少年隊はBチームだった!脱退メンバーは?仮面舞踏会!解散した?

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1985年、デビューシングル「仮面舞踏会」が大ヒットし、たちまち人気アイドルとなると、その後も、数々のヒット曲を飛ばした、「少年隊(しょうねんたい)」。しかし、活動のメインであった音楽番組が相次いでなくなると、ソロでの活動を余儀なくされ、3人での活動は事実上休止の状態に。2018年現在、依然として活動はストップしたままになっています。




少年隊はもともとBチーム?脱退メンバーは?


1981年10月、ランキング形式の歌番組、
「ザ・ヤングベストテン」がスタートすると、

その司会に選ばれたのが、当時、「シブがきトリオ」の、
薬丸裕英さん、本木雅弘さん、布川敏和さんと、
後に「少年隊」となる、錦織一清さん、植草克秀さん、
松原康行さんの「ジャニーズJr.」だったのですが、

当初、「少年隊」にはまだ名前がなかったため、
釣り合いを取るため、「シブがき隊」「Aチーム」
「少年隊」「Bチーム」として活動していました。

そして、ようやく、「Bチーム」は、
「ジャニーズ少年隊」と名付けられるのですが、
その直後に、松原さんが脱退し、代わりに東山紀之さんが加入。

その後、錦織さん、植草さん、東山さんは、
「少年隊」と改称しています。

ちなみに、このメンバーの入れ替えについては、表向きは、
松原さんが1982年春、連続ドラマ「3年B組貫八先生」
への出演が決定したことが理由とされていますが、
本当の理由は、ただ単に、ジャニー喜多川社長が、
東山さんを気に入られていたからだと言われています。


デビューシングル「仮面舞踏会」が大ヒット!


そんな「少年隊」は、当初は、
田原俊彦さんや近藤真彦さんのバックダンサーとして、
歌番組やコンサートで活動していましたが、

1982年6月に、単独ユニットとして、
歌番組「夜のヒットスタジオ」に出演すると、

1984年4月には、「郵便貯金ホール」で、
単独ファーストコンサート、

同年5月には、ビデオ「少年隊」を発売するなど、
事務所の猛烈バックアップを受けて売り出され、

1985年12月に、ファーストシングル「仮面舞踏会」で、
アイドル歌手デビューを果たすと、いきなりオリコンチャート1位を獲得。


「仮面舞踏会」

翌年の1986年には、
「第28回日本レコード大賞」で最優秀新人賞
「’86FNS歌謡祭」で最優秀新人賞
「第17回日本歌謡大賞」で優秀放送音楽新人賞
と、数々の新人賞を受賞。

1987年にはブロマイドの年間売上もトップとなり、
「少年隊」は、たちまちトップアイドルとなったのでした。


ミュージカル「PLAYZONE」


また、1986年からは、「少年隊」主演の、
ミュージカル「PLAYZONE」が開幕しているのですが、

以降、東京、青山劇場で毎年公演を行われ、
2008年で通算上演回数900回を記録。

東山さんは、当時を振り返り、

「PlAYZONE」は僕にとって青春。どうやってトレーニングしようとか、
どんな曲をやろうとか、毎年ここを目指して頑張っていたので。

初演のときには振付師のマイケル・ピータースに来てもらって、
1日8時間のレッスンを受けたんです。

「PLAYZONE」を始める前は、ショービジネスの面白さや厳しさを、
まだ実感できていなかった気がしますが、

彼の真剣さやすごい感性を目の当たりにして、
勉強したことを覚えています。

と、明かされています。



ちなみに、2009年からはジャニーズの後輩に、
主演をバトンタッチされますが、青山劇場自体が、
2015年1月に閉館となっています。

「デカメロン伝説」「君だけに」「ふたり」などヒットを連発


その後も「少年隊」は、

1986年3月「デカメロン伝説」
     7月「ダイヤモンド・アイズ」
     11月「バラードのように眠れ」
1987年3月「stripe blue」
     6月「君だけに」
     11月「ABC」
     11月「LADY」




1988年3月「ふたり」
     7月「What’s your name?」
     11月「じれったいね」
     12月「続・じれったいね(海外版)」
1989年6月「まいったネ今夜」



1990年4月「封印 LOVE」
     7月「FUNKY FLUSHIN’」
     12月「砂の男」
1993年4月「You’re My Life -美しい人へ」
     7月「WINDOW」
     11月「EXCUSE」
1995年12月「Oh!!」




1998年1月「湾岸スキーヤー」
     8月「愛と沈黙」
1999年6月「情熱の一夜」
2000年2月「ロマンチックタイム」
2001年2月「君がいた頃」
2006年7月「想 SOH」




と、続け様にシングルをリリースすると、
「デカメロン伝説」「バラードのように眠れ」「君だけに」
「ふたり」「じれったいね」
などがヒット。

こうして、「少年隊」は、
トップアイドルの座を不動のものにされたのですが・・・


解散?デビュー30周年は?


1990頃になると、「少年隊」の主な活動の場であった、
歌番組が次々と終了してしまい、

1991年からは、「少年隊」としての活動は、
ミュージカル「PLAYZONE」以外で見ることは少なくなってしまいます。

そして、その「PLAYZONE」も2007年で終了すると、
「少年隊」として3人揃うことは全くなくなってしまい、

デビュー30周年という節目を迎えた2015年でさえ、
相変わらず3人は、それぞれソロでの活動に集中されており、
ついに、グループでの活動はされなかったのでした。

「少年隊」としては、2006年を最後に新曲もリリースされておらず、
 グループとしての活動も全くないのですが、一応、解散はしておらず、
 グループは存続しているようです。)

ちなみに、グループ(3人)での活動が再開されない原因として、

2010年に、植草さんが、ファンとの不倫や、
元奥さんに対するDVが原因で離婚されたことが、
噂されていますが、真相は分かりませんでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

トップアイドルとして輝かしい実績を残しながらも、
現在は、事実上解散状態にある「少年隊」

3人そろっての活動に期待を寄せる、
往年のファンも少なくないようですが、

果たして、3人そろったあの素晴らしいダンスを、
また見る日は来るのでしょうか。

期待しています!!



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