1982年、15歳の時、バラエティ番組「欽ちゃんのどこまでやるの!」で、三女・たまえ役としてブレイクした、高橋真美(たかはし まみ)さんですが、

萩本欽一さんからは、徹底的に笑いを追求した稽古を受けていたといいます。

今回は、高橋真美さんが、「欽ちゃんのどこまでやるの!」で三女・たまえ役に選ばれた経緯や、萩本欽一さんから受けた稽古などを、エピソードを交えながらご紹介します。

萩本欽一と高橋真美

「【画像】高橋真美の若い頃は「わらべ」のたまえ!現在はダイエット?」からの続き

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高橋真美は「欽ちゃんのどこまでやるの!」のオーディションで萩原欽一がひと目見て合格していた

高橋真美さんは、1982年、中学3年生の夏、高校受験の勉強をしなくてはいけなくなった頃、「欽ちゃんのどこまでやるの!」のオーディションを受けに行ったそうですが、

最初は、何のオーディションなのか聞かされておらず、よく分からない状態でテレビ朝日のリハーサル室に行くと、会場にはすでに、ものすごい数の参加者がいたといいます。

そして、オーディションでは、セリフを読むことになっていて、セリフが印刷された紙が回されたそうですが・・・

何時間も待たされ、残り10人程となった時、ようやく、高橋真美さんの出番が回ってくると、セリフをしゃべる前に、

ちょうど、萩本欽一さんが出てきて、残りの候補者をぱーっと見渡し、

はい、OK。もう帰っていいよ

と、言って、1分も経たないうちに帰っていったそうで、

てっきり、高橋真美さんは、自分も含めて残り全員落ちたと思ったそうですが、高橋真美さんだけ受かったのだそうです。

高橋真美が萩本欽一に「欽ちゃんのどこまでやるの」の三女・たまえ役に選ばれた理由は?

ちなみに、既に、3姉妹の長女・のぞみ役は、”お芝居ができる子”ということで、子役で活躍していた高部知子さん、次女・かなえ役は、”かわいい子”ということで、「週刊欽曜日」で小西博之さんの妹役として合格していた倉沢淳美さんが「欽どこ」に移ってくることが決まっていたそうで、

そんな中、高橋真美さんは、三女・たまえ役で受かったそうですが、自分はなんで受かったんだろうと、後に、萩本欽一さんに聞くと、

ズラリと並んでいる端っこに、なんだか丸っこくて色の白いのが座っているなって思って、その印象だけで決めた。絶妙な太り具合だった

と、言われたといいます。

つまり、高橋真美さんは、”オチ”(笑いをとる)ポジションとして、合格していたそうで、

高橋真美さんは、

私はちょっと変なことをしてみたりするオチの位置だったんですよ。テレビの前のおじいちゃんおばあちゃんたちは、それを見てかわいいって言ってくれる。孫のような感じなんでしょうね

と、語っています。

また、

今では、それがいかにおいしいポジションなのか理解できる

としつつ、

15歳の当時は、自分も聖子ちゃんになれると思っていたので、実は傷ついていました。

とも、語っています。

さらに、高橋真美さんは、自分が萩本欽一さんに選ばれた本当の理由は、別にあると、

本当の理由はお父さん(萩本欽一さん)が私みたいな子がタイプだったからだと思います。キャンディーズのスーちゃん(田中好子さん)みたいな、丸顔で色白の子がけっこう好きなんですよ(笑)。何年か後に“絶対、私のこと好きだったでしょ?”って聞いたら、とぼけられましたけど

と、語っています。

高橋真美
「欽ちゃんのどこまでやるの!」に出演時の高橋真美さん。

高橋真美は萩本欽一により「欽ちゃんのどこまでやるの!」で笑いを徹底的に鍛え上げられていた

さておき、番組の稽古は、昼過ぎから21時過ぎまであり、翌日に本番を迎えていたそうですが、

番組内で重要な役割を担う、”オチ”(笑いをとる)ポジションとして合格した高橋真美さんは、特に、萩本欽一さんに厳しい稽古を課せられていたそうで、

ドアを開けるタイミングや、観客の拍手や笑い声が収まってからセリフを発する間合いなど、すべての所作が笑いを追求するために計算し尽くされ、

母親役の真屋順子さんと次女役の倉沢淳美さんの会話の途中で、そーっとケーキに手を伸ばすといった何気ない仕草ひとつをとっても、完璧なタイミングを掴むために何度も練習を重ねたのだそうです。

(「ただいま!」という一言のセリフだけで100回練習させられたこともあったそうです)

また、高橋真美さんが演じた“たまえ”役は、劇中で黙っていることも多い役回りだったのですが、どのように座り、座りながら何をして、誰を見るかといった一挙手一投足に至るまで、すべて、萩本欽一さんから細かい指示があったそうで、

“お兄ちゃん”役の見栄晴さんと共に笑いのオチを担当し、笑いが長く続く場面では、芝居の間(ま)を崩さないために「動いてはいけない」と指示されることもあったそうです。

(収録では、こうした細かいネタのために毎回4時間以上をかけ、延々と撮影が行われていたそうです)

そんな高橋真美さんは、

できるまで何度も繰り返すので、リテイクの耐性はすごいつきました(笑)。リハーサルも撮り直しも、何回やっても大丈夫。その部分はすごく鍛えられましたね。

別の番組で、自分から“あと3回くらいやりましょうか?”なんて言ったこともあります(笑)

と、語っています。

高橋真美は萩本欽一に歌番組の司会者とのトークの練習もさせられていた

さらに、高橋真美さんは、3姉妹ユニット「わらべ」として、シングル「めだかの兄妹」が88万枚を売り上げる大ヒットとなり、「ザ・ベストテン」をはじめとする人気歌番組にも出演するようになった際も、

萩本欽一さんの指示で、歌の練習よりも司会者とのトーク(掛け合い)の練習を徹底的にさせられたそうで、

ありきたりな答えをするんじゃないよ

と、釘を刺され、独自のトーク術を叩き込まれのだそうです。

(それは、「歌手ではないのだから、自分たちの本分でお客さんを楽しませなさい」という萩本欽一さんのプロ意識だったそうです)

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高橋真美は萩本欽一に鍛え上げられた笑いの技術が現在も大きな財産になっている

そんな中、高橋真美さんは、自身のキャラクターについて悩むこともあったそうですが、

ある時、萩本欽一さんから、

たまえは笑われてるんじゃない、笑わせてるんだよ

と、言葉をかけられ、

この言葉で、とても前向きになれたといいます。

また、高橋真美さんは、

お父さん(萩本欽一さん)で育っているから、谷啓さんとか伊東四朗さんとか、お父さんと近い世代の人とお仕事をさせてもらうとき、はじめから信用していただけているんです。

芸の基礎はちゃんと仕込まれているだろうって。柴田理恵さんにも、“あんたなら大丈夫!”って太鼓判を押されました(笑)

と、語っており、

萩本欽一さんのもとで徹底的に叩き込まれた、確かな技術とプロフェッショナルとしての姿勢は、現在も高橋真美さんの大きな財産として活きているといいます。

「高橋真美の夫との馴れ初めは?結婚後の関係(夫婦仲)は?子供は?」に続く

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