「ザ・タイガース」時代には、「花の首飾り」「廃虚の鳩」でメインボーカルを担当し、その澄んだハイトーンボイスで多くのファンを魅了するほか、衣装デザインも手掛けるなど、多方面で才能を発揮した、加橋かつみ(かはし かつみ)さん。
そんな加橋かつみさんのプライベートはどのようなものだったのでしょうか。
今回は、加橋かつみさんの、妻、子供(娘)のほか、過去に交際していた女性(元カノ)についてご紹介します。

「加橋かつみが沢田研二と不仲な原因は?現在の関係(距離感)は?」からの続き
加橋かつみの妻は?
加橋かつみさんは、1980年代前半に結婚しているようですが、加橋かつみさんは、プライベートをほとんど明かしていないため、奥さんの情報は全くなく、詳しいことは不明です。
加橋かつみの子供は娘が1人
ただ、加橋かつみさんには、少なくとも、娘さんが一人いるようで、
その娘さんは「のんちゃん」という愛称で呼ばれ、時々、加橋かつみさんのライブの受付を担当するなど、スタッフとして働いているようです。
(娘さんは芸能関係者ではないようです)
加橋かつみの元カノ(彼女)は?
そんな加橋かつみさんの元カノ(彼女)ですが、過去に噂された女性の一部をご紹介しましょう。
川添梶子
加橋かつみさんは、「ザ・タイガース」時代、イタリアンレストラン「キャンティ」の常連だったそうですが、その創業者・川添浩史さんの妻・川添梶子さんと恋愛関係にあったといいます。
(川添梶子さんは、加橋かつみさんより20歳年上だったそうです)

川添梶子さん。
ちなみに、「キャンティ」は、ただのレストランではなく、芸能人、デザイナー、文化人ほか、様々なジャンルの人々が集まる交流の場で、日本の最新の文化を発信するメディアのような役割も担っており、
加橋かつみさんら「ザ・タイガース」のメンバーもよくここに通っていたそうですが、その中でも、特に加橋かつみさんは、「キャンティ」の影響を受けていたようで、
瞳みのるさんは、
飯倉片町に川添浩史・梶子夫妻のやっているキャンティという店があって、僕らもよく出入りしていました。
川添夫妻は国内外に広く人脈があって、店は当時のさまざまなジャンルの最先端のアーティストが集う場でした。彼らに一番影響を受けたのが加橋かつみでしたからね
と、語っているのですが、
加橋かつみさんは、作詞・作曲を担当した、「ザ・タイガース」のアルバム「ヒューマン・ルネッサンス」(1968年リリース)収録の「730日目の朝」では、
「タンタン」(川添梶子さんの愛称)という言葉を頻繁に使っているほか、1966年に上京して2年後(730日目)に春(恋)が訪れたと思われる内容となっており、加橋かつみさんが川添梶子さんに捧げたラブソングではないかと考えられているのです。
また、川添梶子さんも、加橋かつみさんのように、どことなく陰影のある寂しそうな少年が好きだったそうで、特に、加橋かつみさんが「ザ・タイガース」脱退後は、川添梶子さんによる強力な支援なくして、加橋かつみさんの活動は成り立たなかったと言われているのです。
ちなみに、川添梶子さんは、グループ・サウンズのコスチュームデザインも手掛けていたそうで、「ザ・タイガース」が楽曲「モナリザの微笑」で着用した、黒のベルベットのジャケットに、鎖を垂らし、白いパンツという斬新な衣装も、川添梶子さんのデザインによるものだったといいます。

「モナリザの微笑」の衣裳。
飯野矢住代
また、加橋かつみさんは、1968年2月頃には、ミス・ユニバース日本代表の飯野矢住代さんと交際していたといいます。
ただ、加橋かつみさんは飯野矢住代さんと交際するようになってから、夜遊びに夢中になり、「ザ・タイガース」の規律を大きく乱すようになったことから、
飯野矢住代さんは、「ザ・タイガース」のメンバーから疎まれ、交際に大反対されたそうで、
加橋かつみさんは、飯野矢住代さんについて、書籍「ザ・タイガース 日本の青春」で、
彼女と話しているとりとめもない話が、リズムを生み、メロディーとなって流れて出てくることがよくあった。(中略)楽しかった。いろいろなことが。ぼくの中に新しい世界が出来た
と、語っているのですが、
「ザ・タイガース」のメンバーだった岸部一徳さんは、
合宿生活の門限(午後10時)を破ったのは、(加橋)かつみやったな。 あいつが外泊するようになってから、合宿生活の規則がなんやめちゃくちゃになりよった。 あいつが帰らへん時、オレたちで新宿へ探しに行ったことがあったやないか。(原因は)飯野矢住代や
同じく、森本太郎さんも、
ようジャズ喫茶の楽屋へ遊びに来よったし、(加橋)かつみが好きやったやろ。オレらの目を盗んで? ようデートしよったな
と、語っています。

