研ナオコは昔大麻で逮捕されていた!旦那は?娘はひとみ!息子は?

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人気絶頂だった1977年、「大麻取締法違反」容疑で逮捕され、半年間芸能活動を自粛された、研ナオコ(けん ナオコ)さんですが、1978年、16枚目のシングル「かもめはかもめ」で復帰されると、その後も、「ナオコ節」と言われる独特な歌声と歌唱法で数々のヒットを飛ばします。

「研ナオコの若い頃は?年齢は?愚図あばよほか歌は?時間ですよ?」からの続き

大麻で逮捕

タレントとしてだけでなく、
歌手としても大成功を収めた研さんですが、

そんな人気絶頂の1977年には、
当時住んでいた、渋谷区千駄ヶ谷の自宅から大麻が見つかり、
「大麻取締法違反」容疑で逮捕。

(大麻は知り合いのバンドマスターからもらっていたそうで、
 研さんが逮捕されると、芋づる式に、錦野旦さん、
 井上陽水さん、内藤やす子さんも逮捕されています)

ただ、初犯だったことや、警察の任意同行には素直に応じ、
使用を認めたことから、起訴はされず(起訴猶予処分)、
半年間芸能活動を自粛されただけで済み、

翌年の1978年には、
16枚目のシングル「かもめはかもめ」
で復帰を果たされています。


「かもめはかもめ」

ちなみに、2011年に、あるユーザーから、

薬物で逮捕歴のある人間に人を非難する資格などない。

とツイートされ、研さんは、

スイマセン、わたくし逮捕された事は一度もありません。
気を付けて下さい。

と、逮捕を否定されていますが、

実際には逮捕はされていますので、
おそらく、研さんは、起訴されたことはない、
ということが言いたかったのでしょうね。

ディスコグラフィー

それでは、ここで、
研さんのそのほかのシングルもご紹介しましょう。

1979年2月「口紅をふきとれ」
     5月「陽は昇り 陽は沈み」
     8月「愛をもう一度」
     8月「ひとりぽっちで踊らせて」
1980年2月「くちぐせ」
     7月「砂の舟」
     10月「夢枕」


1981年1月「見ないで」
     4月「別離の黄昏」
     12月「ボサノバ」
1982年9月「夏をあきらめて」
1983年4月「Lonely Way」
     8月「愛、どうじゃ。恋、どうじゃ。」
     11月「泣かせて」


1984年6月「夜に蒼ざめて」
     9月「名画座」
1985年5月「六本木レイン」
     11月「帰愁」
1986年7月「Tokyo見返り美人」
1987年4月「雨の日の映画館」
     4月「裏窓トワイライト」


1989年1月「冬のカトレア海岸」
1992年1月「悲しい女」
1993年4月「迷子」
     10月「Mary Jane」

1994年7月「花火」
1995年7月「ワルツ」
2001年12月「銀座あたりでギン!ギン!ギン!」(志村けんさんとデュエット)
2004年10月「恋すれどシャナナ」(田原俊彦さんとデュエット)

と、90年代までは頻繁にリリースされていましたが、
2000年代に入ると、2枚しかリリースされていません。

結婚は?

そんな研さんの、
気になるプライベートですが、

研さんは、1981年、27歳の時、
コンサート企画会社の社長と結婚されています。

もともと、ご主人は、
研さんのバックバンドのマネジャーをされていたのですが、

研さんが「大麻所持」で半年間芸能活動を休止された際、
精神的に支えられたことで、交際に発展したそうで、

1979年初めに同棲を開始されると、
ご主人は、同時期、マネージャーを辞め、
ショーやコンサートの企画・制作を行う会社を設立。

その後2年間の交際を経て、結婚に至ると、

研さんは、

とにかく一生懸命、頑張ってついていこうと思います。

ご主人も、

スタートラインについたところ。
将来はナオコを必ず幸せにしたいと思いました。

と、話しておられたのですが・・・

元旦那の愛人&事業不振のうわさ

1982年に、ご主人に愛人疑惑が持ち上がり、
離婚のうわさが流れ始めると、

ご主人は会見を開き、

ヨーロッパで彼女と会ったのは事実だが、
これはナオコも知っていること。

と、愛人&離婚疑惑を否定されるのですが、

ご主人が経営する会社が事業不振で、1億6千万円の借金があること、
また、借金返済に研さんの収入が充てられていることが噂され、
ついに、1985年5月には離婚。

ただ、研さんは、離婚の原因について、

理想の家庭をつくろうと頑張ったのですけど、どうしても・・・
昨夜二人で話し合い離婚んに合意しました。

彼が安心して仕事に行ける家庭を築こうとしたのですけど、
主婦としても妻としても彼に十分に尽くせなかった。

子供がいたら私たちは続いていたと思います。

と、離婚原因がご主人の金銭問題であることは、
否定されています。

現在の旦那は?

そして、離婚から2年後の1987年7月7日には、
研さんの妊娠をきっかけに、7歳年下の野口典夫さんと再婚。


野口典夫さん

野口さんは、1983~1985年の間、
「三井大介」という芸名で俳優として活動されていたそうで、

1983年「新ハングマン」
1984年「私を深く埋めて」
1985年「太陽にほえろ!」

などに出演されていたそうですが、
その後、俳優業を引退されると、

テレビ番組制作会社「スタッフ・アズバーズ」(現・アズバーズ)の、
アシスタント・プロデューサーを経て、

1987年、研さんとの結婚をきっかけに独立し、
芸能事務所「ケンズファミリー」を設立。

現在、「ケンズファミリー」の、
代表取締役として活動されています。

「ケンズファミリー」は、研さんが所属する、
 「田辺エージェンシー」とも業務提携しています)

息子は?娘は?

そんなお二人の間には、
2人のお子さんが誕生しているのですが、

まず、1987年に誕生した長男の野口倹太さんは、
国士舘高等学校を卒業後、カリフォルニア州立大学へ留学。

その後、バンドや俳優として活動されていたそうですが、
現在は何をされているのか分かりませんでした。

ちなみに、倹太さんは、幼い頃、
ベビーシッターから暴力を振るわれていたそうで、

そのことを知った研さんは、これを機に仕事をセーブし、
子どもたちを優先する生活に変えられたそうです。


(左から)ひとみさん、倹太さん、典夫さん、研さん。

そして、1989年に誕生した長女の野口ひとみさんは、
「ひとみ」名義で歌手活動をされています。

実は、ひとみさんは、小学校3年生の時、
田代小夏さん(田代まさしさんの娘)と、
近藤麗奈さん(バブルガム・ブラザーズのBro.KONEさんの娘)の3人で、

「小夏・ひとみ・レイナ」とユニットを結成し、
CDデビューも果たされていたのですが、

その後は、学業に専念され、
高校卒業と同時に、再び芸能界入り。

2011年には、研さんの芸能生活40周年記念コンサート
「LOVE LIFE LIVE~40年の語り歌~」で歌手デビューされ、

2015年には、研さんが出演されている映画、
「THE HYBRID 鵺の仔」の主題歌「Loensome Call」を、
歌唱されています。

しかし、またしても、
研さんにやスキャンダルが・・・

「研ナオコの現在は?ホストにはまってストーカー?病気は橋本病!」に続く

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