1956年、「電光空手打ち」で映画デビューして以来、数多くの映画に出演し、俳優として揺るがぬ地位を築いた、高倉健(たかくら けん)さんですが、プライベートでは、戦後を代表する歌手・江利チエミさんと結婚されていたことがありました。今回は、そんな高倉さんと江利さんの馴れ初めとその後の結婚生活についてご紹介します。

「高倉健が遺作となった映画「あなたへ」で気づいたこととは?」からの続き

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江利チエミと結婚

高倉さんは、1959年、歌手の江利チエミさんと結婚されています。


高倉さんは28歳、江利さんは22歳。

お二人は、1956年、映画「恐怖の空中殺人」の共演で知り合うと、江利さんが高倉さんに一目惚れしたそうで、江利さんが、当時、「芸能界の母」と言われていた清川虹子さんに相談し、清川さんが仲を取り持つ形で交際に発展したそうです。

ただ、交際当初、売れっ子だったお二人は、お互い多忙な日々を送っていたため、なかなか会うことができなかったそうで、

高倉さんは、風邪を引いて入院したと江利さんに連絡し、心配して病室に駆けつけた江利さんに、

あなたに会うための仮病でした

と、頭を下げたこともあったのだそうです♪

高倉健は江利チエミのファンだった

ちなみに、江利さんは、12歳から進駐軍のキャンプを回って歌を歌い、1952年に、「テネシー・ワルツ」でレコードデビューすると、同時期にデビューした、美空ひばりさん、雪村いづみさんともに、「3人娘」として一大ブームを巻き起こし、戦後を代表する歌手として高い人気を誇っていたのですが、

高倉さんは、もともと、そんな江利さんのファンだったとも言われています。


(左から)美空ひばりさん、雪村いづみさん、江利チエミさん。

2億円横領、妊娠中絶、自宅全焼

そんなお二人は、結婚後、江利さんが、人前でも高倉さんを、「ダーリン、ダーリン」と呼ぶほか、撮影現場にも差し入れを持って来られるなど、幸せな家庭を築かれているかと思われていたのですが・・・


ラブラブな高倉さんと江利さん。

江利さんの付き人をしていた江利さんの異父姉が江利さんの成功をねたみ、高倉さんとの仲を悪くするような話をでっち上げてマスコミに流すなど、夫婦関係をこじらせる行為を繰り返したうえ、2億円もの資産を使い込んで失踪するという事件を起こしたほか、

1962年には江利さんが妊娠するも、重度の「妊娠高血圧症候群」(当時は「妊娠中毒症」と呼ばれていました)を患い、過労も重なったことでやむなく中絶。

さらに、追い打ちをかけるように、1970年には、自宅が火事で全焼するという不幸に見舞われたのでした。

(火事の原因は、江利さんの異父姉の放火では、との噂も囁かれたのですが、最終的には漏電だとされています)

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江利チエミは寂しさでアルコールに依存するように

そして、実際のお二人の生活も、江利さんにとっては寂しいものだったようで、江利さんは、お酒を飲んで酔うと、友人の雪村いづみさんに、

夫婦らしいことは何もしてくれない

と、高倉さんの愚痴をこぼしていたほか、

後に、某雑誌の企画で婦人問題の評論家・俵萌子氏と対談された際には、

(「今だから話すけど」と前置きしたうえで)健さんってすごい気難しくて。私は好きで一緒になったんだけど、夫婦生活はとても薄っぺらい、実態のないものでした。

寂しいからお酒に逃げたんです。寂しさをまぎらわすためにブランデー、ウイスキーを飲んで。

と、ほとんど家に帰って来ない高倉さんに、寂しさをつのらせ、アルコールに依存するようになっていったのだそうです。

「高倉健は元妻・江利チエミに対し生涯後悔の念を持ち続けていた!」に続く

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