17歳のとき、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手として才能を開花すると、その後、多くの文化人を虜にした、歌手で俳優の、美輪明宏(みわ あきひろ)さん。

今回は、そんな美輪明宏さんの若い頃から他界されるまでの経歴を時系列でご紹介します。また、最後には出演作品(映画、テレビドラマ、バラエティ)と著書の一覧もご紹介します。

美輪明宏

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美輪明宏の少年時代

美輪明宏さんのお父さんは、長崎市内の遊郭街でカフェを経営していたそうですが、1941年、戦争の色合いが濃くなると、英米文化であるカフェは閉店せざるを得なくなったそうで、金融業に転身したそうです。

それでも、美輪明宏さんは、裕福な少年時代を過ごしていたそうですが・・・

1945年、10歳の時、長崎に原爆が投下されると、美輪明宏さんは、爆心地から4キロ離れた自宅にいたことから被爆してしまったそうで、

その後、吐血などの原爆症に苦しめられたといいます。

美輪明宏は歌手を志し上京して国立音楽高等学校に通うも父親に勘当され高校を中退していた

そんな中、美輪明宏さんは、終戦後、映画を見ていた際、出演していた加賀美一郎さんのボーイ・ソプラノに感銘を受け、声楽とピアノのレッスンを始めたそうで、

15歳の時には、歌手を目指すため上京し、国立音楽高等学校に通ったそうですが・・・

ある時、お父さんと大喧嘩し、お父さんから勘当されてしまったそうで、仕送りを止められ、経済的に困窮した美輪明宏さんは、国立音楽高等学校を中退。

その後、美輪明宏さんは、進駐軍のキャンプでジャズを歌ったり、バーテンダー、ゲイバーなど、様々な職をし食いつないだのだそうです。

美輪明宏は「メケメケ」で大ブレイクするも一転バッシングを受けていた

実は、美輪明宏さんは、この頃、なんと、新宿駅の地下でホームレスをしていたそうですが、

1952年、17歳の時、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で、美少年募集の張り紙を見て応募されると、見事合格。

美輪明宏さんは、「銀巴里」と専属契約を交わし、歌手デビューを果たされたのでした。

美輪明宏
「銀巴里」時代の美輪明宏さん。

その後、美輪明宏さんは、歌手としての才能を開花させ、次第に人気を博していくと、

三島由紀夫さん、吉行淳之介さん、寺山修司さんなど、文化人から絶大な支持を得るようになり、1957年、22歳の時には、フランスのシャンソン「メケメケ」を日本語でカバーすると、大ヒット。

美輪明宏
「メケメケ」

その妖艶なルックスとユニセックスなファッションで「メケメケ」を歌い上げる美輪明宏さんの姿は、

三島由紀夫さんをして、

天上界の美

と、言わしめ、

マスコミには、

神武以来の美少年

と、評されたのですが・・・

「メケメケ」のブームは一年ほどで去り、そのうえ、美輪明宏さんが同性愛者であったことや、美輪明宏さん自ら和訳されたシャンソンの生々しい内容に世間は反発。

逆境の中、美輪明宏さんは、自ら作詞作曲を始めるのですが、世間から理解を得られないまま、不遇の時代を過ごされたのでした。

美輪明宏は「ヨイトマケの唄」で再ブレイク!

その後、美輪明宏さんは、1965年、29歳の時、小学校の同級生とその同級生の脚が不自由な日雇い労働者の母親をテーマにした、「ヨイトマケの唄」を発表すると、

美輪明宏
「ヨイトマケの唄」

当初は、世間の理解を得られなかったものの、美輪明宏さんが、信念を曲げずに歌い続けると、翌年の1966年、30歳の時、「ヨイトマケの唄」をワイドショーで披露したところ、たちまち、視聴者の支持を得て、再ブレイクを果たされたのでした。

美輪明宏の出演作品(舞台)

