特撮物、現代劇、時代劇、コメディ、シリアスとジャンルを問わず、悪役から善人役まで、あらゆる役をこなす、石橋蓮司(いしばし れんじ)さん。

そんな石橋蓮司さんは、幼い頃は、近所の友だちと映画のシーンをマネて、芝居ごっこやチャンバラ遊びをするような活発な男の子だったそうですが、

中学1年生の時には、両親が離婚し、姉、弟と共にお母さんに引き取られると、お母さんは、連れ込み宿(現在のラブホテル)を経営するようになったそうで、石橋蓮司さんら子供たちは、その連れ込み宿がある旅館で育ったといいます。

今回は、石橋蓮司さんの生い立ち(幼少期から「劇団若草」オーディション合格まで)をご紹介します。

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石橋蓮司の年齢は?出身は?身長は?本名は?

石橋蓮司さんは、1941年8月9日生まれ、
東京府荏原区(現・東京都品川区)出身、

身長178センチ、

血液型はAB型、

学歴は、
日本大学高等学校
⇒日本大学芸術学部映画学科中退

特技は、
日本舞踊(子役時代に日本舞踊を始められ、名取になる寸前くらいの腕前だそうです)

ちなみに、「石橋蓮司」は本名です。

石橋蓮司が幼い頃は芝居ごっこやチャンバラ遊びをする活発な男の子だった

石橋蓮司さんは、建具職人だったお父さんのもと、4人兄弟(兄、姉、弟)の次男として東京で誕生すると、

(お母さんは、戦争で元夫を亡くし、石橋蓮司さんのお父さんとは再婚だったそうで、お兄さんは、お母さんの連れ子だったそうです)

幼い頃は、近所の友だちと映画のシーンをマネて、芝居ごっこやチャンバラ遊びをするような活発な男の子だったそうで、

石橋蓮司さんは、

特に芝居が好きとか嫌いとかではなく、遊びという日常生活に芝居が入っていた

と、語っています。

また、小学校時代は「品川の神童」と呼ばれるほど成績優秀な子どもだったそうで、学級長も務めていたそうです。

石橋蓮司は中学1年生の時に両親が離婚し母親が経営する連れ込み宿(ラブホテル)で育っていた

そんな石橋蓮司さんですが、中学1年生の時、お父さんの浮気が原因で両親が離婚し、お母さんが、慰謝料として、お父さんが建てた大井町にある旅館を受け取ると、石橋蓮司さんは、お母さんの方につき、姉、弟と共にお母さんに育てられたそうですが、

なんと、お母さんは、この旅館の2階で連れ込み宿(現在のラブホテル)を経営したそうで、石橋蓮司さんら子供たちは、その連れ込み宿がある旅館で育ったのだそうです。

(石橋蓮司さんは、セーラー服の少女とおじさんのカップルや、男性同士のカップルほか、自殺未遂や心中未遂などの事件を目撃したそうで、若くして人間の裏側を垣間見て育ったのだそうです)

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石橋蓮司は13歳の時に「劇団 若草」のオーディションを受けて合格し入団していた

そんな中、1954年、13歳の時、石橋蓮司さんは、自宅近くにあった「劇団若草」が子役を募集をしているのを知ったお母さんに、急遽、オーディション会場に連れて行かれたそうですが、

小学校時代から何度も学芸会をやっていたほか、「鞍馬天狗」ごっこなど芝居ごっこをして遊んでいたことから、抵抗なく自然な感じで演技ができ、その甲斐あってか見事合格したそうで、石橋蓮司さんは、「劇団若草」に入団したのだそうです。

ちなみに、お母さんが石橋蓮司さんを子役オーディションに連れて行ったのは、石橋蓮司さんを劇団に入れることが目的ではなく、当時、スター女優だった木暮実千代さんが審査員で来ていたことを知り、木暮さんを見たい一心だったそうで、

実際、スター女優が来たということで、町中が大騒ぎになり、石橋蓮司さん以外にも、たくさんの子どもがオーディションを受けたのだそうです。

「石橋蓮司は子役時代「ふろたき大将」の主演で映画デビューしていた!」に続く

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