テレビドラマ「白い」シリーズで人気を博すも、制作にまで口を出すようになったことから孤立していった、田宮二郎(たみや じろう)さん。しかし、これは「躁うつ病」の影響もあったようで、田宮さんをマネージメントしていた奥さんの幸子さんは、心配して長期休暇を取らせようとするのですが・・・

「田宮二郎は白いシリーズでTVスターになるも現場では孤立していた!」からの続き

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二度目の「白い巨塔」出演への経緯

テレビドラマ「白い」シリーズでは、制作にまで口を出したことから、周囲との軋轢が生じ、孤立していった田宮さんですが、

そんな田宮さんを心配した奥さんの幸子さん(元女優の藤由紀子さんで「田宮企画」の代表)は、田宮さんに長期休暇を取らせようと、メインスポンサーである「大関酒造」と、そのCMを担当する「電通」「クイズタイムショック」に、降板する了承を取り付け、TBSとの専属契約も解消。

しかし、その矢先、今度は、フジテレビから田宮さんに新しいドラマの話が舞い込みます。

これに対し、幸子さんは、フジテレビのプロデューサー(田宮さんが「スター千一夜」の司会をしていた頃からお世話になっていた人)に、

今の田宮の体を見れば一目でわかると思います。別人でしょ?ウチは休ませたいんですよ。

と、田宮さんの出演取りやめを懇願したそうですが、いつの間にか、幸子さんの知らないところで、田宮さんとフジテレビの間で新たな契約が結ばれていたそうで、

幸子さんは、フジテレビと喧嘩別れせずに出演オファーを断るため、

・作品は「白い巨塔」であること。(二度目)
・1本あたりのギャラは、TBS時代よりも破格に上積みしてあること。
・66年の映画版と同じ豪華キャストであること。
・田宮企画の代表である私(妻)をプロデューサーに入れること。

と、これでもかというほど(フジテレビが撤退するであろう)厳しい条件を出したそうですが・・・

なんと、フジテレビはこれらの条件をすべて飲んだそうで、幸子さんは(自身がプロデューサーという案からは降りたものの)、やむなく、新しいドラマの依頼を引き受けたのでした。

「白い巨塔」財前五郎への想い

ところで、条件の一つである、「白い巨塔」への出演ですが、田宮さんは、1966年の「白い巨塔」に財前五郎役で出演されて以来、常に高みを目指す姿や、名前も同じ「五郎」だったことから、財前五郎を自身に重ね、

財前五郎を演じるのは自分しかいない、原作のラスト・財前の死までを演じ切りたい

と、思い続けていたそうで、

田宮さんは、原作者である山崎豊子さんに、直接、自身の役作りのプランを明かし、財前を演じたい旨を願い出ると、

山崎さんも、

財前はあなたにあげます

と、これを快諾。

1977年、ついに、ドラマ化が決定したのでした。

(かつて、財前を演じた時、田宮さんは31歳と、財前の43歳という設定に対し、ずっと若く、ひげをたくわえるなど工夫するも、自身では納得がいかなかったようですが、この時の田宮さんは42歳と、財前とほぼ同い年。また、当時は原作がまだ完結しておらず、財前の死は描かれていなかったのですが、今回は、財前の最期まで描かれているため、田宮さんは、自身の役者人生をすべて賭けようと思われたのだそうです。)

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躁鬱病で「白い巨塔」への関心をなくす

こうして、再び、「白い巨塔」で財前五郎役を演じることになった田宮さんは、財前が卓越した腕を持つ外科医である設定から、その演技を完璧なものにするため、メスを持つ手にリアリティをもたせようと、幾度となくカエルの解剖を繰り返すほか、台本におびただしい書き込みを加えるなど、役作りに励まれていたのですが・・・

1977年12月に入ると、一転、

今の医学界はこうじゃない。この「白い巨塔」はバカバカしい。

と、台本に目を通すことがなくなるほか、作品そのものを軽視する発言を繰り返すなど、まるで、別人のようになってしまいます。

そこで、心配した幸子さんが、精神科医の斎藤茂太さんに相談して、田宮さんに薬を飲ませようとするのですが、田宮さん本人は病気を認めず、薬も治療も拒否。

その後、幸子さんは、田宮さんの側近に相談し、こっそり食事に薬を混ぜようとするも、その側近が田宮さんにそのことを漏らしてしまい、夫婦仲まで亀裂が入ることとなってしまったのでした。

「田宮二郎がM資金詐欺で巨額借金を負ったのは躁鬱病が原因だった!」に続く

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