わずか2、3年の活動で芸能界を引退し、ファミレスでアルバイトをしていることが判明していた、高藤疾土(たかとう はやと)さん。そんな高藤さんの、ご家族、経歴、出演作品、現在について調べてみました。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
高藤さんは、1983年1月7日生まれ、
東京都のご出身、
身長178センチ、
体重68キロ、
学歴は、
実践学園中学・高等学校卒業、
特技は、
スキューバダイビング、バスケットボール、水泳、
ちなみに、本名は古尾谷雅です。
父親は古尾谷雅人
高藤さんのお父さんは、俳優の古尾谷雅人さんです。
古尾谷さんは、1977年、日活ロマンポルノ「女教師」で映画デビューされると、以降、日活ロマンポルノの看板俳優として活躍。
1980年には、「ヒポクラテスたち」で一般の映画にも進出されると、1983年には、テレビドラマ「若草学園物語」で主人公の倉田天役を演じて一躍脚光を浴び、その後は、主に脇役としてテレビドラマや映画に出演。
近年では、「金田一少年の事件簿」で剣持勇警部役、「六番目の小夜子」で山田孝之さんの父親役を演じられるなど、若い世代からの人気も獲得していたのですが、2003年、突然、自宅で首を吊って亡くなっています。
母親は鹿沼絵里!妹は?
お母さんは、1975年「秘密戦隊ゴレンジャー」の「イーグル連絡隊員007」こと加藤陽子役を演じられた、女優の鹿沼絵里さんで、1978年から日活ロマンポルノに出演するようになると、看板女優として活躍されていたのですが、
1982年に古尾谷さんと結婚されると、1984年頃には芸能界を引退。その後は、主婦業と子育てに専念されていましたが、1998年頃くらいに芸能界に復帰されています。
また、高藤さんには、妹さんがおられ、一時期、水野快令(みずの れい)という名前で女優として活動されていましたが、現在は芸能活動をされておらず、ジュエリー関係の仕事をされているそうです。
若い頃は?
さて、高藤さんは、2002年、ご両親が所属していた「正木ルーム」に所属して俳優活動をスタートされると、テレビドラマ「ごくせん」(第2シリーズ)、映画「スクールデイズ」、「NTTドコモ」のCMなどに出演されていたのですが、2005年頃には、早くも芸能界を引退されています。
2003年にお父さんの古尾谷さんが亡くなった後は、お母さんの鹿沼さんと妹の水野さんと3人で都内の賃貸に暮らされていたそうですが、
鹿沼さん(お母さん)のインタビューによると、2015年時点では、ファミレスでアルバイトをされていたとのこと。
そして、2016年には、妹の水野さんが結婚して家を出られ、お母さんと二人暮らしされていたのですが、同年、お母さんの鹿沼さんが「急性大動脈解離」に襲われ手術されると、
手術は成功したものの、大量の薬で再発を防いでいる状況で、時々、突発的な立ちくらみに襲われることがある鹿沼さんを支えられているようです。
(左から)高藤疾土さん、鹿沼絵里さん、水野快令さん。
出演作品(テレビドラマ、映画)
それでは、ここで、高藤さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。
映画では、
2005年「スクールデイズ」
「サヨナラCOLOR」
テレビドラマでは、
2002年「太陽と雪のかけら」
2003年「ライオン先生」
「すいか」
2005年「ごくせん 第2シリーズ」
CMでは、
「NTTドコモ」
雑誌では、
「LEE」
「新潮45」
と、わずかの出演となっています。
現在は二代目古尾谷雅人?
こうして、わずかの活動で芸能界を引退してしまっていた高藤さんですが・・・
2018年3月24日には、お母さんの鹿沼絵里さんとともに、朗読劇団「桃色旋風」で「二代目古尾谷雅人」として芸能界復帰されています。
お父さんが自殺するというあまりにショッキングな出来事を体験してしまい、その心中は計り知れませんが、今後は、引き続き、遺されたお母さんを支えつつ、芸能界で頑張ってほしいですね。
応援しています!!
高藤さんとお母さんの鹿沼絵里さん。