1995年、出演していたテレビドラマ「ラブジェネレーション」が大ヒットして注目を集め、以降、大企業のCMに多数出演して、”CMの女王”と呼ばれるなど、一躍、人気を博した、藤原紀香(ふじわら のりか)さん。

今回は、そんな藤原紀香さんの、幼少期(生い立ち)から若い頃(ブレイクするまで)までの経歴をご紹介します。

藤原紀香

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藤原紀香が幼い頃は活発な女の子だった

藤原紀香さんは、2人姉弟の長女として誕生したそうですが、3800グラムもある大きな赤ちゃんだったといいます。

また、幼少期は、キャッチボールをしたり、バッティングをするなど、とても活発な女の子で、小学生の時は男の子のガキ大将にケンカで勝つほどで、弟さんいわく、”男”だったそうです。

藤原紀香は高校生の頃から華やかな世界に憧れを抱くようになっていた

そんな藤原紀香さんは、中学・高校では、バスケットボール部だったそうですが、高校では、落語研究会にも入部していたほか、

自作自演でラジオ番組風のカセットテープを作り、友人に渡すなど、華やかな世界に憧れを抱くようになったといいます。

藤原紀香は高校3年生の時に「セブンティーンリポーター」としてテレビ初出演を果たしていた

また、藤原紀香さんは、1988年、トレンディドラマ「抱きしめたい!」を見て、都会での洗練された生活や芸能界に憧れを抱くようになったそうで、

1989年、高校3年生の時には、毎日放送が「セブンティーンリポーター」を募集しているのを知り、応募すると、見事、選ばれて、春の選抜高校野球のリポーターとして、テレビ初出演を果たしています。

藤原紀香

藤原紀香は大学在学中に「第24回ミス日本コンテスト」でグランプリに輝いていた

そんな中、藤原紀香さんは、1991年、大学在学中には、お母さんが内緒で応募した「第24回ミス日本コンテスト」の書類選考に通過した旨の知らせを受け取ったそうで、

コンテストに出場すると、見事、「第24回ミス日本コンテスト」のグランプリに輝いています。

藤原紀香

藤原紀香は阪神大震災がきっかけで上京を決意していた

その後、藤原紀香さんは、関西での仕事のほか、東京での仕事もするようになったそうですが、東京の仕事は兵庫の実家から通っていたそうで、

大学の勉強との両立が思いのほか大変だったことから、大学卒業後は、東京での芸能活動をやめようかと悩んでいたそうですが、

(円形脱毛症になったそうです)

そんな中、1995年1月17日、阪神・淡路大震災が起こり、藤原紀香さんの実家がある兵庫県西宮市も被災したそうで、

実家はなんとか無事だったものの、地元の惨状を目を当たりにし、人生やりたいことをやらずに後悔して死にたくないと、東京に行くことを決意したのだそうです。

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藤原紀香は「ラブジェネレーション」をきっかけに”CMの女王”になっていた

こうして、上京した藤原紀香さんは、テレビドラマ「ラブジェネレーション」への出演をきっかけに、仕事が次々と入ってくるようになると、翌年には、テレビドラマ「ハッピーマニア」でブレイク。

その後は、大手企業のCMに数多く出演し、”CMの女王”と呼ばれたのでした。

また、藤原紀香さんの髪型は、”紀香カット(ヘア)”と呼ばれ、大ブームとなったのでした。

「藤原紀香の最初の夫・陣内智則との馴れ初めは?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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