1970年、「ザ・スパイダース」が解散した後は、俳優として出演したテレビドラマ「時間ですよ」で人気を博すほか、歌手としても、1973年、ソロでリリースした「街の灯り」がヒットとなると、以降、俳優、歌手、タレント、司会者と、幅広い分野で活躍している、堺正章(さかい まさあき)さん。
今回は、そんな堺正章さんの、若い頃(ザ・スパイダース解散以降)から現在までの経歴を、代表作品を交えて時系列でご紹介します。また最後には出演作品(映画、テレビドラマ)の一覧もご紹介します。

「【画像】堺正章が若い頃はザ・スパイダースで司会でも活躍!ヒット曲は?」からの続き
堺正章は24歳の時にテレビドラマ「時間ですよ」で人気を博していた
堺正章さんは、「ザ・スパイダース」で活動中の1970年、演出家・久世光彦さんに抜擢されて、テレビドラマ「時間ですよ」で、「トリオ・ザ・銭湯」の健ちゃん役を演じているのですが、
劇中、樹木希林さん、川口晶さんとともにコントを披露すると、そのコミカルな演技でたちまちお茶の間の人気を博しています。

「時間ですよ」より。堺正章さんと天地真理さん。
堺正章は24歳の時にテレビドラマ「時間ですよ」で樹木希林らとコントを披露していた
久世光彦さんによると、実は、「時間ですよ」の脚本には、もともと、コントなどお笑いに関するお芝居については何も書かれておらず、
堺正章さん、市子役の川口晶さん、浜さん役の樹木希林(当時・悠木千帆)さんらと相談して、演出のスタッフたちとコントやギャグを仕上げていったそうで、
そんなストーリーと関係ないギャグが子供たちの心をとらえ、ドラマを観るというよりも、コントが観たくて、この「時間ですよ」を観るという珍しい現象が起きたそうです。

「時間ですよ」より。(左から)川口晶さん、堺正章さん、樹木希林さん。
ちなみに、テレビ番組とお笑いに精通しているフリーライターの加藤義彦さんは、著書「「時間ですよ」を作った男―久世光彦のドラマ世界」で、
ある時、正章が深夜のテレビ番組出て「時間ですよ」の思い出を語っていた。なんでも彼はギャグのアイディアがひらめくと、いつも持ち歩いていたノートに書きつけ、リハーサルの席でそれを久世たちスタッフの前で演じたという。
そこで採用されればいいが、その多くが却下。本番は翌日なので、帰宅してからも必死にアイディアをひねり出したとか。
と、綴っています。
堺正章は24歳~26歳の時にソロシングル「さらば恋人」「青空は知らない」「涙から明日へ」をリリース
そんな堺正章さんは、歌手としても、「ザ・スパイダース」解散後もソロで活動を続け、
- 1971年5月1日には、1stシングル「さらば恋人」

「さらば恋人」 - 1971年9月10日には、2ndシングル「青空は知らない」

「青空は知らない」
をリリースすると、
1972年9月25日にリリースした、3rdシングルで、「時間ですよ」の挿入歌「涙から明日へ」がヒットを記録しています。

「涙から明日へ」
(ちなみに、「涙から明日へ」は、「時間ですよ」の演出家の久世光彦さんが、「小谷夏」のペンネームで作詞しているのですが、久世光彦さんは、これをきっかけに数多くの作詞を手がけるようになっていったそうです)
堺正章は27歳の時にシングル「街の灯り」がヒット
さらに、堺正章さんは、1973年6月25日には、同じく「時間ですよ」の挿入歌だった、8枚目のシングル「街の灯り」をリリースすると、これまたヒットとなり、同年末の「第24回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たしています。
(同年末の「第15回日本レコード大賞」では、「街の灯り」を作曲した浜圭介さんが作曲賞を受賞しています)

「街の灯り」
(この「街の灯り」は、研ナオコさん、岩崎宏美さん、「モーニング娘。」、大友康平さんら、様々なアーティストがカバーするなど、現在もスタンダードナンバーとして親しまれています)
堺正章は32歳の時にテレビドラマ「西遊記」の孫悟空役で大ブレイク
また、堺正章さんは、1978年、32歳の時には、テレビドラマ「西遊記」で主人公・孫悟空を演じると、
平均視聴率19.5%、最終回では、最高視聴率27.4%を記録するなど、当時、視聴率20%前後を誇っていた大河ドラマをしのぐ程の大ヒットを記録しているのですが、
(この凄まじい大ヒットに、大河ドラマのスタッフが撮影現場を見学しに来たともいわれています)

「西遊記」で孫悟空に扮する堺正章さん。
堺正章さんは、京劇の俳優から如意棒(にょいぼう)の使い方を習って、自らアクションシーンを演じるほか、觔斗雲(きんとうん)を呼ぶ時の、右の人差し指と中指をそろえて手早く動かすポーズや、独特の口笛などのアイディアも自ら考案していたそうで、
子供たちの間で大ブレイクし、多くの子供たちが真似して遊んだそうです。

