芸能界きってのギャンブル好きで無類の競馬愛好家として知られ、30年近くに渡って「競馬予想TV!」でMCも務めている、見栄晴(みえはる)さん。

そんな見栄晴さんは、幼少期からお父さんに競馬場に連れて行かれ、競馬に慣れ親しんでいたそうで、8歳で初めてギャンブルを始めると、その後、ギャンブルにはまって多額の借金を抱え、2度に渡り、お母さんに完済してもらっていたといいます。

今回は、見栄晴さんの、ギャンブル歴、借金歴など、エピソードを交えつつ、時系列でご紹介します。

見栄晴

「見栄晴は「欽ちゃんのどこまでやるの!?」以来萩本欽一を父と慕っていた!」からの続き

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見栄晴は父親の影響で競馬が好きになっていた

実は、見栄晴さんのお父さんは、競馬場(東京競馬場)があるという理由だけで東京都府中市に引っ越すほどの競馬好きで、

見栄晴さんは、幼い頃、しばしば、お父さんの自転車の後ろに乗せられて競馬場へ連れて行かれていたそうで、

その影響で、見栄晴さんは競馬が好きになったそうです。

見栄晴は高校生の時に競馬のコインゲームで300万円借金し母親に全額返済してもらっていた

そんな見栄晴さんは、8歳で初めてギャンブルをやったそうですが、17歳の時には、(当時ブームだった)競馬のコインゲームに夢中になったそうで、

当時、見栄晴さんは、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」に出演するも、ギャラは全て、お母さんに渡し、お小遣いをもらっていたそうですが、

そのお小遣いでは足りなくなってしまったことから、借金をするようになったといいます。

(高校生ながら、芸能界の仕事をしていた信用から、最初はカードキャッシング、やがては消費者金融にまで手を出したそうです)

そして、気がつくと、借金は300万円に膨れ上がり、やがて、返済が行き詰まってしまったのだそうです。

すると、そんなある日、帰宅すると、玄関には金属バットを持ったお母さんが仁王立ちで待っており、お尻を叩かれたそうですが、

(取り立ての電話でお母さんにばれたそうです)

それでも、お母さんに全額肩代わりしてもらい、借金は完済してもらったのだそうです。

見栄晴はパチンコに夢中になり大学を1年で中退していた

しかし、見栄晴さんのギャンブル好きはその後も止まらなかったそうで、

大学受験に失敗し、一浪中には、萩本欽一さんの手厚いサポートを受け、無事、大学に合格したものの、

大学入学後はパチンコに溺れる日々で、わずか4単位しか取得できず、大学は1年で中退してしまったのだそうです。

ちなみに、この報告を受けた萩本欽一さんからは、

おまえ、馬鹿じゃないの?

と、呆(あきれ)れられてしまったそうです。

見栄晴は20歳の時には競馬で500万円の借金を抱えるも再び母親に完済してもらっていた

そんな見栄晴さんは、ついに、20歳になって馬券購入が可能になると、暇さえあれば競馬場へ通い詰めたそうで、

(法律で、馬券購入は20歳以上、パチンコは18歳以上と定められています)

結果、今度は500万円の借金を抱えることに。

(皮肉なことに、300万円の借金を完済していたことで”信用枠”が広がり、さらに多額のお金を借りることができたのでした)

ただ、この2度目の多額の借金も、最終的にはお母さんに全額返済してもらったのだそうです。

見栄晴は23歳の時に小学5年生の間下このみに借金するもなかなか返さなかった

さらに、見栄晴さんは、23歳頃には、当時小学5年生だった人気子役の間下このみさんに、頼み込んで5000円を貸してもらったことがあったそうですが、

(間下このみさんは売れっ子の子役だったのですが、事務所が月給制だったため、人気の割に収入はそれほど多くなく、小学生だったこともあり、大金を持っていなかったそうです)

見栄晴さんは、なかなか返さず、間下このみさんが何度言っても、

わかった

この次返すよ

などの生返事で逃げ続けたそうで、

間下このみさんは困り果てていたといいます。

すると、それを見かねた所属事務所「浅井企画」の先輩で共演者だった関根勤さんが見栄晴さんに、

返してやれよ

と、言ったそうですが、

それでも、見栄晴さんが返さずにいると、

最終的には、なんと、関根勤さんが見栄晴さんがいない間に財布からこっそり5000円を抜き取って間下このみさんに返したそうで、

関根勤さんは、後に、

事務所に空き巣が入ったら見栄晴を疑う

(その理由は)昔、借金がいっぱいあった。ギャンブルが好きで

と、冗談っぽく語っています。

(見栄晴さんは、これまでのギャンブル人生について、1日にかけた最高額は50万円で、ギャンブルのための借入先については、家族、銀行、ローン会社、信用組合、クレジットカード、サラ金、闇金融だったことを明かしています)

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見栄晴はギャンブルとしての競馬が心の支え

そんな見栄晴さんは、

(かつては)勝ったお金はすべて、次の軍資金にします。競馬新聞を見るだけで、競馬をやりたくなるほどで……

と、競馬が生活の一部になっていたそうですが、

2007年(40歳)の結婚を機に、さすがに消費者金融から借金することはなくなったといいます。

(奥さんから借りていたことはあったようです)

それでも、競馬への情熱は冷めることはなく、現在もお父さんと同じように東京競馬場のある府中市に住み、競馬通いを続け、

2024年にステージ4の下咽頭ガンという大病が見つかった際も、競馬は見栄晴さんの大きな心の支えとなったそうで、

見栄晴さんは、

治療中も結局、週末の競馬が一番の楽しみでした。放射線治療のため、サラリーマンのように月曜から金曜まで朝8時前に起きて、味がしないものもちゃんと食べる。でも週末だけは病院にも行かず、競馬を楽しむことができました。

と、語っており、闘病という苦しい局面も、大好きな競馬への情熱で乗り越えたのだそうです。

ちなみに、現在、見栄晴さんは、大金を賭けることはしていないそうですが、

競馬は死ぬまでずっとやりたいです。馬券を買わずに競馬を見る人もいますが、僕は馬券を買っているから見るタイプ。

死ぬまで馬券を買えるということは、死ぬまでちゃんと仕事ができているっていうことで、死ぬまでそういう生活が続けられたら、それは自分をほめてあげられることだと思っています。

若いときは何十万円、100万円とか、勝つことが目標でしたが、最近はもう金額は関係なくて、本当に100円でもいいからかけて楽しめるのが幸せですね。

と、語っており、

見栄晴さんにとって、競馬(ギャンブル)は、生きている実感そのものなのかもしれません。

「見栄晴の病気は下咽頭ガンでステージ4!抗ガン剤と放射線治療で現在は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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