1987年には、10枚目のシングル「Get Wild」、5枚目のアルバム「humansystem」、1988年には、6枚目のアルバム「CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-」と、「TM NETWORK」を大ヒットさせた、小室哲哉(こむろ てつや)さんですが、小室さんの勢いは留まらず、プロデュース業に専念すると、単独でさらなるブレイクとなります。

「小室哲哉が若い頃は「TM NETWORK」で「Get Wild」が大ヒット!」からの続き

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「TM NETWORK」は「TMN」と改名も活動終了

「TM NETWORK」で、「Get Wild」「humansystem」「CAROL -A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991-」と大ヒットを連発した「TM NETWORK」は、1990年には、「TMN」と改名してリニューアルし、ハードロック路線を全面に打ち出すのですが、

1993年、小室さんが、音楽プロデューサーに徹することを表明すると、1994年には、「TMN」「プロジェクト終了」とし活動を終了します。

プロデュース業専念は一時的なつもりだった

ちなみに、後に、小室さんは、プロデュース業に専念した理由について、

気楽にやっていたTMの活動と違って、楽曲提供する作曲の仕事はシビアというか。制約は多かったんですね。

でも、その頃、ダンスミュージックのために、ロンドンに音楽留学をしまして。日本があまりにも、世界の音楽シーンから、かけ離れていると実感したんですよ。

例えばUS、UKチャートで1位の曲でも、日本だけほとんどの人が知らなかったりして、それはあまりにももったいないなと。少しでもみんなに、ダンスミュージックっていうものを、教えてあげたいと思って、いわゆるユーロビートを、やってみようと思ったんです。

で、始めたのがTRFなんだけど、最初はダメだったらすぐ辞めるつもりだったんですよ。

と、語っており、

あくまで、一時的なものだったそうですが・・・

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一大ブームを巻き起こし一世を風靡

観月ありささん、篠原涼子さん、hitomiさん、華原朋美さん、安室奈美恵さん、「trf」、「H Jungle with t」、「globe」などプロデュースすると、出す曲、出す曲、全てがミリオンセラーに。

彼ら小室さんにプロデュースされたアーティストは「小室ファミリー」と呼ばれ、1994年から1999年までの間、社会現象を巻き起こすまでになったのでした。

ちなみに、小室さんは、この要因について、

いろんな要因が重なったんだと思いますが、ユーロビートのスピード感とかビート感が、日本人と相性が良かったんでしょうね。

TMの活動10年目で、ある程度名前を覚えてもらった後に、ソロになったっていうタイミングもちょうど良かったんだろうし。

と、語っています。

「小室哲哉の一大ブーム終焉の経緯とは?干されていた?」に続く


「H Jungle with t / WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」(クリックでyoutube)

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