各役者のコンプレックス、傷、記憶など、その人しか持ち得ない個性的な肉体が舞台上で特権的に”語りだす”ことを目指した、演劇論「特権的肉体論」や「紅テント」なる斬新な手法のお芝居が、今もなお語り継がれている、唐十郎(から じゅうろう)さん。
そんな唐十郎さんは、プライベートでは、結婚を2回、離婚を1回しています。
今回は、唐十郎さんの最初の妻・李麗仙さんとの、馴れ初め、離婚の理由ほか、訴えられていたことや李麗仙さんが死去した際のドラマティックなエピソードなどをご紹介します。

「【画像】唐十郎の若い頃は状況劇場で紅テント!死去までの作品や著書は?」からの続き
唐十郎の前妻・李麗仙との馴れ初めは?
唐十郎さんは、1967年、女優の李麗仙さんと結婚しています。
唐十郎さんは、1963年、李麗仙さんがウエイトレスとしてアルバイトをしていた喫茶店にお客として行った際、李麗仙さんと知り合ったそうで、劇団「状況劇場」に勧誘すると、
その後、李麗仙さんは、舞台芸術学院を中退して、「状況劇場」に入団し、以降、「状況劇場」の看板女優として、劇団の活動を支えています。

唐十郎さんと李麗仙さん。
唐十郎と李麗仙は結婚後は公私ともに良きパートナーだった
そんな唐十郎さんと李麗仙さんは、結婚後は、公私ともに良きパートナーとなり、2人で「状況劇場」を引っ張ったそうですが、その生活は貧しく、4畳半一間のアパート暮らしだったそうで、
生活費と公演資金を稼ぐため、ダンサーとして、全国のキャバレー巡って、「金粉ショー」をしたといいます。
ちなみに、作家の嵐山光三郎さんは、
二人の結婚前、唐さんが李さんを連れて私の下宿に遊びに来た。そのまま泊まり、唐さんが李さんの肩に手をかけて寝ていた姿が今もまぶたに浮かんできます。
唐さんはすっかり惚れ込んでいました。状況劇場は彼ら2つの才能が先頭を切って突っ走ってきた劇団です。
と、語っています。
唐十郎と李麗仙の離婚理由は?
ただ、そんな唐十郎さんと李麗仙さんも、1988年には離婚。
離婚理由は不明ですが、長男の大鶴義丹さんは、
(離婚後)母のなかに常にあったのは、かつての状況劇場の日々だったのではないでしょうか。
最後はケンカ別れになってしまったものの、状況劇場という空間で、父とタッグを組んだ濃厚な演劇の時間こそは、母にとってかけがえのないもの。
才能と情熱とエネルギーがあふれ、いくつもの歯車が見事に噛み合い、燃え盛るような日々を過ごせたのは幸せなことだったはず。
亡くなったから言えることですけど――結局、親父のことが好きだったんだと思う。唐十郎ともう一度、状況劇場をやりたかったんだよね、おかんは。
でも、父は父で別の結婚をして、別の劇団をもっていて。母は父への情念に、最後まで振り回されてしまったんじゃないかなあ……。
と、語っています。
唐十郎の再婚相手は?
その後、唐十郎さんは、翌年の1989年、再婚しています。
唐十郎さんは、再婚相手についてほとんど明かしておらず、馴れ初めやどのような経緯で結婚に至ったかは不明ですが、
李麗仙さんは、「状況劇場」時代、不倫で唐十郎さんを取られたと思っているという話もあり、この話が本当だとすると、再婚相手は「状況劇場」の女優だったのかもしれません。
(唐十郎さんが、実際、不倫をしていたかは不明です)
また、2008年、「劇団唐組」の活動を記録したドキュメンタリー映画「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」では、
キャストの中に、唐十郎さんの子供たちの名前と並んで、「大鶴美和子」とのクレジットがあり(「大鶴」は唐十郎さんの本名)、このことから、「大鶴美和子」さんが再婚相手ではないかと考えられています。
唐十郎は李麗仙から訴えられていた
さておき、唐十郎さんは、2012年、72歳の時、自宅前で転倒した際に頭部を強打したことで、「外傷性脳内血腫」「脳挫傷」となり、会話が難しい状態となっていたのですが、
そんな中、李麗仙さんから、状況劇場の権利を巡って訴えられています。
というのも、李麗仙さんによると、
唐十郎さんは、
- 婚姻中に2人で買った稽古場兼自宅を譲渡すること
- 生活費と養育費を毎月30万円支払うこと
- 劇団「状況劇場」の著作権を譲渡すること
を約束したにもかかわらず、生活費20万円を3回支払っただけで、著作権の件もうやむやにしていたそうで、
李麗仙さんも言いそびれていたそうですが、唐十郎さんが脳挫傷を負ったことで、財産や権利関係の整理をしておきたいと、訴えを起こしたのだそうです。
(この争いは会話のままならない唐十郎さんに代わり、唐十郎さんの再婚相手が、李麗仙さんの対応をしたそうです)
唐十郎は李麗仙の死去に際しドラマティックな別れを演じていた
それでも、2021年6月22日に李麗仙さんが他界されると、
唐十郎さんは、その翌日、脳挫傷の影響により体が不自由な中、李麗仙さんのもとを訪れ、李麗仙さんが横たわるベッドの枕元の椅子に腰を掛けて、じっと李麗仙さんの顔を見つめると、
(2012年、脳挫傷で入院した唐十郎さんを、李麗仙さんがお見舞いに行って以来、9年ぶりの再会だったそうです)
突然、
75人で船出をしたが 帰ってきたのは唯ひとり・・・
と、李麗仙さんが好きだった状況劇場のお芝居「ジョン・シルバー」(1965年)の主題歌を口ずさみ、
歌い終わると、ゆっくりと李麗仙さんの枕元に近づき、李麗仙さんの顔をやさしく撫でて、立ち上がり、
周りに聞こえるように、はっきりした声で、
李麗仙!また会おう!
と言って、去り際に李麗仙さんに向かって投げキッスをしたそうで、
(この、「状況劇場」時代のお芝居を思い起こさせるような別れは、長男の大鶴義丹&マルシア夫妻をはじめ、立ち会った関係者たちがみな涙を流したそうです)
離婚したとはいえ、唐十郎さんと李麗仙さんの絆は、お芝居を通じて深く結びついていたことが分かります。
「唐十郎の子供は?息子は大鶴義丹と大鶴佐助!娘は大鶴美仁音!」に続く
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