PARCOや資生堂のCMで一世を風靡するほか、歌手としても、松任谷由実さんプロデュースの「雨音はショパンの調べ」が大ヒットし、

日本人離れしたアンニュイな雰囲気や洗練されたファッションセンスが、多くのクリエイターたちの注目を集めていた、小林麻美(こばやし あさみ)さんですが、

プライベートでは、「田辺エージェンシー」の社長(現在は会長)の田邊昭知さんと結婚しています。

今回は、小林麻美さんの夫・田邊昭知さんとの、馴れ初め、交際当初から結婚しない旨伝えられていたこと、未婚での出産、田邊昭知さんへの思いについて、ご紹介します。

田邊昭知と小林麻美

「小林麻美が親友・松任谷由実と突然決別した理由は?28年ぶりに再会していた!」からの続き

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小林麻美の夫・田邊昭知との馴れ初めは?

小林麻美さんは、1991年、37歳の時、自身が所属していた「田辺エージェンシー」の社長・田邊昭知さん(当時52歳)と結婚しています。

小林麻美さんは、1970年7月、16歳の時、ライオンの歯磨きのCMに出演すると、たちまち人気を博し、その後、1972年、18歳の時には、アイドル歌手としてもデビューするも、

過酷な全国キャンペーン等もあり、1973年春には持病の神経性胃潰瘍が悪化すると、多忙な芸能生活に限界を感じ、実質的に引退していたのですが、

1974年2月、20歳の時には、華やかな芸能界が忘れられず、デビュー曲の作曲家である筒美京平さんのもとを訪ね、芸能界復帰を願い出ると、当初は、「勝手過ぎる」と激怒されるも、最終的には、「田辺エージェンシー」を紹介してもらったそうで、

この時、小林麻美さんは、田邊昭知さんと出会ったそうですが、田邊昭知さんには、初対面にもかかわらず、その日のファッションの違和感を率直に告げられたそうで、

小林麻美さんは、

背伸びしてたというか、その日はイヴ・サンローランのコートに、頭にはリボンという赤面するような格好で(笑)。それを指摘されて、すんなり聞いている自分がいて。

あっ、この人についていこう、と思いました。振り返ると、運命的な出会いだったかもしれません

と、語っています。

(小林麻美さんは、所有していたイブ・サンローランのコート180着あまりを、日本服飾文化振興財団に寄贈しているそうですが、たった1着、このピンクのトレンチコートだけは手元に残しているそうです)

小林麻美は田邊昭知と交際を開始するも当初から「結婚はしない」と言われていた

実は、この半年後、小林麻美さんは、田邊昭知さんと交際するようになったそうですが、

田邊昭知さんからは、最初から、

自分の人生に結婚はない

と、言われていたそうで、

当初は、小林麻美さんも、結婚だけが愛の形ではないと思っていたそうですが・・・

32歳頃には、

結婚や幸せな家庭を築きたい

と、夢見るようになり、

この先どうなっちゃうんだろう

と、不安に思い始めたそうで、

特に、子供が欲しいと思うようになったそうですが(女性にはタイムリミットがあるため)、15歳年上で、事務所の社長だった田邊昭知さんには、自分から言い出すことができなかったといいます。

そんな中、思い詰めた時期もあったそうで、寂しさを紛らわせ、忘れるために、夜な夜な芝浦のゴールドに繰り出しては、大量のお酒やタバコ、睡眠薬に頼ったこともあったといいます。

(また、お互い独身とはいえ、事務所社長とタレントの交際はご法度だったため、周囲には内緒で交際していたそうです)

小林麻美は未婚で出産していた

こうして、30代も後半に差し掛かったある日のこと、

小林麻美さんは、車を運転している時、ふと、

子供のいない人生でいいじゃない

と思い、肩の力が抜けたそうですが、

それから半年後、思いがけず、妊娠したそうで、

小林麻美さんは、

これはもうぜったいに産もうと。結婚なんてしなくてもいいから

と、産むことを決意し、1991年1月、未婚のまま出産したのだそうです。

ちなみに、小林麻美さんは、出産直前の1990年12月まで仕事をし、事務所にも頻繁に出入りしていたそうですが、

仕事仲間、友人、付き人でさえも、誰も小林麻美さんの妊娠に気がつかなかったそうで、

小林麻美さんは、

彼も私も、もちろん独身でしたが、結婚という形はその時はとりませんでした。好きな人の子どもを産みたい。その思いだけで、一人で育てる覚悟でした

と、語っています。

ただ、その後、田邊昭知さんが真剣に結婚を考えてくれたそうで、1991年3月には、小林麻美さんと田邊昭知さんが揃って記者会見を行い、結婚&出産を発表すると、小林麻美さんは、これを機に芸能界を引退したのでした(2度目)。

田邊昭知と小林麻美
会見で結婚&出産を発表する田邊昭知さんと小林麻美さん。

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小林麻美は田邊昭知への思いを40年以上貫いていた

そんな小林麻美さんは、

20歳で彼と知り合い、紆余曲折、いろいろあった。最近思うのは、この45年間、私が自分の想いを貫き通せる男に出逢えたことは幸せだということ

その思いは今も変わりません。あきらめたことや失くしたものもあったかもしれないけれど、悔いはありません。主人には感謝しかありません。

ずっと、大切なひとです。こうして、私が、夫である田辺昭知のことを話すのは、45年にして初めてのことです

と、交際を開始してから現在まで、40年以上に渡って、田邊昭知さんへの思いが変わらないことを明かしているのですが、

親友の松任谷由実さんとの対談でも、

松任谷由実さん;麻美ちゃんは『待てる女』です。『待つ』のではなくて、『待てる』。当時は家電(いえでん)しかなかったから麻美ちゃんは絶対、家にいた。いつでも電話に出られるようにね。だから『待てる女』。

ちなみに、私は『待てない女』(笑)。男の子たちと一緒に飲みに行くでしょ。お開きになって、麻美ちゃんは家が同じ方向だからって男の子のクルマには決して乗らなかった。身綺麗っていうのかな。

そこまで人を好きになれるんだって思った。惚れて惚れて、田辺さんと一緒になったんじゃないかな。

小林麻美さん:確かにそうだった(笑)。彼が好きだったから選択肢はそれしかありませんでした。彼から褒められたことは、公私ともに一度もありません。いつも叱られてばかり。

でも叱ってもらってどこか嬉しかったのかもしれません。そういう強さに惹かれたんだと思います

と、語っており、

少女時代、お父さんが別宅に愛人を囲っていたことから、構ってもらえず、さみしい思いをしたという小林麻美さんは、田邊昭知さんにお父さんの影を重ねていたそうで、

父性の喪失が、私たちの共通項だったのかもしれません

(田邊昭知さんは)東京の真ん中の有楽町で生まれて、泰明小学校に通った。彼の母は、女手一つで、年の離れた妹を含めて4人の子どもを育てたそうです。彼はお母様が64歳でこの世を去るまでずっと一緒にいました

とも、語っています。

「小林麻美の子供(息子)は大手広告代理店勤務!引退後は子育て一筋だった!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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