「ブレイク」タグの記事一覧

加藤茶は8時だよの直後に志村けんとのコンビで再ブレイクしていた!

荒井注さんと一緒に「ザ・ドリフターズ」脱退を約束するも、結果的には残留するはめになり、荒井さんの後釜に、荒井さんの付き人をしていた志村けんさんの加入を後押しした、加藤茶(かとう ちゃ)さんですが、これが、「8時だョ!全員集合」の再浮上だけで・・・

加藤茶の昔はちょっとだけよで大ブレイク!ハゲヅラちょびヒゲも!

1962年、楽屋でスカウトされて、「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」に加入された、加藤茶(かとうちゃ)さんですが、この後、思ってもいなかった意外な形で、大ブレイクすることになります。

石原まき子の若い頃は北原三枝で日活看板女優だった!

中学卒業後には、「日劇ダンシングチーム」に5期生として入団し、1952年、19歳の時には、「松竹」に入社された、石原まき子(いしはら まきこ)さん。1954年には、「日活」に移籍されると、日本人離れした八頭身の抜群のスタイルとクールな美貌で・・・

田村高廣の若い頃は勝新太郎共演の兵隊やくざでブレイク!

田村三兄弟の中でも父親・阪東妻三郎さんの品格を一番受け継いでいると言われ、その演技に定評があった、田村高廣(たむら たかひろ)さん。ただ、デビュー当時は、「2世」であることを嫌うが故に、なかなか日の目を見ませんでした。

八名信夫の若い頃は青汁CMまずいでブレイク!

プロ野球選手を引退後は、「東映」社長で、「東映フライヤーズ」オーナーの、大川博さんに声をかけられ、俳優に転身するも、当初は、大部屋俳優のさらに下に配属された、八名信夫(やな のぶお)さんですが、自らを悪役で売り込むと、鶴田浩二さん、若山富三・・・

浜田光夫のデビューからの出演ドラマ映画を画像で!

吉永小百合さんとともに日活映画に数多く主演し、青春スターとして活躍するも、目の大ケガでサングラスが欠かせなくなり、コミカルな脇役への転向を余儀なくされた、浜田光夫(はまだ みつお)さん。しかし、意外な作品で再ブレイクに成功します。

五月みどりは昔ポルノ映画かまきり夫人で再ブレイクしていた!

16歳の時、ニッポン放送「ものまねのど自慢」に優勝したことがきっかけで芸能界入りすると、22歳の時には、「おひまなら来てね」でブレイクした、五月みどり(さつき みどり)さん。人気絶頂の中、一旦は、25歳で結婚し、芸能界を引退されますが・・・

五月みどりの若い頃はおひまならきてねでブレイク!

幼少期は、芸事好きのお父さんに強制的に稽古をさせられていた、五月みどり(さつき みどり)さんですが、結果的には、高校1年生の時に出場した、ニッポン放送の「ものまねのど自慢」に優勝したことをきっかけに、芸能界入りされます。

北島三郎のデビュー曲ブンガチャ節は卑猥で放送禁止となっていた!

流しの歌唄いを7年もやり、ようやく、作曲家の船村徹さんに引き立てられるも、なかなか芽が出ず、不本意にもギター漫才までさせられた、北島三郎(きたじま さぶろう)さんですが、1962年、26歳の時、ついに、レコードデビューを果たします。

田村正和の若い頃はうちの子にかぎってほか3枚目役でもブレイク!

1972年、テレビ時代劇「眠狂四郎」で人気を博すと、その後、現代劇にも出演し、陰影のある哀愁漂うルックスから女性ファンに「憂愁の貴公子」と呼ばれるようになった、田村正和(たむら まさかず)さんですが、1983年には、「うちの子にかぎって」で・・・

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