自らプロデュースした映画「ジェフ」のヒロインに、ミレーユ・ダルクさんを起用するなど、公私ともにミレーユさんと充実した日々を過ごしていた、アラン・ドロン(Alain Delon)さんですが、1982年、突然、ミレーユさんに別れを告げ、破局となってしまいます。

「アラン・ドロンは恋人ミレーユ・ダルクを「ジェフ」のヒロインに起用していた!」からの続き

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アンヌ・パリローに心変わりしミレーユ・ダルクと破局

ミレーユさんが自ら現場に立ち、完成した二人の新居が完成すると、ドロンさんとミレーユさんは、アパートを出て、新居に移り住んだそうで、それから14年間、共に過ごすのですが・・・

1982年、突然、ドロンさんから別れを告げる形で破局。

というのも、ドロンさんいわく、

紹介された女優のアンヌ・パリローさんを、映画「危険なささやき」(1981年)に起用すると、

突如とした激しい一目惚れでした。なんとか抑えようとしても、できませんでした。理性が気持ちと闘いましたが、気持ちのほうが勝ってしまい、私はその感情がなくなってしまうのを待ちましたが、その感情は消えませんでした

と、撮影中、アンヌさんに夢中になってしまったのでした。

(ドロンさんとアンヌさんは、それから3年間一緒に暮らしたそうです)

ミレーユ・ダルクのアラン・ドロンへの変わらぬ想い

それでも、ミレーユさんは、後年、この時のことを、

私達は、1982年に別れました。彼が突然決めたのです。でも、私達は、実際には離れなかったのです。腹を立て合っていた訳でもありません。ひどい言葉を掛け合った事など一度もありませんでした。

私は、彼と一緒にいられない日が来るなどと想像もしていませんでしたので、とても辛かったです。死が二人を分かつまで彼と一緒にいられると思っていたのです。でも別の展開になりました。それを後悔してはいけないし、私は後悔していません

と、明かし、

私が、アランの中で一番好きなのは、絶対にごまかしたりしないというところ、だから、彼の周りの人間はいつでも、自分たちが彼の人生の重要な位置にいるのだと感じることが出来たのです。

私の目に、彼は強く、そして繊細に写りました。そして、私は彼のように強く繊細な男性が私を必要としてくれているのが幸せでした。私は彼に安定感とバランス、そして活力を与えることができたと思います

と、ドロンさんへの変わらぬ想いを語っています。

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アラン・ドロンはミレーユ・ダルクの最期を看取っていた

そして、それから長い年月が過ぎ、そんなミレーユさんも、2017年8月、79歳で他界されているのですが、

ミレーユさんは、「脳血管疾患」の治療中で、数日間、昏睡状態の中、最後はドロンさんに看取られて亡くなったそうで、二人は、恋人としての関係が終わった後も、ずっと仲の良い友人として結ばれていたようです。

「アラン・ドロンの息子(長男)は?認知していない子供も?」に続く

ミレーユ・ダルクさんとドロンさん。

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