「西遊記」より。孫悟空に扮し觔斗雲を呼ぶ堺正章さん。
堺正章は30歳の時から「新春かくし芸大会」で「テーブルクロス引き」「孫悟空の棒捌き」「トランプを飛ばしてろうそくの火を消す芸」など個人技を披露していた
そんな堺正章さんは、1971年、25歳の時から、コメディアンとしても、バラエティ番組「ハッチャキ!!マチャアキ」でコントや踊りを披露するほか、

「ハッチャキ!!マチャアキ」より。
1976年、30歳の時からは、「新春かくし芸大会」に出演して、「テーブルクロス引き」「孫悟空の棒捌き」「トランプを飛ばしてろうそくの火を消す芸」など、ハイレベルな個人芸を披露し、「Mr.かくし芸」と呼ばれるまでになっています。
ちなみに、2019年には「梅沢富美男のズバッと聞きます!」で、「新春かくし芸大会」の貴重な映像が流れて、制作秘話が紹介され、
その際、スタジオには、「新春かくし芸大会」の常連出演者だった中山秀征さんや松本明子さんらが出演し、
中山秀征さんが、
稽古している姿を見たことがない
僕らが行くと世間話になって、全然練習しない。帰ろうとすると、帰してくれないの
と、言うと、
松本明子さんも、
(稽古している姿は)見せなかったね~
と、同意しているのですが、
この話を聞いていた吉村崇さんには、
(堺から)プライベートで(テーブルクロス引きを)見せてもらったんですよ。飲みに行った時に、ご自宅で。めちゃくちゃ失敗してましたけど!
と、暴露されています(笑)
また、中山秀征さんは、堺正章さんが、稽古場に、専用の炊き出しや、ラーメンの屋台をまるごと手配するなど、豪快な一面があったことも明かしています。

「テーブルクロス引き」を20年ぶりに披露する堺正章さん。
堺正章の現在は?
堺正章さんは、2024年、78歳の時には、「生涯最後のバンドをやりたい」との思いから、ミッキー吉野さん、シシド・カフカさんと共にバンド「正章 to MAGNETS」を結成すると、
2025年2月には、「ビルボードライブ東京」でお披露目ライブを開催し、「ザ・スパイダース」の「あの時君は若かった」、ゴダイゴの「モンキー・マジック」「ガンダーラ」、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」などを披露しています。
ちなみに、堺正章さんは、「正章 to MAGNETS」を結成した理由について、
ふと振り返ったら親しい友人たちがいなくなっていて、もう一度仲間たちと何かを一緒にやりたいと思い、やはり僕の原点は音楽だから。ミッキーとカフカに声をかけてMAGNETSを結成しました
黄色い声援が茶色い声援に変わったけど、こんなに多くの方に集まってもらえてうれしい
と、感激した様子で語っているほか、
(1日2回公演共に超満員だったそうです)

「正章 to MAGNETS」。ミッキー吉野さん(左)と堺正章さん(右)。
2025年9月には、ハマ・オカモトさん(Ba)、澤竜次さん(Gt)を加えた5人編成で、大阪と横浜を巡るビルボードライブ・ツアーを開催すると、
横浜での最終公演では、
マグネッツは1年ちょっと前に結成された新人バンドです。芸歴は60年以上ですけど(笑)、新鮮な気持ちで挑んでいきたいと思います
と、持ち前のユーモアを交えたMCで観客を沸かせ、ライブでは、往年の名曲を次々と披露。
そして、アンコールでは、「ザ・スパイダース」の名曲「ノー・ノー・ボーイ」(作詞・作曲かまやつひろしさん)を、ミッキー吉野さんと寄り添うように歌い上げ、
もう思い残すことはありません
と、冗談交じりに語っています。
堺正章の出演作品(映画)
それでは、最後に、堺正章さんの主な出演作品をご紹介しましょう。
映画では、
- 1952年「東京騎士伝」※「堺正明」名義

「東京騎士伝」より。右が堺正章さん。 - 1952年「母は叫び泣く」
- 1954年「ハワイ珍道中」
- 1963年「高校三年生」
- 1963年「学園広場」
- 1964年「君たちがいて僕がいた」

「君たちがいて僕がいた」より。
- 1964年「夢のハワイで盆踊り」
- 1964年「幸せなら手をたたこう」
- 1965年「東京は恋する」
- 1965年「花咲く乙女たち」
- 1965年「高原のお嬢さん」
- 1967年「ザ・スパイダースのゴーゴー向う見ず作戦」

「ザ・スパイダースのゴーゴー向う見ず作戦」より。
- 1967年「喜劇 駅前百年」
- 1968年「ザ・スパイダースの大進撃」
- 1968年「ザ・スパイダースの大騒動」
- 1968年「ザ・スパイダースのバリ島珍道中」
- 1968年「にっぽん親不孝時代」
- 1969年「ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを」
- 1970年「喜劇 ドッキリ大逃走」
- 1970年「喜劇 右むけェ左!」
- 1971年「喜劇 昨日の敵は今日も敵」
- 1971年「起きて転んでまた起きて」
- 1973年「としごろ」
- 1974年「街の灯」

