浅茅陽子の現在は病気?ビーズ?旦那は?息子は?美空ひばり?


「エバラ焼き肉のタレ」のCMは降板したものの、その後も、テレビドラマのほか、映画、舞台にと、順調に女優としてのキャリアを重ねられていた浅茅陽子(あさぢ ようこ)さんですが、48歳の時、転機を迎えます。

「浅茅陽子の若い頃は朝ドラ!ベジタリアン宣言でエバラのCM降板?」からの続き

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美空ひばり役

「エバラ焼き肉のタレ」のCMは降板となったものの、
本業の女優業は順調だった浅茅さんは、

1999年、48歳の時には、
舞台「不死鳥ふたたび・美空ひばり物語」美空ひばり役に起用されます。

ただ、「美空ひばり」という大スター役を演じることについて、

自分にできるのか

と、思わず崩れ落ちてしまいそうなほどの不安があったそうで、

そんな中、公演に臨むも、いくら公演を重ねても、
どうしても自分の演技に納得できず。

そこで、それまで積み上げてきた役者としての経験やノウハウを、
すべて忘れて一から役作りをし直されると、その努力が実り、

不死鳥コンサートの場面では、美空さんご本人と錯覚するほどの名演が話題となり、
以降、6年間に渡り公演が続き、公演回数340回を超える大好評を博したのでした。


左が美空ひばりさんに扮する浅茅さん、右は本物の美空ひばりさん。

ちなみに、浅茅さんは、舞台を観に来た美空さんのファンから、

ひばりさんと同じ目をしてた

と、言われたことがあったそうで、
その時の喜びは今でも忘れられないとおっしゃっていました。

出演作品(映画、テレビドラマ)

それでは、ここで、
そのほかの浅茅さんの作品もご紹介しましょう。

映画では、

1976年「おとうと」
1981年「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」
1985年「ぼくらの七日間戦争」         
1987年「砂の上のロビンソン」
     「『さよなら』の女たち」
1991年「エバラ家の人々」
2012年「綱引いちゃった!」


「おとうと」より。浅茅さんと郷ひろみさん。

テレビドラマでは、

1974年「家族あわせ」
1975年「俺たちの勲章」
1976年 NHK朝の連続テレビ小説「雲のじゅうたん」
1977年「水戸黄門」第8部第2話
1978年 土曜ワイド劇場「幽霊シリーズ 幽霊列車」


「幽霊列車」より。
(左から)田中邦衛さん、浅茅さん、高峰三枝子さん。

1979年 土曜ワイド劇場「幽霊シリーズ 迷探偵コンビ危機一髪! 善人村の幽霊祭り」
1980年「楽園の日々」
1981年 NHK大河ドラマ「おんな太閤記」
1982年「松本清張の『顔』」
1983年「高校聖夫婦」

1984年「若き血に燃ゆる~福沢諭吉と明治の群像」
1985年「特捜最前線」
1986年「夢家族」
1987年「夏家族」
1988年「砂上の家族」※主題歌も担当


「特捜最前線」より。藤岡弘、さんと浅茅さん。

1989年「坂本龍馬」
1991年「火曜サスペンス劇場 朝比奈周平ミステリーシリーズ」
1992年「平清盛」
1993年「サスペンス・魔『迷い道』」
1994年「本日休診」

1995年「詐欺・狙われた実印」
1997年「ビーチボーイズ」
1998年「39歳の秋」
2003年「ブラックジャックによろしく」
2004年「松本清張ドラマスペシャル・黒の回廊」


「ビーチボーイズ」より。
(左から)竹野内豊さん、浅茅さん、反町隆史さん。

2006年「名奉行! 大岡越前」第2部第7話
2007年「きらきら研修医」第4話
2008年「トップセールス」
2009年「オトコマエ!2」
2011年「JIN-仁 完結編」

2012年「山村美紗サスペンス 看護師・戸田鮎子の推理カルテ」
2013年「最高の離婚」
2014年「最高の離婚スペシャル2014」
2015年「コウノドリ」
2016年「家族ノカタチ」
2018年「ぬけまいる~女三人伊勢参り」第2話


「コウノドリ」より。浅茅さんと綾野剛さん。

ほか、数多くの作品に出演されています。

結婚は?

