山本浩二は金本知憲と新井貴浩を我慢して育てていた! 野球 監督としては、最初の3シーズン(1989年~1991年)は、2位、2位、優勝も、その後の7シーズン(1992~1993年、2001~2005年)は、4位、最下位、4位、5位、5位、5位、最下位と、全てBクラスに沈んだ、山 […] 続きを読む
山本浩二の現役(プロ野球選手)時代の成績が凄すぎる!年俸推移は? 野球 通算2339安打、打率2割9分、536本塁打、1475打点、231盗塁で、首位打者1回、本塁打王4回、打点王3回、最高出塁率3回、ベストナイン10回、ダイヤモンドグラブ賞10回、最優秀選手2回という、攻守ともに凄まじい成 […] 続きを読む
山本浩二は引退年の日本シリーズで起死回生の本塁打を打っていた! 野球 プロ入りの1969年から1985年の17年間で、通算2000本安打、通算500本塁打、通算200盗塁を突破する素晴らしい成績を残してきた、山本浩二(やまもと こうじ)さんですが、1986年のペナントレース終盤には、本塁打 […] 続きを読む
山本浩二は2000安打500本塁打200盗塁を大卒で達成していた! 野球 1977年から1983年の7年で、5年連続40本塁打100打点を含む283本塁打744打点、4度の本塁打王、3度の打点王と、素晴らしい成績を残した、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、1984年には、通算2000本安打( […] 続きを読む
山本浩二は持病の腰痛をかばいつつ本塁打王(4度目)を獲得していた 野球 1980年、本塁打王と打点王の二冠王となり、広島カープの連覇に大きく貢献した、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、1981年のシーズンも2年連続で本塁打王と打点王の二冠王となると、1982年も(無タイトルながら)好成績を […] 続きを読む
山本浩二は頭部死球を受けるも二冠王(本塁打王&打点王)を獲得していた! 野球 1979年には、打率2割9分3厘、42本塁打(リーグ2位)、113打点(打点王)という堂々たる成績で、4年ぶり2度目となる広島カープのリーグ優勝と、球団初となる日本一に大きく貢献した、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、 […] 続きを読む
山本浩二は王貞治を抑えて本塁打王になっていた! 野球 プロ9年目の1977年には、自己最多となる44本塁打を記録するも、王貞治選手に阻まれ、本塁打王になることが出来なかった、山本浩二(やまもと こうじ)さんですが、翌1978年も44本塁打すると、今度は、王選手を抑え、本塁打 […] 続きを読む
山本浩二が本塁打を量産できた(本塁打王4回)理由とは? 野球 1975年、打率3割1分9厘(首位打者)、30本塁打、84打点という素晴らしい成績で、広島カープの初のリーグ優勝に大きく貢献した、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、1977年シーズンには、自己最多の30本塁打を大きく上 […] 続きを読む
山本浩二は初優勝直前に「広島ファン2000人暴徒化事件」に遭っていた! 野球 1975年、球宴(オールスター・ゲーム)の直前から広島カープの4番に定着し、同年7月19日、甲子園球場で行われた球宴(オールスター・ゲーム)第1戦では、衣笠祥雄選手とともに2打席連続アベックアーチを放ち、世間に「赤ヘル旋 […] 続きを読む
山本浩二が若い頃は衣笠祥雄と赤ヘル旋風を巻き起こしていた! 野球 1975年シーズンは、ジョー・ルーツ新監督のメジャー流の教えが肌に合い、練習に手応えを感じていたという、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、その後、ルーツ監督が、わずか15試合で監督を辞任した後、一気に才能を開花させ、衣 […] 続きを読む