やなせたかしさんは、奥さんが余命3ヶ月と宣言され、呆然としながら、過ごしている中、里中満智子(さとなか まちこ)さんから、「私も癌で、丸山ワクチンを打ち続けて7年目に完治した」と丸山ワクチンを勧めてもらい、結果、奥さんがその後5年も生きることができたことを、著書「アンパンマンの遺書」に記しているのですが・・・

「里中満智子は病気(卵巣嚢腫・子宮頸ガン・子宮筋腫)で度々手術していた!」からの続き
里中満智子はやなせたかしの妻(末期ガン)に丸山ワクチンを勧めていた?
やなせたかしさんの著書「アンパンマンの遺書」(1995年発売)によると、
1988年秋、妻の暢さんが乳ガンと診断され、同年12月、両乳房を切除する手術を受けると、手術後、やなせたかしさんは、医師に別室に呼ばれ、暢さんが「余命3ヶ月」であることを宣告されたそうですが、
周囲の誰にも、暢さんのことを打ち明けないまま、毎日、不安な日々の中で仕事をしていたそうで、
そんな中、やなせたかしさんの異変に気がついた里中満智子さんに声をかけられ、里中満智子さんにうながされるまま、妻が余命3ヶ月と宣告されたことなどを打ち明けると、
里中満智子さんは、
私も癌だったの。私は手術がいやで、丸山ワクチンを打ち続けて7年目に完治したの。試してみませんか
と、言って、急いで自宅に帰り、何枚ものA4の用紙に、自身が受けた治療や食生活の改善について書いたFAXを送ってくれたといいます。
高知新聞社での会社員時代に知り合い、一目惚れしたという暢さんと、1949年、30歳の時に結婚し、幸せな日々を送っていたという、やなせたかしさんですが、 それまで病気をすることもなく健康だった妻の暢さんが、突然、体調を崩し …
里中満智子は子宮頸ガンで円錐切除術を受けたことをインタビューで語っていた
ただ、里中満智子さん本人は、「がんサポート」のインタビューで、
31歳の時に子宮頸ガンと診断され、医師に子宮全摘出を勧められるも、子宮を残したいと強く希望し、全摘出ではなく、ガン細胞だけを切除する「円錐切除術」を受けたことを明かしています。
(丸山ワクチンだけで完治したわけではない)
やなせたかしは里中満智子の言葉を記憶違いしていた?
実は、やなせたかしさんが、里中満智子さんから話を聞いたのは1988年、一方、著書「アンパンマンの遺書」を執筆したのは1994年(発売は1995年2月)と、実に6年のタイムラグがあり、
そのうえ、当時、やなせたかしさんは、医師から妻の余命宣告をされ、極度の動揺と混乱の中、記憶違いをしていたのではないかと考えられているのです。
つまり、里中満智子さんが「全摘手術を拒否した」という話が、やなせたかしさんの中では、藁(わら)にもすがる思いで、信じたかった話として、
手術そのものを拒否して丸山ワクチンに頼り完治
と、記憶されたのではないかと考えられているのです。
ちなみに、医療ジャーナリストで内科医のNATROM氏は、自身のブログで、
(やなせたかしさんが)6年も前、動揺の中で聞いた医師の説明を、その後も長い闘病生活の中で類似の説明を重ねて受けているはずの状況で、果たして正確に記憶していられるものだろうか
と、綴っています。
里中満智子はガン再発防止のため丸山ワクチンを使用していた
また、里中満智子さんが言ったとされる「丸山ワクチンを打ち続けて7年目に完治」も、実際の里中満智子さんの「円錐切除術の成功」とは矛盾しているのですが、
里中満智子さんは、手術後、再発防止のために、様々な民間療法を試していたそうで、その中の一つに、丸山ワクチンがあったそうで、
おそらく、ガンを経験した里中満智子さんが、絶望するやなせたかしさんに寄り添い、
(子宮全摘出という大きな手術は嫌で)手術は最低限(円錐切除)にして、あとはワクチンや民間療法も試したのよ
と、何らかの代替療法や丸山ワクチンの情報を伝えたことが、
やなせたかしさんには、(「円錐切除」という医学用語が頭に残らず)「手術なし」と伝わってしまったうえ、「手術が嫌だった」という感情的フレーズだけが記憶に定着し、「丸山ワクチンで完治した」という希望の部分が強調されて、
里中満智子さんも手術をせずにワクチンで治したのだから、うちの妻も助かるかもしれない
という、強い願望が混ざった記憶として定着したのかもしれません。
つまり、やなせたかしさんは、
- 6年という長い時間によって記憶が変容
- 動揺と希望が混じり合う中での誤解
- 「丸山ワクチンで治った」というストーリーを信じたいという心理的バイアス
などの要素が複合的に絡み合って、記憶違いしていたようです。
(体験談、著名人の回想録などでは、人間の感情・希望などが、時間の経過と共に事実を変容させてしまうことはよくあるといいます)
里中満智子は丸山ワクチンではなく標準治療でガンが治癒していた?
ちなみに、医療ジャーナリストで内科医のNATROM氏は、自身のブログで、
- 里中満智子さんがステージIa期の子宮頸ガンで受けた円錐切除は、再発率が数%以内という非常に予後の良い手術
- 里中満智子さんのガンが治癒したのは、標準治療の手術によるものと思われ、丸山ワクチンや民間療法に効果があった根拠はない
- やなせたかしさんの妻・暢さんの長期生存も、1988年当時の転移性乳ガン患者の5年生存率22.5%の範囲内で「奇跡」ではなく「標準治療の効果」
と、綴っており、丸山ワクチンの効果を疑っています。
とはいえ、里中満智子さんが、憔悴しきったやなせたかしさんに気付いて声をかけたこと、その優しさにやなせたかしさんが救われたこと、そして、やなせたかしさんの奥さんが余命3ヶ月から5年生存したことは事実であり、今回のことで、医学的な見地や事実関係などはどうでもいいことかもしれません。
「里中満智子の前夫との離婚理由は?現在は再婚している?子供はいる?」に続く
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1964年、16歳の時に、「ピアの肖像」で「第1回講談社新人漫画賞」を受賞し、漫画家デビューすると、以降、「愛」をテーマにした作品を次々と発表し、 2006年には、全作品及び文化活動に対し、文部科学大臣賞を受賞するほか、 …