そんな浅茅さんの気になるプライベートですが、
浅茅さんは、脚本家の土筆勉さんと結婚されているようです。
(未入籍という説もあり)

お二人の馴れ初めや結婚された時期など、詳しいことは分かりませんでしたが、
なんとお二人は、浅茅さんが20歳の時から交際されていたようで、

1976年(26歳)の時には、「週刊明星」で、

浅茅陽子が土筆勉氏とハワイ婚前旅行!

という記事が掲載されていますので、この頃に結婚されたのかもしれません。

ちなみに、土筆さんは、もともと、「高田裕史」名義で俳優として活動されており、

「緊急指令10-4・10-10」(1972)
「ワイルド7」(1972)
「仮面ライダーV3」(1973)に出演されていたほか、


「ワイルド7」に出演時の高田裕史さん。

「ウルトラマンA」(1972)では、異次元人ヤプールの声を担当。

脚本家に転身されてからも、

「ザ・カゲスター」(1976)
「(新)仮面ライダー」(1979)
「ウルトラマン80」(1980)

など、特撮モノの脚本を多く手がけられています。

また、その後は、浅茅さんの主演映画「エバラ家の人々」の、
監督・脚本を務められていますので、公私共に仲が良かったようですね♪


エバラ家の人々 [VHS]

(この作品では、「高田大嗣」名義ですが、ほかにも、高田拓土彦(たかだたつひこ)、
 高田守弘、高田大嗣と数多くの別名義で活動されていました。)

ただ、残念なことに、
土筆さんは、2012年に他界されています。

息子は堂本剛?

ところで、浅茅さんを「息子 堂本剛」で、
多くの人が検索されているようです。

というのも、1988年のテレビドラマ「砂上の家族」では、
浅茅さんは、子役だった堂本剛さんと親子役で共演されているのですが、

お二人の演技が素晴らしく、本当の親子だと勘違いする視聴者が続出。
そのことで、堂本さんが息子ではないかとの噂が広まったようです。

ちなみに、浅茅さんは、その後、
NHK「スタジオパークからこんにちは」に出演された際、

堂本さんからもらった手紙にとても感激されていたそうなので、
そんなお姿からも本当の親子に見えたのかもしれませんね。
(実際には、浅茅さんにはお子さんはいらっしゃいません。)

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現在は病気?ビーズアクセアリーで支援活動

最後に浅茅さんの現在ですが、

近年はテレビでお見かけすることが少なくなったせいか、
「病気では」と心配する声がネット上であがっているのですが、

2018年には、「さがみ典礼」のCMに出演されるなど、
現在もマイペースに芸能活動を続けておられます。


「さがみ典礼」CMより。浅茅さんと左とん平さん。

また、趣味のビーズアクセサリー作りにも勤しんでおられ、

東日本大震災(2011年)の後に作り始めた「おにぎり」のストラップは、
3年間で470個以上も作られ、仕事で出会った人々に買ってもらっては、
その収益を被災者支援のために寄付するという活動をされているとのことで、

2014年のインタビューでは、

作れる数に限りがありますが、コツコツと支援を続けていきたい。

アクセサリー作りの間は何もかも忘れ、無心になれるから、
次の仕事にまた全力で臨める。

現状に満足したらおしまい。人間としても女優としても、
10年先は今よりもっと進歩していたい。

と、力強く語っておられましたので、

アクセサリーでの支援同様、
女優業もまだまだ期待できそうですね。

今後のご活躍も期待しています!

「浅茅陽子の若い頃は朝ドラ!ベジタリアン宣言でエバラのCM降板?」

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