1984年、10代の頃からの親友だった松任谷由実さんのプロデュースによるシングル「雨音はショパンの調べ」が大ヒットを記録し、歌手としても、一躍、脚光を浴びた、小林麻美(こばやし あさみ)さんですが、
1991年3月、37歳の時、田邊昭知さんとの結婚&出産を機に芸能界を引退した際には、松任谷由実さんとも一切の連絡を絶っていたといいます。
今回は、小林麻美さんが、親友の松任谷由実さんと、突然、決別した理由、また、28年ぶりの再会についてご紹介します。

「【画像】小林麻美の若い頃(芸能界復帰)から現在までのCMやヒット曲は?」からの続き
小林麻美は松任谷由実のプロデュースによる「雨音はショパンの調べ」で歌手として一躍脚光を浴びていた
小林麻美さんは、1972年、アイドル歌手としてデビューするも、どこか気だるそうに歌う独特のスタイルだったことから、アイドルとしてはあまり適性がないとされ、1976年には、歌手活動が自然消滅しているのですが、
1984年、松任谷由実さんがプロデュースした「雨音はショパンの調べ」で歌手活動を再開すると、たちまち大ヒットを記録し、
同じく松任谷由実さんがリリースしたアルバム「CRYPTOGRAPH〜愛の暗号」も、日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞するなど、一躍、脚光を浴びており、
その後も、小林麻美さんは、
- 1984年8月25日には、「CRYPTOGRAPH〜愛の暗号」
- 1985年7月1日には、「ANTHURIUM〜媚薬」
- 1987年3月21日には、「GREY」
と、松任谷由実さんプロデュースによるアルバムを次々とリリースしています。
小林麻美と松任谷由実は10代の頃からの親友だった
というのも、小林麻美さんと松任谷由実さんは同い年で、10代の頃に知り合うと、
(いつ、どこで出会ったかは、2人共はっきり覚えていないそうで、20歳の時に六本木のレストランで出会い、意気投合したとも言われています)
以来、時間を見つけては、一緒に買物に出かけたり食事をするなど、まるで双子のようにいつも一緒だったそうで、
「雨音はショパンの調べ」は、松任谷由実さんがロンドンに滞在中、偶然、ヒットしていた原曲(イタリアの歌手・ガゼボの「アイ・ライク・ショパン」)を聴いて、小林麻美さんに歌わせたいと閃(ひらめ)き、日本語歌詞を手掛けたのだそうです。
(当初は、「ショパンを弾かないで」というタイトルだったそうですが、小林麻美さんが幼い頃から雨の日が好きだったことから、小林麻美さんのイメージに合わせてタイトルを変え、また、直感で歌詞も変えたのだそうです)
小林麻美が芸能界引退を機に松任谷由実と決別した理由とは?
そんな中、小林麻美さんは、1991年3月、37歳の時には、田邊昭知さんとの結婚&出産を機に芸能界をきっぱり引退し、家庭に入っているのですが、
その際、松任谷由実さんとの交流も絶ったというのです。
そして、その理由ですが、
某芸能関係者は、
芸能界から身を引いたのは、小林さんなりの“禊(みそぎ)”だったようです。親友だったユーミンには“もう住む世界が違う”“連絡してはいけない”と考え、すっぱりと関係を絶ったそうです
と、語っており、
実際、小林麻美さんも、
彼女は音楽界のスーパースター、私は主婦。住む世界が違い過ぎると思ったんです。私はもう連絡してはいけないなって。
結婚を機に引退といっても、私は山口百恵さんのようなスーパースターじゃないですから、そんな大それたことじゃないんです。
ただ、ご迷惑をかけた人も多かったのと、これからは一心に子供を育てていくという決意表明で、自分の中でのみそぎというか、落とし前でした
などと、語っています。
ちなみに、小林麻美さんの結婚発表後、
松任谷由実さんは、電話で、小林麻美さんに、
私、これからも闘う
と、伝えたそうですが、
小林麻美さんが、
私にはもうファイトがないの
と、返答したことから、
この人はショービジネス世界に未練がないのだ
と、電話の受話器を握りしめたそうで、
松任谷由実さんは、この時のことを、
尼寺に入るじゃないけれど、昔はそういうお別れがあったんです
と、語っています。
(以降、小林麻美さんと松任谷由実さんは一切連絡を取っておらず、この電話が2人の最後の会話となったのだそうです)
小林麻美は松任谷由実と28年ぶりに再会していた
こうして、小林麻美さんは、家庭に入って子育てに専念し、仕事のオファーは全て断っていたそうですが、
引退から25年後の2016年、息子さんが就職をしたタイミングで、「これからは自分のために楽しく生きたい」との気持ちが大きくなり、芸能活動を再開すると、
この時、すぐには、松任谷由実さんに連絡をしなかったようですが、2019年、松任谷由実さんが武道館で開催したコンサートの最終日、コンサート終了後に楽屋を訪れ、約30年ぶりの再会を果たすと、2人とも抱き合って泣いたのだそうです。

28年ぶりの再会を喜ぶ松任谷由実さん(左)と小林麻美さん(右)。
そして、この再会をきっかけに、再び、交流が始まったそうで、
小林麻美さんは、林真理子さんとの対談で、
28年ぐらいの空白がぜんぜん飛んじゃって、まるできのう一緒にごはん食べてたみたいな感じで、いつもの席でいつものものを食べて。
30年近く会わなかったけど、彼女はずっとスーパースターでいて、私は母親の日常しかやってなくて、それでもぜんぜん違和感なかったんですよ。それは自分でも不思議でしたね。
と、語っています。
また、2020年、新潟県・苗場で開催された松任谷由実さんのコンサートでは、「雨音はショパンの調べ」を一緒に歌ったそうで、
小林麻美さんは、同じく、林真理子さんとの対談で、
(松任谷由実さんが1番を)私が2番を歌って、そのあとデュエットで。私、35年前にも苗場に行って、あの歌を歌ったんです。あの歌がちょうどヒットした年だったので。
それから35年経って、「こんな日がまた来るとは思わなかったよね」「いろんなことがあったよねえ」って、また抱き合って泣いちゃった。私たち年とったから涙もろくなって、すぐ泣くの(笑)。
と、喜びいっぱいに語っています。
ちなみに、 松任谷由実さんも、「週刊アエラ」のインタビューで、
麻美ちゃんの中で何かが解けたのかなって思いました。きっぱり親交がなくなりました。でもそれでよかった。友達でい続けるのは、それはそれで大変だったと思う。
神隠しみたいに姿を消してしまったけれど、気持ちは繋がっていると思う25年間でした
と、語っています。
「小林麻美の夫・田邊昭知との馴れ初めは?極秘交際17年で未婚で出産していた!」に続く
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