歌手、タレント、俳優、司会者とマルチな才能を発揮し、長年、お茶の間の人気を博している、堺正章(さかい まさあき)さんですが、

そんな堺正章さんのお父さんは、喜劇俳優の堺駿二さん、お母さんは、元「松竹少女歌劇団」のダンサーだった幹千代子(三浦たま子)さんです。

また、堺正章さんは、お父さんが他界した後、未亡人となったお父さんの再婚相手に声をかけ、長年、同居していたそうで、再婚相手に介護が必要となった後は、介護もしていたといいます。

今回は、堺正章さんの、父親、母親、そして、父親の再婚相手との関係ついてもご紹介します。

堺正章

予定からの続き

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堺正章の父親は堺駿二

堺正章のお父さんは、喜劇俳優の堺駿二さんです。

堺駿二さんは、桶屋を営む父親のもとに誕生するも、9歳の時に父親を亡くすと、11歳の時、芝居好きの母親の計らいで新派・伊村義雄さんの一座の子供部に入門し、「小村正雄」名義で子役として活動を開始すると、その後、才能を開花させて、殺陣や女形などを見事に演じこなしたそうで、

1931年、18歳の時には、アメリカから帰国したハリウッドスター・早川雪洲さんの舞台に感銘を受けて、一座を飛び出し、弟子を取らない主義の早川雪洲さんのもとへ100日間通い詰めて、入門を許可されると、

(この時、早川雪洲さんから「堺駿二」という芸名を授かったそうです)

堺駿二
堺正章さんの父親の堺駿二さん。

やがて、早川雪洲さんから「まともな役よりちょっと足らない役どころの方がいい」とのアドバイスを受けて、独自のキャラクターを確立し、シミキンこと清水金一さんとのコンビで、アドリブ満載のドタバタ劇で人気を博しました。

また、1946年には、活動の場を映画に移すと、以降、美空ひばりさんや大友柳太朗さんといったスターを支える名脇役として活躍しました。

堺正章の母親は幹千代子(三浦たま子)

堺正章さんのお母さんは、「松竹少女歌劇団」のダンサーだった幹千代子(芸名:三浦たま子)さんです。

幹千代子さんは、東京・日本橋で紙問屋を営むお父さんのもと誕生すると、裕福な家庭で社長令嬢として育ったそうで、「松竹少女歌劇団」には、応募者1000人中、合格者30人という狭き門を、突破して合格したそうです。

ただ、幹千代子さんは、入団2年目、「桃色争議」の煽(あお)りを受け、「松竹少女歌劇団」を離れることになったそうで、堺駿二さんが、そんな幹千代子さんを見て同情し、その後、同情が恋に変わって結婚したといいます。

(「桃色争議」とは、「松竹少女歌劇団」のスターだった水の江瀧子さんが先頭に立ち、「松竹」に対して「松竹少女歌劇団」の待遇改善を求めた労働争議で、「ターキー争議」とも言われています)

ちなみに、幹千代子さんは、結婚後、役者としての堺駿二さんをサポートするため家庭に入ると、その後、再び、舞台に立つことなく、1964年、堺正章さんが18歳の時に病気で他界されたそうです。

堺正章は父・堺駿二の他界後、未亡人となった父の再婚相手に同居を持ちかけ養っていた

また、幹千代子さんが他界された3年後(1967年)、堺正章さんのお父さんの堺駿二さんは、お見合いで知り合ったという、柳子(りゅうこ)さんと再婚しているのですが、

(堺正章さんは、この時、20歳~21歳で、すでに「ザ・スパイダース」でブレイクした後なので、柳子さんに育ててもらったわけではないようです)

堺駿二さんは、再婚からわずか1年半後の1968年8月10日に脳出血で急死。

この突然の夫の死に、柳子さんはふさぎ込んでいたそうですが、

堺正章さんが、

お母さん、ぼくと一緒に東京へ越してください

と、声をかけ、

埼玉県内の一戸建ての家に一人で住んでいた柳子さんを、都内に呼んで養っていたといいます。

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堺正章が3度目の結婚をしたのは父・堺駿二の再婚相手(未亡人)の為だった

また、堺正章さんは、その間、2度の結婚と離婚を経て、8年の交際の末、2011年、現在の妻・A子さんと3度目の結婚をしているのですが、

当初、堺正章さんは、2度離婚していること、前妻の岡田美里さんとの間に娘が2人いることから、結婚に乗り気ではなかったといいます。

ただ、柳子さんが、高齢のためか、物忘れが多くなるほか、体調に不安を抱えていたこともあり、将来のことを考えて、柳子さんを介護してほしいことや、家庭のことを任せたい気持ちもあり、結婚を決意したのだそうです。

一方、柳子さんも、堺正章さんがA子さんと結婚する時、(堺正章さんがいつも自分のことを一番に考えてくれることを嬉しく思いつつも、堺正章さんが3度目の結婚ということもあり)自身のことより、A子さんとの生活を大切にしてもらいたいと思ったようで、

私、施設に行ったっていいのよ

と、言ったそうですが、

最後まで柳子さんの面倒を見たいと思っている堺正章さんは、

何言ってんの!

と、怒ったそうで、

堺正章さんとA子さんが結婚後は、柳子さんと3人で暮らすことになったのだそうです。

そんな中、2013年、柳子さんが、家の中で転んで大腿骨を骨折し、リハビリを行うも、まっすぐ歩くことが困難になったそうで、

堺正章さんは、ヘルパーさんの手を借りながら、つきっきりで介護に務め、妻のA子さんが家事全般を担当していたそうですが、

今度は、柳子さんの方が、

これ以上家族に迷惑をかけるのは絶対に嫌!在宅介護で家族関係を壊したくない

と、堺正章さんに何度も強く言うようになったそうで、

どんな施設がいいか、探すようになったといいます。

(ただ、その後の情報はなく、2026年現在、堺正章さんと柳子さんがどうされているかは不明です)

ともあれ、お父さんの再婚相手である以外、何者でもない柳子さんを、実の母親のように大切に思い、献身的に支え続ける堺正章は素晴らしいですね。

予定に続く

お読みいただきありがとうございました

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