現在は、タレント活動のほか写真家としても活動している、間下このみ(ました このみ)さんですが、実は、1980年代には、国民的子役として活躍し、一世を風靡していました。

今回は、間下このみさんの子役時代(幼少期)をご紹介します。

間下このみ

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間下このみのプロフィール

間下このみさんは、1978年4月27日生まれ、
東京都葛飾区の出身、

血液型はO型、

学歴は、
共栄学園中学高等学校(中高一貫校)
⇒東京ビジュアルアーツ写真学科ファッションフォト専攻卒業
⇒アメリカ留学

ちなみに、「間下このみ」は本名で、愛称は「このみちゃん」です。

間下このみは2歳半の時に母親と一緒にモデル事務所に所属していた

間下このみさんは、1980年、2歳半の時、お母さんが、当時、近所に住んでいた人から、

一緒に子供をモデルにしませんか?

と誘われたことがきっかけで、モデル事務所に所属したそうですが、

当初、お母さんは、「親子で楽しめれば」という軽い気持ちだったといいます。

間下このみ
お父さんが撮影しモデル事務所に提出したという間下このみさんの幼少期の写真。

間下このみは4歳の時にキッコーマンのCM「ガンバレ!玄さん」でたちまちお茶の間の人気を博していた

すると、間下このみさんは、1983年、4歳の時、キッコーマンのインスタント玄米雑炊「ガンバレ!玄さん」のCMに出演しているのですが、

がんばれ、がんばれ、玄さん!

と、応援するものの、途中から商品名が言えなくなり、黙り込んでしまう愛らしい姿が、たちまちお茶の間の注目を集め、

この商品「ガンバレ! 玄さん」は、品切れになるほどの大ヒットとなっています。

間下このみ
「ガンバレ!玄さん」のCMより。

間下このみは6歳の時、テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」に主人公の娘役で出演

また、間下このみさんは、1984年、6歳の時には、テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」に、主人公の滝沢賢治(山下真司さん)と妻・節子(岡田奈々さん)の娘・滝沢ゆかり役で出演すると、コロコロと変わる愛らしい表情で、視聴者を魅了しています。

間下このみ
「スクール☆ウォーズ」より。(左から)岡田奈々さん、山下真司さん、間下このみさん。

ちなみに、間下このみさんは、父親役の山下真司さんについて、

階段から落ちて血だらけになるシーンの、血糊(ちのり)メイクで私に『怪我しちゃったよー』って言うんです。私は心配になって、血糊を一生懸命拭いちゃった(笑)。あれはメイクさんに怒られましたね

と、語っています。

間下このみは6歳の時、「キャベツ畑の子供たち」で歌手デビューも

そんな間下このみさんは、同じく1984年、当時大ブームを巻き起こしていた「キャベッジパッチキッズ(キャベツ畑人形)」のキャンペーンソング「キャベツ畑の子供たち」で歌手デビューも果たしています。(「間下このみと子供たち」名義)

「キャベツ畑の子供たち」
「キャベツ畑の子供たち」

間下このみは7歳の時に「所さんのただものではない!」に出演し「委員長」の愛称で親しまれていた

また、間下このみさんは、1985年、7歳の時には、タレントとして、バラエティ番組「所さんのただものではない!」に出演すると、「委員長」の愛称で親しまれ、

間下このみさんをはじめとする子役たちが、所ジョージさんら大人を相手に堂々と渡り合う姿が大きな反響を呼びました。

「所さんのただものではない!」
「所さんのただものではない!」より。(左から)さやかちゃん、カケフくん、間下このみさん。

間下このみはカケフくんの現在について語っていた

ちなみに、間下このみさんは、2026年7月、「X年後の関係者たち~あのムーブメントの舞台裏~」に出演した際、MCのカズレーザーさんから、

その後、(「所さんのただものではない!」で)一緒に出ていた方とは接点はあるんですか?

と、尋ねられると、

この間、たまたま番組で・・・掛布(雅之)選手に似ている子が、カケフくんって呼ばれていたんですけど。そのカケフくんが今、ファミリーマートを5店舗経営していて、凄いやり手になっていて、取材に行ってきて、会いに行ってきました

(カケフくんは)普通のお父さんになっていました

と、カケフくんの現在について語っています。

(カケフくん(相良健治さん)は、元阪神タイガースの掛布雅之さんのそっくりさんとして「所さんのただものではない!」に出演して人気を博し、以降、子役、タレントとして活動していたのですが、小学校卒業と同時に芸能界を引退しています)

カケフくんと間下このみ
「所さんのただものではない!」より。カケフくん(相良健治さん)と間下このみさん。

間下このみは小学生時代、国民的人気子役になっていた

さておき、そんな間下このみさんは、同年(1985年)には、スポーツニュース番組「スポーツ特Q」のメインMCにも抜擢され、

ドラマ、CM、バラエティとマルチに活躍し、「このみちゃん」の愛称で1980年代を代表する国民的人気子役となったのでした。

ちなみに、間下このみさんは、多忙を極めた子役時代について、

現場では、子供ながら仕事は最後まで責任を持ってやらなくちゃと思っていましたね。ドラマに舞台にと、台本を4冊抱えていたこともあります。でも学校もなるべく休まないように通っていました。

どれほど忙しくても、母からは『天狗になるな』とよく言われたことを覚えています

と、語っています。

(ただ、ギャラは歩合制ではなく月給制だったため、お給料はそれほど高くなかったそうです)

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間下このみは中学入学以降、芸能活動を控えるようになっていた

しかし、間下このみさんは、人気絶頂だった1990年、私立中学入学をきっかけに学業を優先し、芸能活動を控えるようになったといいます。

実は、間下このみさんは、芸能活動について、当初、小学生になるまで楽しめればと思っていたそうですが、「ガンバレ!玄さん」のCMでブレイクしてオファーが殺到し、やめるにやめられなくなっていたそうで、

当時は放課後に遊びに行くような感覚だったので楽しくて、忙しくても嫌だと思ったことはありませんでした。でも、中学生になったら勉強もしたいし部活もしたい。普通の学生生活をきちんと送ってみたいという思いが強かったんです

と、語っています。

「【画像】間下このみの若い頃から現在までの出演ドラマ映画CMほか経歴は?」に続く

CM「キッコーマン ガンバレ玄さん」

お読みいただきありがとうございました

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