そんな美輪明宏さんは、「ヨイトマケの唄」でのブレイク後、舞台や映像作品にも出演するほか、様々な分野で才能を発揮されているのですが、

最後に、美輪明宏さんの出演作品と著書をご紹介しましょう。

舞台では、

  • 1967、1983年「青森県のせむし男」
  • 1967、1983、1994、1996、2001、2009、2019年「毛皮のマリー」
  • 1968、1969、1993、1994、1997、2003、2005、2008、2013、2015年「黒蜥蜴」
    「黒蜥蜴」
    「黒蜥蜴」より。美輪明宏さん(左)と木村彰吾さん(右)。
  • 1968、1984、1997、1999、2007、2008年「双頭の鷲」
    「双頭の鷲」
    「双頭の鷲」より。
  • 1968、1969、1998、2004、2012年「椿姫」
  • 1969年「マタ・ハリ」
  • 1978年「枯葉の寝床」
  • 1979、1981、1996、2000、2006、2011、2014年「愛の讃歌 エディット・ピアフ物語」
  • 1979年「花粉熱」
  • 1980年「リチャード三世」
  • 1985年「アラバールの大典礼」
  • 1996、1998、2002、2010年「近代能楽集より 葵上・卒塔婆小町」

美輪明宏の出演作品(映画)

映画では、

美輪明宏の出演作品(テレビドラマ)

テレビドラマでは、

  • 1959~1961年「魅惑の宵」
  • 1960年「パノラマ劇場」第27話
  • 1962年「銀座の山賊」
  • 1963年「プロ」
  • 1964年「恋すれば物語」
  • 1965年「夜の配当」
  • 1969年「プレイガール」第1話
    「プレイガール」
    「プレイガール」より。
  • 1969年「五番目の刑事」第11話
    「五番目の刑事」
    「五番目の刑事」より。
  • 1970年「雪之丞変化」※主演
    「雪之丞変化」
    「雪之丞変化」より。
  • 1973年「非情のライセンス」第1シリーズ 第23話
  • 1976年「さくらの唄」
  • 1979年 NHK大河ドラマ「草燃える」
  • 1984年「三島由紀夫自決事件」※証言者として出演
  • 1994年「西遊記」※提婆達多の声
  • 2005年 NHK大河ドラマ「義経」
    「義経」
    NHK大河ドラマ「義経」より。
  • 2014年 連続テレビ小説「花子とアン」※ナレーション
  • 2018年「命売ります」※ナレーション
  • 2021年「大江戸もののけ物語」※ナレーション

美輪明宏の出演作品(バラエティ)

バラエティでは、

  • 1968年「0スタジオ おんなのテレビ」
  • 1991~1992年「それいけ!!ココロジー」
  • 2005~2009年「国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉」
    「国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉」
    「国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉」より。
  • 2005年「NHK人間講座『人生 愛と美の法則』」
  • 2006年「知るを楽しむ・私のこだわり人物伝『寺山修司』」
  • 2006~2007年「極上の月夜」
  • 2007年「ビートたけしが斬る!実録!大河スペシャル 昭和の真相 1989年! 『つづく。で終る物語』」
  • 2008年「ブラボー!ニッポン 美輪明宏からの遺言…」
  • 2010~2026年「ありえへん∞世界」
    「ありえへん∞世界」
    「ありえへん∞世界」より。
  • 2011~2015年「美輪乃湯」
  • 2011年「ミュージック・ポートレイト」
  • 2012~2013年「ネプの超法則!!」
  • 2013年「真夏の夜の美輪明宏スペシャル」
  • 2013年「SONGS 美輪明宏」
  • 2013年「100年インタビュー美輪明宏」
  • 2014年「奇跡の絶景 霊峰富士」
  • 2014~2015年「ニュースな晩餐会」
  • 2016~2021年「にほんごであそぼ」
  • 2016年「メイプルマナミの極めびと人生相談」
  • 2016年「坂上・美輪のニュースにダマされるな!」
    「坂上・美輪のニュースにダマされるな!」
    「坂上・美輪のニュースにダマされるな!」より。坂上忍さん(左)と美輪明宏さん(右)。
  • 2021年「没後50年 今夜はトコトン“三島由紀夫”」
  • 2022~2025年「美輪明宏 愛のモヤモヤ相談室」

ほか、

  • 「ん?!さんま」
  • 「山田邦子のしあわせにしてよ」
  • 「社会の窓」
  • 「地球は女で回ってる?」

など、数多く出演しています。

美輪明宏の著書

また、美輪明宏さんは、数多くの著書も出版していますので、ご紹介しましょう。

著書(単著)

著書(共著・編著)

など、数多くの著書を出版しています。

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美輪明宏は91歳で死去

しかし、そんな美輪明宏さんも、2019年頃から体調を崩し、公演中止を経て、少しずつ表舞台に姿を見せなくなると、

2026年6月20日、91歳で他界されています。

お読みいただきありがとうございました

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