「ザ・タイガース 日本の青春」
さて、いかがでしたでしょうか。
加橋かつみさんの、
- 加橋かつみの生い立ちは?瞳みのる、岸部一徳、森本太郎とは高校から友達!
- 加橋かつみのプロフィール
- 加橋かつみは幼少期、普段はおとなしいが一度怒り出すと手が付けられないほど激しい癇癪持ちだった
- 加橋かつみは高校時代は将来グラフィックデザイナーになろうと考えていた
- 加橋かつみは高校時代、瞳みのる、岸部一徳、森本太郎とは、遊び仲間であり、麻雀仲間であり、音楽仲間だった
- 【画像】加橋かつみの若い頃(ファニーズ時代)は?田邊昭知や内田裕也からスカウトされていた!
- 加橋かつみは17歳の時、瞳みのる、岸部修三、森本太郎と「サリーとプレイボーイズ」を結成していた
- 加橋かつみは17歳の時、「サリーとプレイボーイズ」として「ベンチャーズ」などのエレキインストナンバーを演奏していた
- 加橋かつみは17歳の時、「サリーとプレイボーイズ」に沢田研二が加入し「ファニーズ」と改名していた
- 加橋かつみは17歳の時、「ファニーズ」としてジャズ喫茶「ナンバ一番」のオーディションを受けるも不合格だった
- 加橋かつみは17歳の時、「ファニーズ」として「ナンバ一番」の専属レギュラーになっていた
- 加橋かつみは18歳の時、「ファニーズ」として「全関西ロックバンド・コンテスト」で優勝していた
- 加橋かつみは18歳の時、「ファニーズ」のメンバーと「明月荘」で合宿生活を開始していた
- 加橋かつみは18歳の時、「ファニーズ」として「ザ・スパイダース」の田邊昭知からスカウトされるも最終的にうやむやになっていた
- 加橋かつみは18歳の時、「ファニーズ」として「ブルージーンズ」の内田裕也からもスカウトされていた
- 加橋かつみは18歳の時、「ファニーズ」として「渡辺プロダクション」と正式に契約していた
- 【画像】加橋かつみの若い頃(タイガース時代)のヒット曲ほか経歴は?
- 加橋かつみは18歳の時、バンド名を「ファニーズ」から「ザ・タイガース」に変更させられていた
- 加橋かつみは19歳の時、「ザ・タイガース」として「僕のマリー」でレコードデビューするも売り上げはパッとしなかった
- 加橋かつみは19歳の時、「ザ・タイガース」として2ndシングル「シーサイド・バウンド」が売り上げ40万枚超の大ヒット
- 加橋かつみは19歳の時、「ザ・タイガース」として「モナリザの微笑」「君だけに愛を」がヒット
- 加橋かつみは20歳の時、「ザ・タイガース」として初のリードボーカルを担当した「銀河のロマンス/花の首飾り」が売上130万となる大ヒット
- 加橋かつみは20歳の時、「ザ・タイガース」として「シー・シー・シー」「廃虚の鳩」「青い鳥」が大ヒット
- 加橋かつみの失踪事件の真相は?「ザ・タイガース」脱退理由は?
- 加橋かつみは19歳の時、アイドルとしての自身や「ザ・タイガース」の存在意義に疑問を感じるようになっていた
- 加橋かつみは19歳の時、「ザ・タイガース」内で浮いた存在になっていた
- 加橋かつみは20歳の時に失踪し「ザ・タイガース」を脱退していた
- 加橋かつみの失踪は「渡辺プロダクション」が仕組んだものだった
- 【画像】加橋かつみの若い頃(ソロ以降)は大麻で逮捕も!現在までの経歴は?
- 加橋かつみは21歳の時にアルバム「パリ1969」でソロデビュー
- 加橋かつみは21歳の時、反戦ロック・ミュージカル「ヘアー(Hair)」に主演し大ヒット
- 加橋かつみは21歳の時、恩人・川添浩史の死により大きなショックを受けていた
- 加橋かつみは22歳の時、大麻取締法違反容疑で逮捕されていた
- 加橋かつみは21歳の時に「花の世界/つばさ」、22歳の時に「愛は突然に/風のささやき」をリリース
- 加橋かつみは22歳の時、「ザ・タイガース」の解散コンサートに呼ばれるも瞳みのると沢田研二の反対で出演できなかった
- 加橋かつみは23歳の時にアルバム「1971 花」、24歳の時に「パリⅡ」をリリース
- 加橋かつみは27歳の時、北島音楽事務所から「哀哭」で演歌歌手として再デビューをはかるもヒットしなかった
- 加橋かつみは31歳の時、「ひらけ!ポンキッキ」のOPとEDのほか「ニルスのふしぎな旅」の主題歌も歌唱していた
- 加橋かつみは32歳の時、「ザ・タイガース同窓会」に参加していた
- 加橋かつみは64歳の時、「ザ・タイガース」再結成に参加していた
- 加橋かつみの現在は?
- 加橋かつみが沢田研二と不仲な原因は?現在の関係(距離感)は?
- 加橋かつみと沢田研二の不仲の始まりは?
- 加橋かつみと沢田研二は激しいケンカの後、絶縁状態となっていた
- 加橋かつみと沢田研二は一時的に雪解けしていた?
- 加橋かつみと沢田研二の現在の関係は?
- 加橋かつみの妻は?子供は娘が1人!元カノには飯野矢住代や川添梶子も?
- 加橋かつみの妻は?
- 加橋かつみの子供は娘が1人
- 加橋かつみの元彼女は?
- 川添梶子
- 飯野矢住代
について、ご紹介しました。
17歳の時に「サリーとプレイボーイズ」を結成すると、やがて「ザ・タイガース」では、グループ・サウンズの頂点を極め、沢田研二さんと人気を二分するも、
人気絶頂の真っ只中で、「ザ・タイガース」を脱退し、フランス・パリでソロアルバムを制作したり、反戦ロック・ミュージカル「ヘアー」で主演を務めるなど、時代の先を行く表現者として独自の世界を切り開いてきた、加橋かつみさん。
そんな加橋かつみさんは、80代間近となる現在も、銀座タクトなどのライブハウスを中心に精力的にステージを重ねており、まだまだ、元気な姿が見れそうです。
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