1963年、劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」を結成すると、1967年には、サーカスからインスピレーションを得たという、野外にテントを設置してお芝居を上演する”紅テント”と呼ばれる独自のスタイルで、戦後日本の演劇界に多大な影響を与えた、唐十郎(から じゅうろう)さん。

そんな唐十郎さんは、小学生の時、担任の先生の影響でお芝居が好きになると、小学4年生の時には、早くも、学芸会で脚本の執筆をするなど、お芝居に夢中になり、1958年、明治大学文学部演劇科に進学後は、学生劇団「実験劇場」で俳優として活動を始めていたといいます。

今回は、唐十郎さんの幼少期(生い立ち)から劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」設立までをご紹介します。

唐十郎

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唐十郎のプロフィール

唐十郎さんは、1940年2月11日生まれ、
東京府東京市北上野(現・東京都台東区)の出身、

身長163センチ、
体重67キロ、

靴のサイズは25センチ、

血液型はO型、

学歴は、
下谷区立坂本小学校
⇒私立駒込中学校
⇒東邦大学付属東邦高校
⇒明治大学文学部演劇学科卒業

だそうです。

唐十郎の本名は?

唐十郎さんの本名は、「大靏義英」(おおつる よしひで)というそうですが、

芸名(ペンネーム)の「唐十郎」は、三島由紀夫さんのエッセイ「太陽と鉄」の「昔、唐天竺に十人のつわものありき」という漢詩から取り、

唐の十の野郎

で、「唐十郎」となったのだそうです。

唐十郎の国籍は?

唐十郎さんを「国籍」で多くの人が検索しているようですが、唐十郎さんは、東京の下谷万年町(したやまんねんちょう)という所で誕生した、日本人です。

なぜ、唐十郎さんの国籍が検索されているのか不明ですが、妻の李麗仙さんが在日韓国人であることから、唐十郎さんの国籍も調べられているのかもしれません。

唐十郎は下谷万年町で生まれ育っていた

唐十郎さんは、理研科学映画の監督だったお父さんの大鶴日出栄さんと、詩人だったお母さんのもと、東京・上の駅の近くにあった下谷万年町(したやまんねんちょう)の八軒長屋で生まれ育ったそうですが、

ここは、終戦後、上野駅に出没する男娼たちが住みつくほか、日雇人足や車夫などが多く、猥雑で混沌とした下町だったそうで、

唐十郎さんは、下谷万年町について、

昭和23年(1948年)の下谷万年町は僕の原点です。振り返ると、今の文明はあの頃にあったものを全部排除してきました。この間にあるものはただの空白です。あの頃の無駄なものとは何だったのか。

万年町の長屋の二階にはオカマ屋さんたちが棲み、午後三時には紙芝居屋がやって来て、子供たちが群がっていました。夕方になるとオカマ屋さんたちはおしろい塗って、商売に出かけていく。

客を連れて帰ってきては、男だとバレて朝まで大ゲンカです。

と、語っています。

(下谷万年町は、明治時代から大正時代にかけて、四谷鮫河橋(よつやさめがばし)、芝新網町(しばしんあみちょう)と共に、東京における三大貧民窟(スラム)と呼ばれていたそうです)

唐十郎は小学4年生の時に学芸会で脚本を書いていた

そんな唐十郎さんは、小学生の時、担任の先生の影響でお芝居に興味を持つと、

早くも、小学4年生の時には、学芸会用にオリジナルの脚本を書いたといいます。

唐十郎は中学3年生頃から本格的に演劇活動を始めていた

そして、中学3年生の時には、お父さんが監督した短編映画「この子らに光を」に端役として出演するなど、

この頃から、本格的に演劇活動を始めたのだそうです。

唐十郎は大学生時代は「実験劇場」で俳優活動をしていた

また、高校進学後は、お父さんの勧めもあり、医者を目指した時期もあったそうですが、

やはり、演劇が忘れられず、1958年には明治大学文学部演劇学科に進学すると、学生劇団「実験劇場」で俳優として活動したのだそうです。

(この頃は俳優オンリーで、自分が脚本を書くなど思ってもいなかったそうです)

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唐十郎は23歳の時に劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」を旗揚げしサルトルの「恭しき娼婦」を上演していた

そんな唐十郎さんは、大学卒業後の1962年には、劇団「青年芸術劇場(青芸)」に研究生として入団したそうですが、1963年には、独自の演劇を追求するために「青年芸術劇場」を退団すると、

同年、23歳の時には、笹原茂峻(後に笹原茂朱)さんらとともに、劇団「シシチュアシオンの会(チュエーションの会)」を結成し、旗揚げ公演として、サルトル(フランスの実存主義の哲学者)作の、「恭しき娼婦」を上演したそうです。

(唐十郎さんは、大学時代、サルトルに傾倒していたそうで、「シシチュアシオンの会(チュエーションの会)」は、サルトルの評論「シチュアシオン」(フランス語で「状況」の意味)にちなんでいるそうです)

「【画像】唐十郎の若い頃は状況劇場で紅テント!死去までの作品や著書は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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