12歳の時、友達の家で、初期の頃のビートルズの曲を聴いてロックに目覚めて以来、独学でギターを覚え、中学校の文化祭やアマチュアバンドコンテストで演奏していた、真島昌利(ましま まさとし)さんですが、やがて、運命の人と出会います。

「真島昌利の少年時代は「SEX PISTOLS」でパンクに目覚めていた!」からの続き

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「THE BREAKERS」結成

真島さんは、1978年、4人編成のロックバンド「THE BREAKERS」を結成すると、新宿、原宿のライブハウスを中心に、「ザ・コーツ」「THE LONDON TIMES」「ザ・シャムロック」などのバンドと共演。

やがて、モッズ族の代表として、カリスマ的な存在感を放つようになると、1983年には、メジャーデビューの話が出るのですが・・・

メジャーデビュー目前で、レコード会社と所属事務所の間でレコードイニシャルプレス数について折り合いがつかなかったことからデビューの話は白紙になってしまいます。

(※モッズ族とは、1950~1960年代、イギリスの若い労働者の間で、流行した音楽やファッションをベースにしたライフスタイル)

そして、翌年の1984年には、ギターの杉浦光治さんが脱退して3人編成となり、杉浦さんの代わりにサポートメンバーを迎えるも、1985年には解散となってしまいます。


「THE BREAKERS」時代の真島さん

甲本ヒロトと「THE BLUE HEARTS」結成

ただ、そんな時、自身のバンド「ザ・コーツ」を解散した、甲本ヒロトさんとバイト先で知り合ったそうで、

お互い、「SEX PISTOLS」などのパンクが好きだったことから、意気投合すると、「THE BLUE HEARTS」を結成。

そして、2年後の1987年、「リンダリンダ」でメジャーデビューを果たすと、

その後は、


リンダリンダ/僕はここに立っているよ

1988年11月「Train-Train


Train-Train

1989年2月「ラブレター


ラブレター

1989年6月青空


青空

1990年7月「情熱の薔薇
1991年4月「首つり台から」
1991年11月「あの娘にタッチ」
1992年3月「TOO MUCH PAIN」

1992年10月「夢」
1993年2月「旅人」
1993年5月「1000のバイオリン」
1993年8月「パーティ」
1993年10月「夕暮れ」

と、立て続けにシングルをリリース。

中でも、「TRAIN-TRAIN」「情熱の薔薇」が大ヒットを記録し、「THE BLUE HEARTS」は、一躍人気バンドとなったのでした。

解散後は「THE HIGH-LOWS」⇒「ザ・クロマニヨンズ」

しかし、1991年頃から次第に人気が低迷し、1995年にはついに解散。

甲本さんは、解散の理由について、

バンドを続けるには、ある程度の演奏技術が必要。それがあのメンバーでは出せないから解散した。

と、おっしゃっているのですが、

実は、メンバーだった河口純之助さんが、新興宗教「幸福の科学」の信者となり、ライブでファンを勧誘されたようで、このことに、真島さんと甲本さんが激怒したのが本当の理由ではないかと噂されています。

ただ、真島さんは、「THE BLUE HEARTS」解散後も、引き続き、甲本さんとともに、「THE HIGH-LOWS」(1995-2005)、「ザ・クロマニヨンズ」(2006-)で活動を続けられると、

2015年からは、ロックバンド「ましまろ」の活動もスタートされています。


「ましまろ」(左から)中森泰弘さん、真城めぐみさん、真島さん。

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嫁は?娘は真島もも子?

そんな真島さんの気になるプライベートですが、真島さんはご結婚されているようですが、奥さんは一般の方のようで、詳しいことは分かっていません。

また、お子さんについても、真島さんは明かされていないのですが、「文化服装学院」でファッションを学び、モデルもされている、真島もも子さんという方が、娘さんではないかと噂されています。

さて、いかがでしたでしょうか。

真島さんの、

  • 年齢は?出身は?身長は?本名は?
  • ビートルズでロックに目覚める
  • ジョニー&スリー・クール・キャッツ
  • 「SEX PISTOLS」でパンクに目覚める
  • 「THE BREAKERS」結成
  • 甲本ヒロトと「THE BLUE HEARTS」結成
  • 解散後は「THE HIGH-LOWS」⇒「ザ・クロマニヨンズ」
  • 嫁は?娘は真島もも子?

について、まとめてみました。

「自分ではこの曲イマイチだと思うけど、なんかウケるからやろうか」とかそういうことはないよね(笑)。自分が楽しいかどうかが一番だから。

と、おっしゃっていた真島さんですが、

どの曲も全部かっこいいと思っているから、お客さんの反応は気にならないそうで、16歳でパンクに出会って以来、周囲から何を言われようと好きなことをずっと続けてこられたことが、大きな自信になっているのかもしれませんね。

これからも、まだまだ、魅力的な音楽を発信してくれそうです!!

「真島昌利の少年時代は「SEX PISTOLS」でパンクに目覚めていた!」

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