「街の灯」より。堺正章さんと栗田ひろみさん。 - 1975年「お姐ちゃんお手やわらかに」
- 1976年「喜劇 百点満点」
- 1977年「トラック野郎・男一匹桃次郎」
- 1986年「キネマの天地」
- 1987年「トリナクリア PORSCHE959」
- 1991年「風の国」
- 2004年「機関車先生」
- 2007年「夕凪の街 桜の国」

「夕凪の街 桜の国」より。堺正章さんと田中麗奈さん
- 2012年「任侠ヘルパー」
- 2012年「大奥~永遠~」右衛門佐・綱吉篇
- 2025年「SPIRIT WORLD スピリットワールド」
堺正章の出演作品(テレビドラマ)
テレビドラマでは、
- 1970~1973年「時間ですよ」

「時間ですよ」より。堺正章さんと天地真理さん - 1970~1971年「こけこっこー! 」
- 1970~1971年「日曜8時、笑っていただきます」
- 1971年「大忠臣蔵」
- 1971年「テレビはこれだ!ドラマが3つも」
- 1972年「はーいただいま」
- 1972年「おはよう」
- 1972年「女と味噌汁24」

「女と味噌汁24」より。(左から)堺正章さん、山岡久乃さん、長山藍子さん。 - 1975年「明日また」
- 1974年「寺内貫太郎一家」第1話
- 1974年「マチャアキ・幸代のふたりは夫婦」
- 1975年「マチャアキの森の石松」
- 1978~1980年「西遊記 → 西遊記II」
- 1978年「おとこ同志おんな同志」
- 1980年「天皇の料理番」

「天皇の料理番」より。 - 1981年「時代劇スペシャル 仇討選手」
- 1981~1982年「キッド」
- 1982年「さよなら三角またきて四角」

「さよなら三角またきて四角」より。堺正章さんと山岡久乃さん。 - 1982年「フジ三太郎」
- 1983年「あとは寝るだけ」
- 1987年「時間ですよ ふたたび」最終回
- 1988~1994年「ご存知!旗本退屈男」

「ご存知!旗本退屈男」より。(左から)古村比呂さん、北大路欣也さん、堺正章さん。 - 1989年「さよなら李香蘭」
- 1992年「裸の大将放浪記」第54話
- 1994年「警部補 古畑任三郎」第2話
- 1995年「パパ・サヴァイバル」
- 1995年「SALE! 」
- 1995年「ベストフレンド」
- 1996年「誰かが誰かに恋してる」
- 1998年 NHK大河ドラマ「徳川慶喜」
- 2001年 NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」

「ちゅらさん」より。堺正章さんと国仲涼子さん。 - 2003年 月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん2」
- 2004年 月曜ドラマシリーズ「ちゅらさん3」
- 2005年「理想の生活」
- 2006年「西遊記」最終回ゲスト
- 2006年「クロサギ」第3話

「クロサギ」より。 - 2006年「熟年結婚~妻への詫び状~」
- 2007年「ロング・ウェディングロード!?東京VS大阪ワケアリ婚物語」
- 2007年「ちゅらさん4」
- 2007年「夏雲あがれ」
- 2007年「ゾウのはな子」
- 2008年「無理な恋愛」

「無理な恋愛」より。夏川結衣さんと堺正章さん - 2008年「暴れん坊将軍スペシャル」
- 2009年「水戸黄門」第40部
- 2010年「君たちに明日はない」
- 2012年「猿飛三世」
- 2017年「月曜名作劇場 十津川警部シリーズ3 伊豆踊り子号殺人迷路」
- 2020年 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」

「麒麟がくる」より。 - 2023年「この素晴らしき世界」第3話
- 2025年「日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった」第3話・第4話・第8話-最終話※特別出演
- 2025年「プライベートバンカー」第4話※友情出演
- 2025年「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」
ほか、数多くの作品に出演されています。
堺正章の受賞歴
そんな堺正章さんは、
- 1970年には、「日本映画テレビ製作者協会新人賞」「ゴールデン・アロー賞特別賞」「日本放送作家協会賞演技者賞」
- 1982年には、「ベストドレッサー賞」
- 1996年には、舞台「おしゃべり伝六 一番手柄で「芸術選奨新人賞」、映画「夕凪の街 桜の国で」で「第17回日本映画批評家大賞審査員特別賞」
- 2013年には、「第6回したまちコメディ映画祭in台東コメディ栄誉賞」
など、様々な賞も受賞されています。
「堺正章の「さらば恋人」「街の灯り」誕生秘話~筒美京平との関係は?」に続く

「第6回したまちコメディ映画祭in台東」より。
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1971年のソロデビュー曲「さらば恋人」の大ヒット以降、歌手としても不動の人気を誇り、作曲家・筒美京平さんの洗練された楽曲提供でその才能を飛躍させ、「街の灯り」へと繋がる、黄金時代を築いた、堺正章(さかい まさあき)さん。 今回は、堺正章さんの大ヒット曲であり、日本歌謡史に残る、名曲「さらば恋人」「街の灯り」の誕生秘話と、作曲家・筒美京平さんとの関係についてご紹介します。














































