に血液が行かず、流産や死産を引き起こす「不育症」の主な原因の一つとなる病気だそうです)
間下このみは娘(第二子)を無事に出産していた
そんな間下このみさんは、すぐに、
あまり知られていないこの病気を認知してもらいたい
と、自身のオフィシャルホームページで病名を公表すると、
マスコミに大きく取り上げられ、大きな反響を呼んだそうで、
報道を目にしたこの病気の治療データを持つ大学病院の医師から連絡を受け、以降、血栓予防(血液が固まるのを防ぐための)注射を毎日同じ時間に打つ治療をスタートしたといいます。
(妊娠中に、毎日注射に通うのは大変だったそうですが、「この注射が赤ちゃんの命を生かしてくれている」と思うと、全く辛いとは思わなかったそうです)
ただ、妊娠後期になると、「全身性エリテマトーデス」を発症して、手の腫れや痛みに悩まされたほか、胎内の環境も悪化してしまったそうですが、
(「全身性エリテマトーデス」は「抗リン脂質抗体症候群」に罹患した人の半数が合併症として発症するそうです)
出産予定日よりも1ヶ月早い2007年3月、帝王切開ながら、無事、長女を出産できたそうで、
間下このみさんは、
麻酔から覚めて娘と対面したとき、自然と涙がこぼれてきて、生まれてきてくれてありがとう、やっとママになれた、と思いました。嬉しかったけれど、ホッとした気持ちのほうが大きかったですね。
と、語っています。
また、間下このみさんは、第一子にも思いを馳せ、
息子を生きたまま産んであげられなかったことは今でも悲しいし、申し訳なく思っています。しかし息子は、命懸けで私に病気のことを教えてくれて、私と娘を助けてくれました。
そして、私のホームページを見て自分の病気を知った方の赤ちゃんも救ってくれた。本当に感謝しています。そんな息子を誇りに思っています。
と、語っています。
間下このみの娘(長女)は?
ちなみに、間下このみさんの娘(長女)は「めのあ」さんというそうですが、
間下このみさんは、めのあさんが19歳となる2026年3月16日、ブログで、
今日は愛娘めのあの19歳の誕生日です
妊娠中に私に病気が見つかり、お腹の中の娘は辛かったと思いますが…19年前の今日!無事に生まれてくれました 本当にありがとう
本日で19歳。立派に成長してくれました 大切で大好きなひとり娘です
とのコメントと共に、めのあさんの幼少期の写真と、母と娘の仲睦まじいツーショット写真を投稿しています。

間下このみさんの長女・めのあさんの幼少期の頃。

長女・めのあさん(19歳)と間下このみさん(右)。
さて、いかがでしたでしょうか。
間下このみさんの、
- 間下このみの子役時代(幼少期)は?中学入学以降は芸能活動を控えていた!
- 間下このみのプロフィール
- 間下このみは2歳半の時に母親と一緒にモデル事務所に所属していた
- 間下このみは4歳の時にキッコーマンのCM「ガンバレ!玄さん」でたちまちお茶の間の人気を博していた
- 間下このみは6歳の時、テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」に主人公の娘役で出演
- 間下このみは6歳の時、「キャベツ畑の子供たち」で歌手デビューも
- 間下このみは7歳の時に「所さんのただものではない!」に出演し「委員長」の愛称で親しまれていた
- 間下このみはカケフくんの現在について語っていた
- 間下このみは小学生時代、国民的人気子役になっていた
- 間下このみは中学入学以降、芸能活動を控えるようになっていた
- 【画像】間下このみの若い頃から現在までの出演ドラマ映画CMほか経歴は?
- 間下このみは高校生の時、コンビニエンスストアやファミリーレストランでアルバイトをしていた
- 間下このみは高校卒業後、写真を学ぶため東京の専門学校を経てアメリカ留学していた
- 間下このみは27歳の時に写真集「届かなかったラヴレター―あの空の向こう SPECIAL EDITION」で写真家デビュー
- 間下このみは28歳の時に第一子を妊娠するも死産していた
- 間下このみは28歳の時に娘(第二子)を出産していた
- 間下このみは29歳の時に闘病記「ママになりたい… 〜ハイリスク出産を越えて〜/たまご日記〜ちいさな命の記録〜」を出版
- 間下このみの現在は?
- 間下このみの出演作品(映画)
- 間下このみの出演作品(テレビドラマ)
- 間下このみの出演作品(CM)
- 間下このみの前夫は?おしどり夫婦から一転し泥沼裁判を経て離婚していた!
- 間下このみの前夫との馴れ初めは?
- 間下このみは前夫とは”絆の強いおしどり夫婦”として知られていた
- 間下このみは離婚と親権を求めて夫に対し千葉家庭裁判所に訴えを提起し勝訴していた
- 間下このみは夫に「精神的不安定と暴力を主張され」東京高等裁判所に控訴されていた
- 間下このみは夫に最高裁判所に上告されるも棄却され「離婚成立」「親権は間下このみ」が確定していた
- 間下このみの夫は”理不尽な判決”と深い絶望を滲ませていた
- 間下このみは1年遅れで離婚を公表
- 間下このみの夫との10年に渡る泥沼離婚裁判のまとめ
- 間下このみの子供は娘が1人!息子の死産と難病を乗り越えての出産だった!
- 間下このみの子供は娘が1人
- 間下このみは妊娠中に息子(長男)の死産が判明していた
- 間下このみは亡くなった息子(長男)を出産していた
- 間下このみは28歳の時に再び妊娠するも難病「抗リン脂質抗体症候群」と診断されていた
- 間下このみは娘(第二子)を無事に出産していた
- 間下このみの娘(長女)は?
について、ご紹介しました。
4歳の時に、「ガンバレ!玄さん」のCMでの愛らしい姿が反響を呼び、以降、テレビドラマ、バラエティで国民的人気を集めるも、そんな人気絶頂の中、中学進学を機に学業を優先すると、やがて写真家となり、
その後、結婚、死産、難病、出産、裁判、離婚を経て、現在は、その経験で講演活動をするほか、タレント、写真作家としても活動を続けている間下このみさん。
そんな成功も苦悩も経験している間下このみさんからは、今後も目が離せません!
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現在は、タレント活動のほか写真家としても活動している、間下このみ(ました このみ)さんですが、実は、1980年代には、国民的子役として活躍し、一世を風靡していました。 今回は、間下このみさんの子役時代(幼少期)をご紹介し …







